第二話 「不可解な音声」
その沈黙を破ったのはユメルだった。
その音声が重要なものであると理解した上で、そして、それが良くないものだとわかった上で、彼女はゆっくりと息を吸い、そして言葉を紡ぐ。
「なぁ、モヒート。これ、どこで拾ったんだ」
その言葉に即時にモヒートが返答することはない、やましい事があるのだろう、とユメルは思う。
「何、怒ったりはするものか。スミノフ殿に告げ口を言うつもりもない。その上で一つ私の中で仮説があるのだが、もしかして、スメル山脈の樹海に入ったのではないか?」
「……うん。でも、そんなに深くにいってないよ」
「隠すことはない、私もたまに抜け出して狩りをすることもある」その言葉にガイアスからの視線が強くなるのをユメルは感じるが努めてそれを無視した「浅い森にはこんなものは見たことがない。禁足地の手前まで行ったのだろう」
その言葉にモヒートは視線をそらし、ガイアスはため息をついた。
そしてそのモヒートに確認するように、ガイアスは神妙な様子で話しかけた。
「禁足地には入っていないんだな? 」
「うん」
「……なら、私もユメルに誓って話すことはない。
だが、あの禁足地は本当に危険なんだ。特にこの時期、どこから現れたかわからなぬ魔物が彷徨っていることもあるし、それに、亡者の存在も確認されたこともある。別に村の掟はお前たちを縛るためにあるのではない。守るためにあるのだ」
「わかってるってば」
そのモヒートの様子にガイアスは自分から話しても無駄か、と悟り口を閉じる。大人に言われると硬くなになってしまうことなど、子供のうちはよくあることだからだ。
村の北にする樹海の奥は『禁足地』と呼ばれ、決して村の者が近づいてはならないという掟がここにはある。それはいつから話されたかわからないほど古い掟だが、実際、その禁足地からこの時期魔物が一定数森の中に彷徨ってくることもある場所だ。
狩人や、衛士なら問題はない程度のものだが、ひとひねりで子供など殺されてしまうくらいには危険なのだ。
そんなガイアスの思いを理解した上でユメルは苦笑いをし、数舜の沈黙ののち口を開いた。
「ふむ、だが、私も気になるな。これはおそらく、れっきとした禁足地の手がかりだ」
「ユメル!!」ガイアスがとがめるように語気を強くする。その言葉にモヒートは肩をびくりと、震わせた。
「なぁ、ガイアス。頭ごなしにしかってもモヒートも止まらないさ。
それに、おそらく何を言ってもまたそこに手がかりを探しにいってしまうだろ? なら、私やお前がついていったほうが、いいとはそう思わないか? 」
「お前はそんなこといって、自分も好奇心にかられているだけだろう」
「ハハハハ、否定はしないさ。……ふむ? そういえば丁度いい男がいたな」
不承不承といった様子でガイアスがため息をつくのを横目にユメルはあくどい微笑みを浮かべる。
金髪のかわいげのある少女の顔が台無しになるほど、その微笑みは悪だくみを隠そうとしていなかった。
そんな彼女たちの会話にモヒートはきょとんといった様子を隠さずに成り行きを見つめていると、その手をユメルにとられ、立たされる。
「さ、行こう、私に案がある」
**
貿易都市、ランスの北区にユメルの家はある。それは一般的に言えば屋敷と呼ばれる類の大きさを誇っており、家であると同時に、この町の衛兵隊の本部隊舎でもある建物だ。
モヒートを連れたユメル等はその建物に入ろうとすると、彼女の目的の人物が丁度、建物から出てくるところだった。
栗毛が特徴的な男性、アルフレムだ。
彼もまたユメルを認識すると人当りのいい笑みを浮かべ、手を挙げる。
「おお、ユメルの嬢ちゃんじゃねえか」
「その様子はどうも、父上との交渉は上手くいったようだな」
「ああ、嬢ちゃんのおかげでね。……と、そっちの娘さんは?」
ユメルの隣に立っているモヒートにアルフレムは視線を向ける。するとモヒートは慌てた様子で一礼をした。
「あ、申し遅れました、モヒートで。」
「お、おう? 丁寧にどうも。探究者のアルフレム・ジントニクスだ。」
状況が読み込めないといった様子のアルフレムがまたユメルに視線を向けるとユメルはあくどい笑みを彼に向ける。
「なぁ、アルフレム。貴殿は私に『恩』があるよな?」
「お、おう、そうだな。何か頼みたいことでもあるのか? そんなにしてやれねえが、多少のことなら、してやれるぞ」
「話が早い。頼み事というのも、何、簡単な話だ。スメル山脈の樹海に同行させてほしい」
「は?」
「悪い話ではないと思うぞ、見たところ、貴殿は森の中は初めてだろう、私ならある程度案内することも可能だ。それに、村人からいちいちとがめられ、後ろ指をさされる心配がなくなる、どうだ?」
「……理由をきかせてくれ、この森の事は聞いたが、魔獣がいるんだろ、小守をしながら魔物を相手にするのはちょっと、」そう言いかけたアルフレムの反応が間に合わない速度で、ユメルは拳銃を取り出し、彼の眉間に突きつける
「ばーん」
「おま、それ、まじもんの拳銃じゃねえか!? どこで、というか、腕良いな!?」
「いったろう。衛兵隊の団長の娘だ。武芸は多少心得ている。それに」ユメルは後ろのガイアスを親指で指さした「こいつもついてくる。いっては何だが、そこらの探究者以上の実力はある男だぞ」
「……そんなもん、竜人族の戦士ってだけでわかるわ。数百年の武芸者と、人間を比べないでくれますかねぇ。まぁ、いい! 実力があるのはわかった、だが、理由はなんだ。魔物退治をみたいとかいったらさすがに連れてけねえ」
「む、意外と硬いやつだな。理由はこれだ」
そういうと、ユメルは先ほどの音声が録音されていた音声機器を取り出すとその音声を再生させる。
それを聞いたアルフレムはいままでと打って変わった様子で神妙にユメルに尋ねる。
「樹海で拾った奴か? 」
「ああ。貴殿も探究者、これの価値はわかるだろう。」
「もちろんだ。……かぁーーー! いいだろう、ついてこい、ただ、その発見に一枚噛ませろよ! 」
「いいか? モヒート」
「え、あ、はい。別にそういうものにあまり興味がないので、構いません。」
ガッツポーズをするアルフレムを横目に、鼻を鳴らしたユメルがモヒートと手をタッチする。
その全員の様子を一歩引いてみていたガイアスは、ため息をまた零すのだった。