表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

燃やせる物ならやってみろ

 東京といえども、地域によって雰囲気が異なる。銀座や日比谷など、政治あるいは経済の中心地は近代化の波が押し寄せている。けれども、その波の及ぶ範囲はまだまだ限定的だ。



 例えば、ここもそうだ。浅草とは墨田川を隔てた押上には、文明開花の匂いは薄い。煉瓦造りの建物もなく、洋装を着た者も殆どいない。江戸と呼ばれていた頃の日本の風景が、この辺りにはまだ色濃く残っている。



「案内はここまでとなります、レインさん。あとはこの小路をまっすぐ行けば」



「分かった。ありがとう」



 傍らを歩く男に頷く。辺りは既に夜の帳がかかり、視界は暗い。ハンチングをかぶった頭を下げてから、男はそこで私と別れた。男は、村上が手配してくれた案内人に過ぎない。ここから先は私の領分――即ち、戦闘となる。



 "もっと民家があると思ったが、そうでもないな"



 土が剥き出しの小路に夜目を光らせ、私は歩く。茅葺きの平屋が固まるように建てられており、所々に提灯が下げられている。そんな風景だ。土の匂いに生活臭が混じり、私の嗅覚を刺激する。

 


 初夏の夜だ。用意してもらった黒い長袖シャツと揃いのパンツは、少々暑い。だが耐火仕様の細工を仕込んだので、仕方がない。靴も、爪先に薄い鋼を仕込んだ戦闘用の物だ。



 十分程歩いた。小さな水路にかかった橋を渡ると、急に家が少なくなった。路傍の柳を掻い潜る。細い葉が頬を掠めたが、むしろ心地よい。ここは一本路(いっぽんみち)であり、目的地を見失う訳も無い。ほら、見えてきたぞ。



 "あれが黒焔の拠点か"



 廃寺に住み着いているという情報通り、いや、それは所在を確かめてからか。地面から緩い角度で続く石段をふみながら、私は左右に続く土塀を睨む。挟撃は無い。それでも油断せずに一歩一歩、石段を上る。



 三十段程で上りきった。両開きの扉は蝶番が壊れかけており、門柱から取れそうに見えた。素直に真正面から入る必要も無い。寺の敷地をぐるりと囲む塀に沿う。門から見て左手、正対した私から見て右手だ。塀ぎりぎりの狭い足場を進み、適当に裏に出たところで中に進入出来れば。



 この時はそう考えていた。






 足音。いや、それだけじゃない。呼吸音だ、これは。空気が流れた。静かではあるが、人が動く気配がある。私に気がついた、いや、まだ迷っているか。



 気配は可能な限り殺して動いていたのだが、僅かに不審者の気配を察したようだ。大したものだと心の中で褒めておくが、私はそこで完全に息を殺した。身体強化魔術はただ体の動きを激しく、強くする物ではない。極限まで心拍数、呼吸、血の流れを抑えることも出来る。



 全身を覆う魔術文字が、私の意志に応える。微細な魔力を流し込み、細胞活動すらも制御する。空気と同化する程に、私は気配を殺しきった。聴覚だけが研ぎ澄まされ、塀の向こう側の様子を探る。



「......気のせいか」



「用心するに越したことはないからな。我々を星火、いや、黒焔とは知らぬ者がやってこないとも限らん」



 夜風に乗って耳に飛び込んできた声に、しんと心が定まる。情報通りだったらしい。ここに奴等が、私の標的が、依頼の対象がいる。こいつらは星火の離反者にして、火炎で帝都を脅かす者達だ。そして私にとっては、その火炎はどうしてもあの日の記憶を疼かせる。



 "まずは二人"



 動いた。左脇下のホルスタアからピイスメイカーを抜き放ちながら、身を捻り飛び上がる。塀を一息に飛び越えながら、私の目は敵を捉えた。夜目は効く体質だ。見つけたと思った瞬間には、引き金を引いていた。



 手のひらと肩にかかる重い衝撃の向こう、一人が倒れる。赤い戦装束を着た男だったとだけ認識しつつ、着地と同時に二発目を撃ち込んだ。何の追加効果も施していない通常弾である。だが、命中すれば、命を奪うだけの威力はある。



「ぐおっ......!」



「ちっ!」



 そう、きちんと命中すればだ。倒れ伏した一人目はともかく、二人目は踏み(とど)まっていた。着弾は左肩、恐らく骨は砕けたはずだ。だが、命までは届いていない。



「その金色の髪っ、貴様あのレイン・エンフィールドかあああぁっ!」



 地面に転がりながら、その黒焔の男は吼えた。私の放った三発目の弾丸に、右脇腹を削られながらだ。怒りに燃えた声が響く。これで残りの四人にも気がつかれたか。



 ピイスメイカーは、ウェンブリィとは型は違えど回転式拳銃(リボルバァ)だ。銃には残り三発。それを撃ち尽くせば、装填(リロード)しなければならない。それを嫌い、私は別の手に切り替える。



「貴様の無茶な指揮ぶりに、我らの同胞が何人死んだと思って――」



「泣き言を喚くくらいなら、最初(はな)から引き受けるな!」



 出血しながらも、男は声と火炎を閃かせた。私はそれに答えつつ、地面すれすれに滑り込む。青い狐火が掠めそうになるが、それをかわしきった。身体強化魔術の恩恵だ。地面に斜めになりながら、左手でナイフを握り込む。



 右下から左上に斬り上げた。



 パッと、夜目にも鮮やかな赤い血の花が咲く。浅い。相手の右腕を切り裂いただけ。だが、相手が反撃の為に右腕を引いたのは、悪手だった。



「そのまま反撃に転じるべきだったな」



 私はナイフを溜めない。ナイフを振り上げたまま、間合いを潰す。右膝を相手の左脇腹へとぶちこむ。みしっという嫌な感触が消える前に、再び左腕を翻した。手応え。腹を左から右へ。真横へと切り裂いた。



 "終わりだ"



 日本刀にも使われる玉鋼製のナイフだ。切れ味は折り紙付き。先の膝蹴りの衝撃と合わせ、完全に戦闘能力を奪った。



 本来なら、ここで止めを刺すべきなのだろう。だが、私はそれが出来なかった。残敵を優先したのだ。だから突き飛ばすようにして、ナイフを相手の体から抜く。ぬめりとした血を飛散させながら、私は約二間の距離を一息に左に跳んだ(一間=約1.8メートル)。



 視線を左右に散らす。典型的な廃寺が、黒々と佇んでいた。情報によると、この敷地に寺は二つ建立されている。

 私の視界にある寺が一つ、その奥にもう一つだ。六人がどういう配置で住んでいるのかまでは分からないが、どちらにせよ、もう気が付かれたのは間違いない。銃声と炎の音が聞こえた上で動かないなら、余程のぼんくらだ。



 このまま奥まで踏み込むか。それとも出てきたところで迎え撃つか。私が採った行動は、前者だった。相手の人数は四人、もたもたしている内に連携されると手に負えない。多少危険を冒してでも、先手を打つ。



 "来たか"



 夜の空気を通して、刺すような殺気が届いた。可能な限り圧し殺した、けれども殺しきれない明確な気配が肌を刺す。数える。四つ。移動速度は速い。奥の方にある寺の方から、急速にこちらに近付いてくる。先に倒した二人は、恐らく見張りとして手前の寺を使っていたのだろう。



 手前の寺の壁に張り付くように、背を預けた。相手はこちらが一人と分かっているからか、左右からの挟撃を仕掛けるようだ。四つの気配が二手に分かれた。迷いが無い。相応に優秀らしい。だが、大人しくここで待っているだけなのも、芸が無い。



 "十秒あれば"



 パンツスウツのポケットから、硝子(ギヤマン)の小瓶を取り出した。その蓋を指で弾き開け、私は魔術を行使する。



「唸れ、鋼索(ドロート)



 錬金術士(アルキメエステ)の真骨頂たる金属の変成、それを行使した。小瓶に入っていた水銀と鉄の混合金属が、ビュウと音を立てて跳ね上がる。天に向けて伸びたそれは、直径半寸、全長三間程の鋼索(ドロート)となった。



「奴か!?」



「あの金髪、まさか!」



 ようやく到着か。左右から聞こえてきた黒焔の連中は、驚きと怒りをかき混ぜた声をぶつけてきた。玉砂利の上に倒れた二人の確保の為、一人が走っている。残る三人が一斉にそのまま炎をぶつけてきたならば、私もかわすのは困難だったろう。



「だが遅い」



 寺の屋根に引っ掛けた鋼索(ドロート)を頼りに、私は思いきり跳躍した。一度の跳躍では、流石に屋根までは届かない。だが、空中で思いきり鋼索(ドロート)を引っ張り、私は更に高く跳ぶ。眼下では、行き場を失った蒼い火炎が炸裂していた。熱の余波を頬で感じつつ、私は寺の屋根に着地する。



 高さを稼いだ分だけ、奴等を分断しやすくなった。片方を狙うとしよう。四対一よりは、二対一の方が断然楽だ。



耐火之鎧(フュルフェスト)



 走りながら、更にもう一瓶開けた。中身のモリブデン鋼の金属粉末を、自分の体に振りかける。金属粉末だけでも効くが、私の魔術によりその性質は更に強化される。一度に包囲攻撃されなければ、どうにか凌げる筈だ。



 私の動きにやや遅れて、蒼い火炎が地上から迫ってきた。数は数発、多くは無い。動きを読み切り、これをかわす。瓦屋根に落ちた火炎が弾けるが、何ほどの事も無い。音だけを頼りに、地上から狙っているのだろう。攻撃には正確性が欠けている。



「強襲されてご立腹か。だが、貴様らの内輪揉めの口実に使われるのも」



 鋼索(ドロート)を屋根の上から振り回した。強化鋼の一振りが地上を襲うも、これは相手に防がれる。



「貴様らの弱さを擦り付けられるのも、このレイン・エンフィールドは真っ平ごめん被る!」



 右手で鋼索(ドロート)を唸らせ、左手でピイスメイカーの引き金を引いた。どいつが葉隠炎夜(はがくれえんや)か知らないが、構うものか。どうせ全員が相手だ。



 ピイスメイカーの銃弾は外れたようだ。私からは遠い距離にいる一人が、慌てて後退する。威嚇にしかならなかったか。だが、倒れた二人に向かった一人、今後退した一人を除けば、まずは足元の二人!



「お前は回り込め、俺が地上から牽制する!」



 一人が叫ぶ声よりも、私の方が速かった。気がつかないとでも思ったのだろうか、陽動ご苦労様なことだ。既に一人は回り込み、寺の屋根へと手をかけている。見えているんだよ。体術の嗜みもあるのか、中々軽快な動きで登ってきた事は誉めてやる。



「直接狙って――な、まさか、読まれてっ!?」



 残念だったな。屋根すれすれに飛ばした鋼索(ドロート)で、私は相手の足をすくった。足首に絡みついた鋼索(ドロート)を振り回し、屋根から放り出す。身体強化魔術の恩恵で、男一人くらいなら楽にぶん投げられる訳だ。



 地面に叩きつけられ、男は奇妙な叫び声をあげた。首の骨がいったか。死にはしなくても、しばらくは立てまい。この間にも、私は蒼い火炎の連弾をかわす。一、二発はもらったが、耐火之鎧(フュルフェスト)の耐熱性能で弾き飛ばした。



 "いける"



 ほぼ無傷で三人を撃沈した。この調子で、と思った矢先だった。



「......調子に乗るなよ、レイン・エンフィールド」



 大きな声でも無いのに、やけにその陰鬱な声はよく聞こえた。私から最も遠い位置、つまり倒れた二人を回収した男がこちらを睨んでいる。敵意が指向性の音となり、私に届いたのだろうか。



 灼熱。そう呼ぶしかない。



 獄炎。そう呼んでもいい。



 赤い戦装束を翻し、その男は周囲に熱波を放っている。夜にもかかわらず、周囲の景色が陽炎に歪む程の、とんでもない熱波を。



 間違いない、奴が。



「葉隠炎夜か」



 最大の敵の存在を認め、私の背に(はし)る物がある。戦慄とも恐怖ともつかぬ感覚に、私は唇を吊り上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ