六話 はじめての依頼1
ユメルがミーネに聞いた魔術理論はアルフレムの話よりも難解で理解に苦しむものだった。酸素、水素等の元素とは何か、又、その作用と性質、それらを理解しなければ魔法は扱えない。息を吸っているこの何もない空間に窒素と二酸化炭素と酸素が浮かんでいるという話をされた日にはまるでその言葉が異界の言語に聞こえたほどだ。
ユメルが混乱しているのを見たミーネは魔法の勉強に使える術学書を数冊貸し与えると、それを読んでわからない場所があればまた来てくれれば答えるという。取り急ぎ、入門として進められていたのを寝る前に読んでみるとその冒頭には魔神族とその他種族の魔術の違いについて書かれていた。
通常、魔術とは『元素』に作用し、その作用を増幅し出現するものである。だからこそ、その場に構成するのに必要な『元素』がなければ魔術の行使は成功しないし、発動もできない。例えば、空中に剣を生み出そうとしてもそこにそれを構成する元素がなければ不可能だというのだ。
だが、魔神族はそれを無視する。無から有を生み出し、自分が想像したままに魔術を行使できる。一般的には両方魔術として認識されているが、魔神族のそれは専門家の間では『神術』と呼ばれる傾向にあるらしい。
其処まで読んで、なんとなしにユメルは理解したが、恐らくこれを正しく理解するためには『元素』というものを詳しく勉強しなければならないな、とそう感じるのだった。
そんな事があった翌朝の事だ。ユメルとアルフレムはスメラギ達の同行を知るため『その日の気分はパンシエット』へと訪れた。
早朝ということもあり、すこし肌寒い気温、そしてどこかか聞こえる鳥の鳴き声がまだ起きていなかった身体を呼び覚ます。朝の少し薄暗い街並みもまたパリスタンという都市には良く映えた。
人通りは昼間程あふれておらず、見かけるのは商人が今日も元気に店舗の商品を並べている姿、また、遅くまで飲んでいたのか道端で寝ている男性等だ。
『その日の気分はパンシエット』の店の中に入ると、朝早くから朝食をここでとり談笑に花を咲かせている探求者、そして、何故か困り顔でカウンターの前の女性に対応するマスター、『パンシエット』の姿がいた。
ユメルはスメラギ達を探すが、まだ来ていないようだった。遅くても昼前には来るだろう、そんな事を思いながら開いている席に座ろうとするが、その途中、カウンターの奥にいたパンシエットに呼び止められる。
「ちょっと、アルフレム――」その切羽詰まった様子にユメルとアルフレムは顔を見合わせカウンターへと歩いていく「ごめん、突然。この方なんだけど、貴方の報告を聞いて飛び出してきたらしくて……」
その言葉にカウンターの前に立つ女性に初めてアルフレムは目を合わせた。茶色の髪の普通の女性のように――いや、一瞬、本当に一瞬だけその姿が変わった。山羊のように巻いた角、白雪のような染まる色のない髪、そしてその秋の紅葉よりも尚赤い目。間違いなく、その人物は『魔神族』だった。
一瞬だけの変化だったため、アルフレムとユメル以外は彼女の正体に気が付いていないようだ。
最初はアルフレムに視線を送っていた彼女が、ユメルの姿、いやその首にかかった魔神の雫を見て酷く泣きそうな表情を浮かべた。
事情を薄々察したアルフレムがマスターに奥の部屋を使っていいか、と尋ねるとマスターは頷き、カウンターの扉を開け、三人を通す。
昨日も入った、――密会室とでもいうべきだろうか、そこに入った途端、まるで隠す必要がないと言わんばかりに女性はその姿を変え魔神族としての本来の姿を二人に晒す。
その女性が部屋に入った途端、電池が切れたように立ちすくむものでどうしたものかとアルフレムとユメルは顔を見合わせた。
「とりあえず、立ち話もなんです。座って話しませんか?」そうアルフレムが話しかけると彼女はコクリと頷きを返す。
席に座った一同だが、両者とも先に相手が話すのを待っているのかしばしの沈黙が部屋に満ちる。こちらから話しかけたほうがいいか、とアルフレムが口を開いたところでつぶやくように女性が言葉を発した。
「本当に、死んでしまったんですね」
「……シャンナさんのお知り合いですか?」ユメルがふと答える。その質問に彼女は頷きをまた返した。
「あ、すいません。シャネル、というものです。別段何処かに定住しているわけではなく、普段は姿を変えて生活しています。
シャンナとは150年ほど前から交流がありました。私が会いに行くといつも料理を作ってくれて……。気心の知れた友人だったんです」
「そう、ですか」
アルフレムがあの日あったシャンナの姿を思い出し目を伏せる。シャネルが泣くのを我慢しているのが見ていてわかり、目が合わせずらかったのだ。
そんな中、ユメルは首元の雫を握りしめながら目を離さず、彼女を見ていた。そして、重苦しいこの空気を切り裂くように言葉を彼女にぶつける。
「シャンナさんを死なせてしまったのは、私の責任です。
私は、彼女がいってはいけないといった森の近くで、遺物を発見し、その時の発見が原因であの災厄が起きました」シャネルはそう語るユメルを見据えると、ふっと、表情をやわらげ彼女の頭を撫でた。
「きっと、貴女じゃなくてもいつか誰かがそれを見つけて、同じような事になってたと思う。
150年前から彼女はあの場所に封じられていた存在がきっといつか蘇るってそういってたから。
別に貴方達を責めるために来たんじゃないの。シャンナが何をしたか、そして、彼女の最後の姿がどうだったか、教えてほしい」
逆に慰められた気がしたユメルはまた胸が刺されたように痛んだ。けれど、その痛みを我慢して、あの日の事を最初から最後まで、ただ、淡々とシャネルに語る。
話すほど言葉が軽くなるという話がある、あれは事実だろう。でも悪い意味だけでもない、ユメルはその日のことを話す内に、涙が出そうになるのを耐えるうちに、少しだけあの日の事実に折り合いがつけられた気がする。そう、本当に少しだけだがきっとシャネルが言葉の重さを少し引き受けてくれたような気がした。
「――以上です」
「ありがとう、貴女もつらいのに、ごめんね」
「いえ、自分の責任でも――」そう言いかけたユメルの頭をくしゃっと撫でるとアルフレムが言葉を続ける。
「あれは、それを止められなかった大人、俺の原因です。シャネルさん。シュペルミルって何者なんです? それにあの力。魔神族のソレと同じように感じました」
「それは、私が貴方を探していた理由から話したほうが、早いでしょうね」
そうシャネルが語るとすっと、息を吸い、言葉をまとめるように話始める。雰囲気が変わったことを感じ、アルフレムとユメルは佇まいを直し聞き耳を立てた。
――私は昔、シャンナに頼まれたんです。もし、自分に何かあった時、私の遺志を託した人を探してほしいと。
私達、魔神族はあまりしられていませんが、突然変異、あるいは片親が魔神族だった場合に生まれます。そして、必ずと言っていいほど他の魔神族、あるいは親から、ある話を伝えられるんです。
『私達は、災厄から子らを守る者。昔、五つの災厄がこの世界にはあった。
一つ目は、罪に触れ、咎人を焼く古龍。二つ目は、世界を喰らい続ける獣。
三つ目は、殺し合いが産み落とした世界を壊す機械人形。四つ目は、神を殺したが故に穢れを負った獣たち。
そして、五つ目は、英知の果てが生み出した、滅びの神
我らはこの五つの災厄を封印せし物。しかし、驕るな、忘れるな、我々もまた咎人である。
そして、子等が育み育つその時までこの話は語るべからず。我らは静かに時代の荒波に消え、子等に世界を託すために存在せん。』
……ええ、本来なら、この話もあなた達に語ってはいけません。他の魔神族に知られればきっと私は罰せられるか、殺されるでしょう。
この伝承の本当の意味を知っている魔神族はきっと、もういません。シャンナは知っていたようですけど、あの人は咎人は私で終わり、貴女は自由に生きていいの、としか教えてくれませんでした。
すいません、話が逸れましたね。
シュペルミル、あの存在について私は『神』であるのだと思います。封印された五つ目の災厄、それが彼なのだと、そう思います。この封印についても詳細を知っていたのは、私が知る限りは彼女だけでした。
そして、魔神族は同時に一つだけ、魂のかけらを他者に託すことができます。これは魔神の雫と呼ばれていて、私達が大切に思う人、庇護したいものに送られるものです。その人に自分の魂の一部を分け与えて、魔神族の力の一部を使えるというものなのですが。その雫を送った人物。または雫を渡した魔神がどちらか死亡した場合これは異なる効果を持ちます。
雫を送った人物が死んだ場合、雫は砕け散り、魔神族に死を知らせるというだけのものなのですが。雫を送った魔神族が死んだ場合、その魔神族の魂はその石に宿ります。
誤解されないように言っておきますが、雫を送った人物を私達が憎んでいた場合、雫がその人物をきっと無残に殺してしまうでしょう。
けど、本当に大切な人、守りたい人の雫に魂が宿った場合、綺麗に雫が光り、見守るように魔神の力がその人に贈られるんです。
すっと、言葉をいったん切ると、優し気に微笑み、シャネルはユメルを見る。
「だから、貴女の事、本当にシャンナは好きだったって、その石を見ればわかるよ。だって、貴女にシャンナは遺志を託したんだもの。
でも、あの人はきっと迷ってる、貴女に運命を押し付けるような、そんなことはしたくないってきっとそう思ってる。だから、まだ雫に炎が宿ってるんだね」




