そして少年は都市へと帰る②
迎えが来たのは南中をやや過ぎた時刻のことだった。
公爵家の軍隊が列をなして森へと入り、主の元へはせ参じたのである。
彼らは、すっかりしょげかえったガルデリオに驚いた様子であったが、仕事には忠実だった。
あっという間に用意された荷台に死体が乗せられる。カッサーノと対峙したあの小柄の男も乗っていた。血まみれで、もう動かない。
何故彼は死んで、僕は生き残ったのだろう。
その答えは見つからない。僕だって紙一重だったからだ。
爪がもう少し深く入っていたら……。
隣の木に飛び移れなかったら……。
石ころが命中しなかったら……。
ブランド達が動けなかったら……。
考えればきりがない。僕は運が良かった。そして相手は運が悪かった。僕達の間を分けたのはそれだけだ。そうであってほしい。でなければ、また難しく考えてしまう。
悶々と考え込んでいるうちに、僕達はアルバニアを先頭として道を戻り始めた。彼女はぶつくさと文句を言っていたものの、カッサーノに拳骨を貰えばすぐに黙った。
僕は隊列の真ん中くらいを歩いていた。
隣にはブランドと、憔悴した様子のガルデリオがいる。次期公爵閣下は、多くの部下に囲まれて少しだけ意気を取り戻したようだ。憶病な姿を見せ続けるわけにもいかないと悟ったのであろう。
彼はほんの僅かに背筋を伸ばし、僕の方をちらちらと見ていた。
視界の端でそうされると、何だか気になって仕方がない。ひときわ捻くれたドドリゴの木の根を越えたところで、彼に尋ねた。
「何でしょう?」
ガルデリオが、ぱっと顔を華やがせた。その様子に隣にいたブランドが溜息をついた。
「いや、君には礼を言っておかないといけないと思って」
この次期公爵閣下は、その端正な顔をちょっとだけ緩ませて、僕の手を握りしめた。どことなくごつごつとしていて、冷たい感触だ。
「はあ」
「助けてくれてどうもありがとう」
と言っているうちに、先頭集団が森の外に出た。
ガルデリオは僕の手を握りしめたまま、ゆっくりと森を抜けた。遠目に丘陵地帯と、その頂上に立つ森厳な自治都市の姿が見える。
その姿を捉えた時、何故だか僕の中に、ほっと一つ息を吐きたくなるような感覚が広がった。
ぎゅっと収縮していた心臓が急に緩んだような、肩の力が抜けるような。ともかく不思議な感覚だ。
首をかしげた僕に向かって、ガルデリオが言った。
「どうだろうか。君さえよければという話になるんだが。公爵家に来る気はないか?」
僕ははっと顔を上げた。その言葉を理解するのに、たっぷり十歩分は歩かねばならなかった。
そして理解すると、僕は目をひんむいた。
「それは……」
「君さえよければ、だ。勇敢な戦士である君を迎えるのに、我が家にいささかの障害もない」
ガルデリオは、まだ僕の手を握っていた。
僕はどう答えるべきだろうか? 周囲を見やるが、その答えを言ってくれる人は誰もいない。傭兵も兵士も、厳粛に口を閉ざしたままだ。
僕は戦士か? それとも傭兵か?
不意に、斜陽が差しこむ都市の、茜色に染まった風景が目に映った。
仕事の帰り道で良く見る光景だ。それを見上げて、先ほど湧きあがった感情の意味をやっと理解した。
また一つ息が漏れた。正門の方では集まった傭兵達が手を振っていた。それに応える者もいる。僕も目を細めた。
「申し訳ありません」
深々と頭を下げて、手を離す。
ガルデリオの手は少しだけ彷徨ったのち、やがて定位置である脇の下にだらりとぶら下がった。彼の顔は見られなかった。鈍く痛む背中の傷に後押しされて、僕は告げた。
「僕の帰るべき場所は、あそこなんです」
ガルデリオが少しだけ寂しそうに溜息をついた。
言葉を重ねるべきだろうかと黙考していると、背中に激痛が走った。
後ろからやってきた衝撃に耐えきれず転ぶ。青々と茂る芝が口の中に入った。それを吐き出しながら振り返ると、アルバニアが僕の体にのしかかっていた。
「よく言った! あなたも熊を殺したんだからね。報酬の分け前はあるわよ」
「アルバニア! 傷口が開きますから!」
「うっさい! あとのことはあとのことよ」
アルバニアはそう喚き立て、僕の体を強く抱きしめてくれた。
「ようこそ、この自治都市へ」
僕達は尊敬と羨望と、それから少しばかりの嫉妬を伴った歓声に迎え入れられた。
その後、熊は都市の広場で解体され、僕の手にはあの漆黒の眼球が残された。
僕はその日、初めて、この都市で生きていけるだろうという確信を得た。傭兵として、そして都市の一員として。
僕は奴隷ではなくなったのだ。




