三章 序章
三章 序章です
パリスタン西郊外に簡易的な木造建築が建て並んでいた。ランス貿易都市の難民の受け入れも終わり、徐々にではあるが、難民達の生活も向上しその生活に慣れつつある。
壁の建設は未だに間に合っていないものの1カ月という月日から考えれば十分と整っている方であろう。
壁がない分、衛兵団、それにパリスタンの近衛騎士の一部が見回りを行なっているため被害なども報告されたことはなかった。
この、難民地区と呼ばれる場所の近衛騎士の総括はアナスタシアが取り仕切っている。
彼女は人柄が良く、対応も丁寧なため、ランス市民からの好感も高かった。もっとも、一番の要因はユメルが彼女を師範と呼び、剣を習っている姿を見ていることにある事はユメルもアナスタシアも気がついてはいない。
そしてこの日もアナスタシアとユメルは剣を手に持ちながら模擬試合を行なっていた。
丁度難民地区の中心で行われるソレは、最近では見物する者も多い。最初の頃はミーネ、アルフレム、ガイアスそれに偶にバーナードが来るくらいであったが、ユメルの腕が上達し、剣舞として見世物になるレベルまで達すると、衛兵団の人間、それに時折近衛騎士が顔を見せるようになった。
ユメルは小柄であり、筋力も人並みを外れてはいない。その為小柄な武器を使うのが一番合ってはいるのだが、それでは打撃力に欠ける。
その、二律背反の命題に答えを出したスタイルは片手で、大人用の直剣を使用する事だった。
普通に使えば片手では正眼にも構えられぬが、大剣術を応用し、肩に剣を掛ける肩構え、そして、ダラっと手を下げ、剣先を後ろに向ける下構えを使い、腰の捻転を利用して剣を振り回すことによって剣の使用を可能としている。
何故片手か、その理由は左手に持っている拳銃だ。通常拳銃は弾倉の交換に両手が必要となるが、彼女はそれを魔神の力を使用する事によって、即座に装填を可能にしている。
この長短の距離に対応できるスタイルこそ、ユメルの今の戦闘スタイルだ。回避技術は未だに見習いの域ではあるが、それをユメルは魔法を応用し補っている。
難民地区の中心、十数人の観客に囲まれながらユメルはアナスタシアに斬りかかる。
肩から喉元に突き出されたソレは当たれば怪我で済まない鋭さを有していた。
しかしながら、アナスタシアはその突きを斜めに移動し半身をずらすだけで回避し、手に持っている木刀でユメルの脳天を狙い素早く振り下ろす。
だがしっかりと目で追っていたユメルは腕を交差しながら、左手の拳銃でアナスタシアを胸を狙うと発砲をした。通常の弾と違い少し乾いた音が辺りに響く。
煩わしそうにアナスタシアは舌打ちをし、斜め後ろに下がったところで、ユメルは下構えに体勢を取り直しアナスタシアと対面する。
一部、周りで見ていた観客に流れ弾が命中すると、その観客の胸にピンク色のインクが飛び散った。
その観客がため息を吐く中、ほかの観客が笑いながら「避けれない方が悪い」と談笑をしていた。
だが、二人の間にはそんな周りの雑音など聞こえておらず、張り詰めた殺し合いの雰囲気が満ちている。
それは模擬戦だというのに本物の果たし合いのような空気だ。
アナスタシアはまた肩に木刀を構えるのみで攻めには入らない。それは未だに実力差がかけ離れている為、攻めてしまえば練習とならないからだ。
それが分かっているユメルは全力を持って攻める。一太刀入れる事が出来れば、この指導試合は次の段階に進むからだ。
何をしてもいい。そのルールの元ユメルは青い炎を纏うと次の瞬間姿を消した。
その時を持ってアナスタシアの雰囲気が一段と張り詰めたものに変わる。周りの観客も息を殺したような静寂を作り出していた。
突如アナスタシアの左手から発砲音が聞こえた。それを前方に回転しながらアナスタシアは回避すると、地面から拾った石コロをその場に投げつける。
鋭く、その場に真っ直ぐと飛んで行ったソレは突如として姿を現したユメルの剣で受け流された。
「ほら、集中力を乱さない。魔法が途切れてるわよ」
アナスタシアのその言葉に頷きだけユメルは返すと、肩構えに剣を戻しながら、一つ深呼吸をした。
そして、一歩ユメルが踏み出すとまた姿が一瞬消えるが今度は二人のユメルが現れると真っ直ぐとアナスタシアに向かって来る。
原理はアナスタシアにはわからないが、幻覚の類か、と結論づけると彼女も一歩踏み出し、二人のユメルを巻き込みながら横薙ぎに木刀を振るう。しかし、手応えは無い。
足音で場所を割り出そうにも、音を立てずに走る技術など最近覚えたらしく、無音で攻めてくるので五感のうち二つは封じられたようなものだった。
アナスタシアは直感に従い、左後ろに退避し半身となると先程まで居た場所に直剣を突き出したユメルが現れる。
そろそろ手の内が尽きてきたかと攻めに移行しようとした時、悪寒がアナスタシアを襲った。
その悪寒に従い素早くバックステップを踏むが肩の鎧に直剣の剣先が掠った感触を感じため息をつきながら両手を上にあげた。
すると、右手を振り下ろした体制のまま、アナスタシアの眉間に拳銃を突きつけているユメルが姿を現わす。
「やるじゃん」ニコッとアナスタシアが笑い漸くユメルは緊張の糸を解いた。
途端、歓声が周りから上がる。ミーネは我が事のように喜び、アルフレムは指笛を鳴らしていた。
近衛騎士と衛兵団の中には喜ぶ者もいれば、落胆をする者もいる。どうやら軽い賭け事を行なっていたらしかった。
全く息が上がっていないアナスタシアに比べ、ユメルは青い炎を消すと膝に手を突きながら深呼吸を何度も繰り返していた。そして額からは玉のような汗が出ている。
呼吸を殺していたのもあるが、限界まで研ぎ澄ました集中力が無ければ、アナスタシアに一撃を加えられなかったという事だった。
回避に専念していたため、攻撃に全ての神経を使えたが、もし攻撃されて居たらこうも好きに攻められない事は確実だった。
何より、ユメルが刃を潰した鉄剣を使用している何も関わらず、アナスタシアは大剣でもないただの木刀だ。その状態で一太刀浴びせる事に一ヶ月かかった事に多少の憂鬱になる彼女だった。
しかし、確かに少しずつ前進している。その感触を確かに感じていた。
「じゃ、明日からは型が終わった後の模擬戦は私は攻撃もするから。条件は同じ、一太刀私に浴びせられたら次ね」
「うっ、了解した……」
「木刀で叩かれても痛いけどやめない事。痛みが伴わない戦いなんてないからさ」
コクンとユメルは頷きを返す。
彼女の脳裏には様々な光景が頭に巡っていた。腕を落としても戦い続けたシャンナ、足の痛みを無視して走り続けたアルフレム、そして、竜に強打されても闘志を燃やし続けたアナスタシア。
彼女に最初に教わった事は、『臆せず踏み込め、痛みに慣れろ、心が折れれば死ぬだけだ』という言葉だ。
彼女も受け売りらしいが、あの戦闘を見てその意味をユメルも理解していた。
ユメルは駆け寄り汗を拭いてくれるミーネに微笑みを返しながら、ふとこう思う。
――もっと、強くならなきゃ




