女王の座は渡さない!!だって娘は……っ
「お母様、いらっしゃらないですね……」
少女は大勢の人に囲まれて、不安そうです。
国の中にあるお城の大広間。
彼女の18歳の誕生日。
今日はここで冬の女王を継ぐ儀式がおこなわれるはずでした。
ところが肝心の女王がいつまでたってもやってきません。
少女――冬の女王の娘はその青白い顔をそばにいる父親に向けると、
「ぼく、様子を見てきます」
言って席を立とうとします。
「いや、もう少し待ってみよう。
それでも来なければ私がいく」
「でも……けほっ」
「ほら、お前は体が弱いんだから無理をするんじゃない」
彼は娘を席に座らせると、入り口の扉をじっとみつめました。
すると、一人の兵士が慌てて駆け込んでくるではありませんか。
「何事だ!」
なんだか偉そうな人が問いただします。
「申し訳ありません。
報告いたします」
兵士は姿勢を正すと、
「冬の女王様が、塔に立てこもりました。
娘に女王は継がせない……と」
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「ちょっとー、出てきなさいよー」
春の女王が叫びますが、返事はありません。
それも当然。
すでに国中の人たちが手を尽くしましたが、冬の女王を外に出すことはできませんでした。
塔の入り口は冷たく氷で閉ざされたままです。
もう4月だというのに、暖かくなるどころか寒くなる一方。
国から逃げ出す人も少なくなく、ついに他の季節の女王も説得に乗り出したのでした。
春の女王は、塔の前で楽しげなダンスを披露しました。
お酒も振る舞われ、大変盛り上がりましたが、冬の女王は窓からのぞくだけで降りてきません。
夏の女王は、塔の前でお祭りをひらきました。
塔の下には露店がならび、たこ焼きから射的まで、子どもも大人も楽しげです。
冬の女王はお腹を押さえ、恨めしそうな表情でそれを見つめていましたが、そのうち塔の奥へ消えてしまいました。
秋の女王は、塔の前で宴をひらきました。
秋刀魚にマツタケ、秋の味覚が焼けるいい匂いがあたりに充満します。
それだけではなく、くりご飯や牡蠣鍋、ステーキなど様々な料理があたり一面にならべられました。
みんなでそれらを堪能していると、塔の中から雪だるまが沢山あらわれ、料理を全部持っていってしまいました。
「だめだこりゃ」
誰かがつぶやきました。
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「どうしたものかね」
春の女王がつぶやきます。
「あなた、彼女の夫なんだからなんとかしなさいな」
秋の女王が、男に向かって話しかけます。
「恐れ入りますが、女王様。
妻は理由もなく塔に篭っているわけではないのです」
「なんでしょうか、その訳とは」
夏の女王も話にまざります。
彼女はコートにマフラーを何重にも着込み、その姿はまるで大きなボールのようです。
「みなさん、ご存知かとは思いますが、娘は幼い頃より病弱で……。
妻は、娘にはとても冬の女王は務まらないと。
娘がつらい目にあうのなら、自分がずっと女王で居る、と……」
「確かに娘さんは病弱だけど、一人しか居ないんだからしょうがないじゃん」
「どうしても嫌なら、他の方に譲ってはどうかしら」
「そんな恥をさらすことをするくらいなら、娘を殺して自分も死ぬと……」
つらそうに下を向く男に、
「彼女らしいですね。
冬の女王は自分にも他人にも厳しすぎるところがあるから……」
夏の女王がなぐさめの言葉をかけます。
彼は顔を上げると、
「いかがでしょうか。
ここは一つ、今年は娘に女王を継がせずに妻が続けるというのは」
男は続けます。
「娘の体調が回復すれば女王を継ぎましょう。
それまでは今のままということで」
彼の提案に、季節の女王たちはいい顔をしませんでしたが、
「しかたないですね。
決まりを破るのは気持ちのいいことではないですが」
夏の女王は国の方をみながら、
「このままだと後一ヶ月もしない間に国はからっぽになってしまいます。
作物も育たなければ、本当に国が滅んでしまいますからね」
「ああ、ただし今回だけだ。
次は認めない」
「そうね、こちらが折れる形になるのは気に食わないけど……」
他の女王たちも賛同していきます。
「では!」
男はぱっと顔を上げると、
「ええ。
その提案のみましょう」
夏の女王の言葉に、彼は立ち上がると
「それでは妻にこのことを伝えてまいります」
塔に向かって歩きだします。
と、そこへ
「お待ちください!」
少女の声がひびきました。
みんなびっくりして声がしたほうを振り返ると、そこには冬の女王の娘が腕を組んで立っていました。
病弱で青白かった肌も、いまではつやつやとしたピンク色になっています。
「お前……」
男――父親は驚きに表情をゆがめていましたが、やがて我に返ると
「駄目じゃないか、家で寝てないと。
また倒れてしまうよ」
娘を国の方へ帰そうとします。
少女はその手を振り払うと、
「お父様。
後で話したいことがあります。
が、まずはお母様をなんとかしないとですね」
他の女王が居るほうへ向かって歩きはじめました。
彼女は季節の女王たちをみわたすと頭を下げ、
「このたびは申し訳ありません。
解決のために、みなさまのお力をお借りできないでしょうか」
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まず春の女王が、娘の力になりました。
彼女の手からでる、あたたかい春の陽射しのような光が扉をふさぐ氷を溶かしていきます。
みるみる氷が溶けていくと、やがてそこには古びた扉がみえてきました。
「疲れたー、ここで待ってるわ」
春の女王は肩をもみながら、どっかりとその場に腰をおろしました。
扉を開け、塔の中に入ると、そこには冬の女王の手下の雪だるまがところ狭しと待ち構えていました。
「ここは私にまかせなきゃっ!?」
娘は話している途中の夏の女王を、後ろから思い切り蹴飛ばしました。
すとらいく!
ボールのように服を着込んだ夏の女王は勢いよく転がると、雪だるまを蹴散らしていきます。
「きゅう」
彼女はそのまま壁にぶつかると気を失いました。
そんな夏の女王を置いたまま、娘と秋の女王は上を目指します。
冬の女王が居る部屋の前に、大仰な門番が槍を構えて立ちふさがります。
「ここを通りたければ我が問いに答えるがいい」
秋の女王はどこからか取り出した分厚い辞書で、門番の頭を思い切り殴打しました。
「えい、えいっ」
可愛らしい声とは反対に、鎧と辞書がごんっごんっと痛そうな音を奏でます。
やがて門番が動きを止めると、秋の女王は
「ふう、疲れちゃった。
ちょっと休んでるわね」
門番の上に腰を下ろし、辞書を読み始めました。
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「お母様!」
「あなた……!?」
ドアを思い切り開け放ち登場した娘に、冬の女王は驚きの声を上げました。
「お母様、みんな困っています。
ぼくに後を継がせたくないのであれば仕方ありません。
とりあえず外へ出てはいただけませんか」
冬の女王はしばらく苦悩に顔をゆがめていましたが、ふっと力を抜くと
「わかったわ。
外へ出ましょう」
娘に支えられ、部屋を後にしました。
「おい、出てきたぞ!」
誰かが上げた声に、みんなが塔の入り口をみました。
そこには冬の女王とその娘が立っています。
「どうして出てきたんだ」
父親が冬の女王にささやきます。
彼女がそれに答える前に、娘がきっ、と彼をみて言いました。
「その前にお父様、話があります」
娘は父親の腕をぎゅっと掴むと、
「うすうす気づいてはいましたが……。
なぜ、ぼくに毒を盛っていたのですか?」
娘の言葉に、あたりはざわめきます。
父親は慌てて、
「なんのことだ。
お前が病弱なのは昔からじゃないか」
「いいえ、お医者様から聞きました。
幼い頃から死なない程度の毒を盛られていたと。
なぜそのようなことをなさったのですか」
いまや病弱だった面影はなく、しゃんと問いただす姿はまるで女王のようでした。
なかなか口を割ろうとしない彼に娘は、
「このまま話さないのであれば、それでいいでしょう。
しかし、例え父親といえど。
いえ、父親だからこそその罪を裁きにかけなければなりません」
娘とはいえ女王の娘です。
その彼女に毒を盛っていたとなれば、死罪はまぬがれないでしょう。
ついに観念した父親は、うめくように告白を始めました。
「実は……お前は女王を継ぐことはできないんだ」
「どういうことです?」
「なぜなら、お前は男だからだ!」
驚愕の告白にあたりは凍りつきました。
彼はやけくそになったのか、告白を続けます。
「そうだ、お前は娘ではなく息子だったんだ!
男に女王は継げん。
ならば女として育てようと、病弱で外に出なければばれないと毒も盛った!
だが、女王になればどうやっても他の女王にばれてしまう」
両膝、両手を地面につきうなだれた彼に代わり、冬の女王が言葉を続けます。
「異国へ手術の手配も進めていたのだけれど、儀式には間に合わなかったのよ。
だから、それまで時間を稼ごうと思って……」
「そんな……」
娘は地面に膝をつくと、群衆の方を向きました。
彼らは困惑した顔で、そんな彼女をみつめます。
「そう、だよね……。
こんなぼくが冬の女王だなんて、気持ち悪いよね」
少女――いや、彼の目から涙がこぼれ落ちます。
その姿はどんな少女よりも可憐で、女らしく、人々の心を動かすものでした。
「そんなことない!
こいつを悪く言うやつはあたしが許さねぇ!」
春の女王がかばうように立ちふさがります。
「そうね、私たちも同感よ」
ようやく戻ってきた夏の女王と秋の女王も、同じように彼の前に立ちました。
「どうだろう、これをもって彼――いや、彼女を冬の女王としようと思うがどうだろうか!?」
春の女王が群集に問いかけます。
彼らは最初戸惑っていましたが、徐々にそのざわめきが歓声に変わっていきました。
「新女王ばんさい!」
「男の娘だっていいじゃない!
だって可愛いもの!」
よく分からない声が混ざっていますが、おおむね新女王を祝うものでした。
「みんな……」
彼――新しい冬の女王は立ち上がると、春の女王がやってきて言いました。
「それじゃ、最初のお仕事だ」
新しい冬の女王はきょとんとしましたが、やがてその意味がわかると微笑み言いました。
「それでは春の女王様。
冬はここで終わり、これから春の季節です」