アルバニア③
アレッサンドラがその女を引きずってきた時、僕は転寝をしていた。微かながら夢を見ていたような気がする。まだ両親の元にいた頃の幼き日のことである。
けれども扉の開くけたたましい音と、あの半裸だった女の喚き声とが響き渡り、そうした淡い夢はどこかにまろび落ちてしまった。
顔を上げると二人の女が立っていた。アレッサンドラは怒り狂っていて、半裸だった女は耳を引っ掴まれて引きずられている。
もう服は来ているらしい。あの白磁のような肌はほとんど美しい深紅の布地で覆われていた。
「待たせたね」
アレッサンドラが笑う。
「それほど待ってはいません」
「いや、予定ならもっと早くに放り出すはずだった。……ほら、アルバニア!」
さらに強く耳を引っ張る。アルバニアと呼ばれた元半裸の女は喉の奥から甲高い悲鳴を上げて、半べそになりながらアレッサンドラの腹を叩いていた。
「いいかい、よく聞きな酔っ払い!」
「酔っ払いだから、話は聞けないわよー!」
「黙れ、この酔っ払いめ!」
アレッサンドラがますます力を込めた。それ以上やったら耳がちぎれてしまいそうだ。
アルバニアの方も強情な性質らしく、どれほどの痛みであろうとも、ぎゃあぎゃあ喚き散らすばかりであった。
「ぎゃあぁぁぁ! 耳! 耳がぁぁ!」
「よく聞いて空っぽの頭に叩き込むんだよ! ここ三十日間の宿泊費、食費、交友費、全部支払われていないんだよ!」
「し、知らないわよ! ブランドに言って!」
「そのブランドが遠征で帰って来ないんだ! 誰が金を払うっていうんだい!」
「あわわ、あわわわわ」
僕に詳しいは分からないけれども、どうやらアルバニアにはブランドという名の弟がいるらしく、普段は財産管理や支払いなどをしていたのだそうである。
その彼が仕事で遠くに行った結果、アルバニアは有り金を全て酒と女とに費やしたのだという簡単な事実は分かった。
悲しいかな、このアルバニアという女、考えが少しばかり足りないようで、稼いだ金はその日のうちに使い切ってしまうタイプらしい。
ともかくアレッサンドラは怠惰なアルバニアの耳を僕に向けた。
「ほら、ここ、掴みな」
「え、でも……」
「そうだよ! 少年、私は寝たいんだから、邪魔しないで!」
僕はおずおずと耳を掴んだ。アルバニアはまだ何か言っているようだったが、アレッサンドラに体で払うか? と問われて口をつぐんだ。
「ぐうう! 行くだけだからね」
「いい仕事があったら取ってきな」
「嫌よ! 好きなことして生きていたい! ダラダラして、お酒飲んで、可愛い子達と遊び回って、それで気が付いたら夜になっていて眠っているような生活がしたい!」
この女、とんでもなく自分の欲求に忠実らしい。
僕は喚くアルバニアを引きずって、傭兵会所という場所に行くことになった。