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アルバニア②

 アレッサンドラが立ち止まったのは板張りの廊下の終点にある角部屋だった。

「この部屋の中にいる」

 そう言って彼女はノックも無しに扉を開けた。

 随分な仕打ちだと思っていると、すぐさま中から彼女の怒号と、それ以外の女の呻き声みたいなものが聞こえてきた。

 慌てて部屋の中を覗きこんだ。

 途端に、むっと酒と女の匂いが立ちこめる。そのあまりの熱気に顔をしかめると、怒り狂ったアレッサンドラが窓を開ける姿が見えた。

 あっという間に風が流れ、匂いは消えてしまった。

 部屋の中は随分と汚らしい。ただ単に汚れているだけでないと分かるのは、その女が眠っているソファの周りにだけ物が散乱しているからである。

 どうやら物ぐさな人間が住んでいるようだ。

「あんた! ちょっと中に入ってきな」

 とアレッサンドラに呼びつけられて、僕も中に入った。

 部屋の隅は埃が溜まって灰色になっている。人が歩く部分だけ床の色がむき出しになっているほどである。

 怖々と近づく。腰に手を当てて怒り狂うアレッサンドラの横に来た時、酒瓶と魚の干物と、それから無数の衣服の上で身悶える若い女と目が合った。その眼睛は蒼穹を思わせるほど純粋な色をしている。

 絹の寝巻がはだけて白雪のような肌がむき出しになっている。その上、軽く波打つ金髪が板張りの床に広がって鮮やかな色をちりばめていた。

 慌てて目を瞑り、そっぽを向くと、床の方から笑い声が聞こえてきた。

「おお……美少年が五人……」

「一人だよ、この馬鹿女め!」

 というアレッサンドラの言葉のあとに、けたたましい音が響き渡った。薄目を開けて確認すると、どうやらこの太った女が半裸の女を蹴飛ばしたらしい。

 何とも目の毒だ……。

 奴隷時代は時折性行為を見せられることもあったが、それは主人が奴隷の立場を理解させるために行なうものだった。

 だが、今は違う。ただ単に無防備な女が肌を晒しているだけである。頬が紅潮し、顔が熱くなるような感覚があった。

 アレッサンドラもそれに気が付いたのか、僕に水を汲んでくるようにと命じた。

「バケツ一杯にだよ! この女の酔いを覚まさせてやる」

 結局、掃除の代わりだとうそぶいて、アレッサンドラは半裸の女にバケツ一杯の井戸水を浴びせかけた。空のバケツを受け取ると、急いで一階に降りて井戸水を汲んで、また戻ってくる。

 二度、三度と掛け続けると、さしもの女も音を上げたのか、呻き声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。

「うう……頭が痛い。気持ち悪い。今何時?」

「……朝飯を食うには遅いくらいさ」

 半裸の女は――青ざめた顔をしていても美しいと思える――顔を手で覆って、この世の不徳を嘆いていた。

 酒が旨いのが悪いとか、酔いが回るのが悪いとか、夜が冷えるのが悪いとか、そんなことをぶつくさとぼやいている。

 もちろんのこと半裸だ。大事な部分こそ隠れているが、それ以外は何も隠れていない。白磁のような滑らかな肌が白光を浴びて輝いていた。

「服着な! 服!」

「着替えさせてえ」

 なんていう二人の会話を尻目に、僕は急いで廊下に飛び出した。心臓が激しく脈打っている。壁際に寄りかかり、ふっと息を吐いた。

 その後も慌ただしい物音が響き、あの半裸の女の悲鳴などが宿屋中に響き渡った。一度など女給が様子を見に来たくらいである。あの女は物ぐさで有名らしいのだ。

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