怖気を震う戦い③
形成は一気に逆転した。
包囲網を抜けた熊は、今度は傭兵達に攻撃を始めたのである。場はあっという間に乱戦模様だ。さすがのカッサーノも、ことここに至って陣形を維持するという考えはなくなったようで、怒涛の如く距離を詰め、剣を振り上げた。
熊は激しい唸り声を発し、逃げる公爵家の兵士を襲い、迫る傭兵達を薙ぎ払った。その巨大な口から咆哮が上がった。世界全土を揺るがすような、恐ろしい声だ。
そんな中、ブランドが素早く攻撃をかいくぐって熊の懐に潜り込んだ。
分厚い鈍色の刃を突き立てる。熊の体が途端に傾ぎ、金ぴかの剣を握ったガルデリオが感嘆の声を上げた。
「おお! 見ろ、熊の胸を貫いたぞ」
ただ、その歓喜はすぐに引いた。熊が苦しげに体をよじると、ブランドの巨体が木っ端の如く舞いあがり、木の幹に叩きつけられたからだ。
次いでカッサーノと三人の傭兵が飛びこんだ。やはりこれも熊の体を貫いた。だが、熊は悲痛な叫び声をあげるだけだ。彼らも巨腕になぎ倒された。
熊の動きが鈍った。体に四本の剣を突き立てられて、さしもの熊も疲労と痛みとで苦悶の声を上げたのである。
その間隙をついて、これまで息をひそめていたアルバニアが白色の燐光を纏わせながら熊の眼前に躍り出た。熊はほんの一挙動分だけ反応が遅れた。アルバニアが肉薄した。
体中にまとわりついていた白色の光が、今や彼女の右の拳に集約されている。振り上げた熊の腕をかいくぐり、彼女のその右手を思い切り熊に密着させた。
「死ねええ!」
僕に見えたのは、ほんの半瞬にも満たない残光だった。
アルバニアの体が反動で吹っ飛び、熊の巨体が大きく揺らいだ。肉が焼けるような嫌な臭いが鼻をついた。
爆風で転がったアルバニアは、うつ伏せになったまま動かない。彼女の右手から放出された魔力が爆発したのである。
今や熊のはらわたがむき出しになっていた。深紅の肉の向こう側に、やや白っぽい内臓が見えている。熊はもだえ、かきむしるようにその傷口を触り、口から粘度の高い血液を漏らしながら四つん這いになった。
再び傭兵達が熊を取り囲む。
いざ攻撃せんと気合いの声を上げたところで、カッサーノが叫んだ。
「退け、退け!」
その声が消えぬ間に、二人の傭兵が木に叩きつけられた。
骨が折れるような、嫌な音が辺りに散らばった。僕はまだ、じっとそこを見つめていた。四つん這いになった熊の毛が、ざわざわと逆立っている。
辺りを取り巻く空気が一変した。
さっと冷えるような感覚があり、僕は己の身を抱いた。たぶんそれ以上に寒い思いをしていたのは、その場にいた傭兵達だろう。熊の怪我は見る見るうちに塞がっていった。
熊が完全なる魔物へと変貌したのだ。閉じられていたはずの右目が開けられると、そこには黒曜石のような、黒々とした球体が収まっていた。




