十四話 そして困難を求める4
パリスタン西の森はスメル樹海と比べ、上を見れば青い空が見通せる場所だった。針葉樹が多く、足元も雑草が多く生えている。
サインが先行し、獣道を歩いているためユメル達もあるく場所に困らなかったが、もし案内がない状況でここをあるくなら一筋縄では行かなかっただろう。
時折、動物の糞を見かけるが姿も気配もない。死神の鎌が首に当てられている、そんな雰囲気に一同もまた息を殺して進んでいた。
時間感覚さえも曖昧になる緊張感だ。恐らくまだ一刻も経っていないのだがそれが半日にも思える。
サインが先導した先には湖があった。その近くで彼は前腕を上にあげ、停止した。
近くの木々の草叢に隠れるように身をかがめ、前を確認する。
「この森には川以外には水場はここだけだ。それにワイバーンの大きさから考えるとここを利用する可能性が高い」
「ワイバーンの巣穴はわかってるの?」サインの言葉にアナスタシアは声を小さく問う。
「わかるが、崖に穴を作って巣穴にしてる。近づくのは厳しいな」
「そりゃ、そうか。そしたら此処で張るしかないわね」
アナスタシアとサインが作戦のやり取りをしている中、ユメルは魔法の本の内容と元素について思い出していた。
――空気中には酸素、窒素、二酸化炭素が存在する。酸素は物を燃やす働きを助け、窒素は燃えず、しかしながらも様々な化合物を作る手助けとなり、二酸化炭素は火を消す作用がある。また物が燃えた際にも発生する……。
ユメルが元素で分かるのはこれくらいだ。しかし、自分が感覚的そして、触り理解している物が一つだけある。
銃。銃ならば彼女は人並み以上に機構も理解している。素材もわかる。その元素が何に含まれているか、それはわからないが、恐らく作れる事を感じている。
ふと、ユメルはあの時、あの夜、弾を作った感覚を思い出す。あの暖かさ、そして炎の感触。
ユメルは手のひらを上に向け、感覚を確かめる。すると、青い炎が静かに手から溢れ出し、渦を巻く。
銃を思い出す。機構、素材全てを構想し、創り出す事を意識する。すると炎が小さく収束していき、見慣れた、あの日壊れた銃が現れる。
アナスタシア達、それにアイシャがそれを見ていたが、あまりの集中にユメルはそれに気がつかない。ユメルも出来た事に少し驚きながらも、拳銃の感触を確かめる。
そして問題がない事を確認すると、マガジンを輩出し、弾も作られている事を確かめた。
ふぅ、と一息吐いたユメルにサインが問う。
「今のは?」
「え、あぁすまない。出来るか自分でも半信半疑だったが、これは、――そうだな、親のような人からもらった魔法のようなものだよ」
「ふむ、何が出来る?」
「……自分でもまだ把握しきれてない。ただ、そうだな、もしかしたら、ある程度火のブレスを防げるかもしれない」
ユメルが使った感覚でいうと、あの力は理解しているものを思った通りに生み出してくれるものだった。
未だ魔法がどんなものか使ったことがないので、ユメルには分からなかったが、アーサーが言ったような魔法の延長線で収まるような力ではない。
言うならば、創造の力、何かを生み出す力だった。
しかしながら、なんでも出来るわけでもなく、理解を超えたものは生み出せない。それは同じ事だ。
ユメルは二酸化炭素、あるいは窒素のみの空間を作り出せば火を消せるのではないか、そう考える。
「火を消せるかも、ね。出来れば上等。出来なくてもまぁ基本的な作戦は変わらず。水の防護膜を使用した私とサインが前衛。ユメルは銃、あるいはその力を試しつつワイバーンを攻撃して」アナスタシアがそう話すと各々うなづいた。
じっと息を潜めて待ち続ける。日が落ちれば明日も待つしかないだろう。
しかし、ユメルは明日の昼にはパリスタンから出る必要がある。その為ある程度の時期をもって切り上げ、別の作戦、つまり縄張りを荒らしワイバーンを呼び出す必要があった。
当初アナスタシアが考えていた作戦である。しかし、その場合番の二頭同時に相手をする所要がある可能性が高いのだ。危険だが、ユメル一人くらいならば守りながらも倒す自信もあった。
しかしながら、四人となれば乱闘で不利になるのはこちらだ。炎の息の巻き込みをそこまで気にしてられない。その為、サインの作戦に賛成していた。
二時間、それをリミットにうち切ろう。そうアナスタシアが考えてすでに一時間の時が過ぎ去っていた。
詳細な時間は彼女らには分からないが、太陽の動きで大まかな時間は把握している。
そして、もう少しで二時間経とうとしたその時、バサッ、バサッと翼の羽ばたく音が鳴り響く。
少しだけ解けていた緊張の糸が、張り詰めるのを全員が感じる。
音は一つ、徐々に上空へと近づいている。そして、耳を打つような激しい翼の音を聞きながら、巨大な何かがゆっくりと湖の麓へと着地しようとしている姿が映る。
――馬鹿みたいに大きい。そうユメルは感じた。その姿は全長10mを切ってはおらず、高さだけでも5m強はある。
そして緑色のウロコに毒々しく色づく黒斑模様がその存在を顕著に表している。足についているその鉤爪は日光を反射し、命を刈り取る鎌の形をしていた。
思わず、ユメルの喉が鳴る。手に持つ拳銃が棒切れに感じた。腐っても竜種。人間の想像の遙高みに存在することをまざまざと見せつけている。
ゆっくりと降り立ったそれは、長い首を湖へと突っ込んで喉を鳴らしていた。
アナスタシアが音を立てずに周りを見ればサインですら強張っているのが見て取れた。
判然としているアナスタシアも怖くないわけじゃない。だが、彼女は恐怖には慣れたというだけだ。それに、そんな物気にしてはいられないのだ。自分の命を賭けたとしても誰かを守りたい、だからこそ騎士でいるのだから。
――ふぅ。
一瞬アナスタシアがした深呼吸はやけに大きな音に聞こえた。そして、彼女は息を吐き出すと同時に鞘から剣を抜きはなち早駆けを始める!
一呼吸遅れサインも駆け出した所で、ワイバーンが彼らを認めた。そして、竜は息を吸うと、火を出すのではなく大きな咆哮を上げる。
それは物理的な攻撃ではない。なんら身体に影響は与えないだろうし、悪くても突発的な難聴を伴うだけだろう。
しかしながら、その声はあらゆる生物の心を折りにくる。殺されるのだと否が応でも認識させられる。
現に、アナスタシアとサインも一瞬だけ、足を出すのを躊躇ってしまった上、後方のアイシャは腰を抜かし、寒くもないのに歯が震える。
――だが、心から何かが抜け落ちたのか、ユメルはその咆哮に拳銃を正面に向け、片膝を着いた。
――怖い、怖いが何も出来ない事が一番嫌だ。
全てが消えたあの日の光景が脳裏に思い出される。奪われた物、いなくなった大切な人、何も出来なかった自分。それが脳裏にフラッシュバックした。
ユメルは全てがの光景がその瞬間遅く感じた。冷静に頭が高速回転するのを感じる。
『喉の奥で火花を出す器官があるんだけど……』
遅く見える景色の中、ユメルはじっとワイバーンの口内を見つめる。
そして、探していた物は喉の手前に火打ち石の様な形で存在した。
「――――ッ!」
引き金を引く。きっと銃弾はアレに当たり火花を散らす事だろう。それを考えての行動だ。
その理由はただ一つ。
――酸素はモノを燃やすのを助ける働きがある……
ユメルの全身から青い炎が吹き出していた。そして、彼女はワイバーンの口内から『窒素』そして、『二酸化炭素』を取り除くことを考える。
ユメルはまだ『水素』というものを知らない。しかしながら、その口内には水素と酸素の化合物で溢れかえる状態となっていた。
この状態は酷く集中力がいる上、純粋にその化合物を保てるのは一瞬の事だろう。
だが、それで十分だった。
爆雷の音が響き渡る。3000度を超える熱量の爆発がワイバーンの口内で起こった。




