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怖気を震う戦い⑤

 熊は怒りに満ち満ちているようだ。体中の毛が逆立ち、ガルデリオに集中している。

 僕は息を飲んだ。動ける者は僕しかいない。戦士達は地面に伏せったままだ。

 果たして無力な僕が飛び出して犬死以外の道があるか……。

 隠れ続けられるだろうか……。

 いや、いずれは見つかり、熊の餌になるだけだ。

 

 風で枝葉が揺れる。恐怖が不可視の手を伸ばし、僕の肝を握り潰したような気がした。鼓動があまりに速すぎ、耳の奥で脈動の音が聞こえる。

 ガルデリオが悲鳴を上げた。喉を潰さんばかりの声だ。木の上から身を乗り出し、僕は体勢を崩しかけた。

 その時、懐に重たい感覚があることを思い出した。手を突っ込むと冷たい感触が返ってくる。それを取り出す。五つある。

 一種の無謀な覚悟が僕の心を掠めた。やらなければ早晩死んでしまうことは分かりきっていた。木の上に隠れていたって、いつかは見つかるのだ。足掻いて死ぬか、逃げて死ぬか。どちらに勝算があるだろうか。

 心臓が早鐘を打った。熊の無機質な黒色の右目がこちらを睨んだ気がした。

 視線を転じると無残な肢体が転がっている。別段生きていたって何が出来るわけでもないが、はらわたを曝け出して死ぬのだけはごめんだ。右手を温め、握ったり、開いたりを繰り返した。

 熊が完全に間合いに入ったのを見計らい、木の上から石ころを投げた。

 それはやはり白色の燐光を帯びて熊の顔にぶつかり、その直後に激しい爆発を引き起こした。

 ガルデリオが頭を抱える。熊はすぐに僕のことに気が付いた。顔の右半分の皮がめくれ上がり、純白の牙がむき出しになっていた。蘇った右の眼球は奥底まで漆黒に染まっていた。

 熊が一気に駆け寄ってくる。僕の潜んでいた木に体当たりを食らわせた。必死に木の幹にしがみつきながら、もう一つ石を投げた。熊が飛び退る。木の根もとで石ころが爆発し、地面を抉った。残る石はあと三つだ。熊は僕を睨んでいた。

 熊が猛烈な勢いで突進してくる。木の幹がミシミシと音を立てて傾ぐ。急いで隣の木に飛び移ると、熊は唸り声を上げて腕を振りまわし、幹に爪を引っ掛けた。

 よじ登ってくる。その一瞬の隙をついて石ころをぶつけた。

 熊の喉元で激しく爆発し、またしても木が傾いた。隣の木も巻き込んで倒れてしまう。

 慌てて地面に飛び降りた。二本の木が音を立てて崩れた。熊は四つん這いになり、僕に狙いを定めて牙をむき出しにした。

 その背後で、ガルデリオが蒼白の顔のまま立ち上がっていた。彼に向かって首を振り、一目散に近くの木に駆けた。

 熊も追ってくる。木に飛び乗ったが、それよりも早く熊の爪が背中を引っ掻いた。

 かっと熱くなる。視界が暗転し、体中の感覚が鈍った。麻の服をとめどなく血が流れ落ちる。飛びかけた意識を必死に抱きよせ、木に登った。

 熊も気に爪を引っ掛け、息を荒くしている。ぽかんと開いた口腔が恐ろしい闇の深潭を覗かせている。

 その体に目掛けて石ころを投げる。熊の腹近くで猛烈な爆発があった。その勢いを使って、僕は隣の木に飛び移った。

 倒れた木を蹴飛ばして熊も跳躍をする。

 振り返ると、宙に浮いて無防備な熊の姿が目の前にある。象牙色の牙をむき出しにして、血の混じった唾液を垂らし、徐々に近づいてくる。

 最後に残った石を投げた。熊の鼻先で強烈な爆発が起こる。熊は空中で一回転して背中から地面に落ちた。

 苦しそうに呻く一瞬を逃さず、跳ね起きたブランドが、傷の出来た熊の喉元に剣を突き立てた。金ぴかの、ガルデリオが持っていた剣だ。

 熊が激しくもがいた。ブランドが突き飛ばされると、今度はカッサーノが飛びかかり、その宝剣を地面に突き立てる。僕も慌てて近づいて、彼の手に手を重ねて剣を抑えた。血が滴り、背中がぐっしょりと濡れているのが分かった。不思議と痛みは全く感じない。

 次いでアルバニアがむっくりと起き出し、右足を引きずりながら近づいてくる。

 熊の手は宙を掻くばかりだ。爪が当たっても、先ほどまでのような強さはない。口からは血の混じった泡を吐き出し、右目の黒々とした眼球が、ぎょろぎょろと動きまわった。

 アルバニアが白色の燐光を纏った拳を振り上げた。

 激しく痙攣する熊の胸元に振り下ろすと、骨を砕く嫌な音が響き渡った。

 体を波打たたせて、熊はそれきり動かなくなる。最後に一度、苦しげにその巨大な手で宙を掻き、こと切れたように地面に落ちた。

 カッサーノが絶命を確認したあと、僕達は汗だくのまま地面に倒れ伏した。

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