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怖気を震う戦い①

「武器を取れ!」

 カッサーノが唸るような声を上げた。

 それでその場にいた全員が彼の視線の先を追った。僕の背中ではアルバニアが身じろぎをして、耳打ちをしてくれた。

「木の上に登っていなさい」

「え? でも……」

「いたって何の意味もない。隠れていなさい」 

 僕の返答を聞くこともなく、アルバニアは背中から飛び降りてしまった。彼女の体には白色の燐光がまとっている。カッサーノは自慢の剣を抜き払い、遠くの方ではブランドも鈍色の刀身を露わにしていた。

 傭兵達も不承不承、剣を抜く。公爵家の兵士達は、それから半瞬遅れた頃に武器に手を掛けた。

 瞬刻、大地を揺るがすような咆哮が森の中に響き渡った。

 アルバニアが振り返り、僕の方に鋭い眼光を向けてきた。先頭に立つカッサーノが気合いの満ちた声を上げた。戦いが始まるのだ。熊の獣臭さが鼻孔を突き、僕は慌てて近くの木に登った。

 遠くの方から木をなぎ倒す、けたたましい音が轟く。視界の端では狼達が逃げ惑っていた。十匹ほどの群れが、熊の暴威から逃れるようにして森の入口――光のある方へと向かう。

「くるぞ、集中しろ」

 カッサーノの声が響くと同時に、傭兵達が二手に分かれた。その直後、巨大な黒い塊が、それまで傭兵達のいた地点に目がけて巨大な前足を振り下ろしたのである。

 激しい震動がある。熊の足元が抉れていた。右目は完全に閉じられ、今や左の隻眼が、ぎょろぎょろと辺りを見渡している。

 男達は、あっという間に熊を取り囲んだ。獣の腕が届かず、されども攻撃できる距離を保っている。

 戦いの始まりは一方的に展開した。熊の後背から素早く近づいて斬りつけ、逃れる。熊が振り返れば別の者が、追いかければその周囲の者が攻撃を加えていく。

 戦士達の刃は、あっという間に血に染まった。カッサーノの声に合わせて戦士達は組織的に動いていく。熊は無数の傷を負い、辺りを行ったり来たり、その場で無様に舞っているようだった。

「もっとだ、もっと弱らせろ!」

 カッサーノが声を振り絞った。僕の見る限り、この戦いは有利に動けているようだ。

 熊の動きは鈍りつつあった。攻撃され、傷を負った者がいたとしても、その出来た隙間には別の誰かが飛びこんで、すぐに穴を埋める。熊は深追いすることも出来ず、背中を激しく切りつけられて、また陣形の中央部に戻らざるを得ない。

 熊は激しく息を乱し、口元からよだれを垂らしていた。そのむっと来るような獣臭さが流れてきて、僕は強く木の枝を握りしめた。

 戦いは優勢に進んでいた。あの暴れようを知らない者達は、所詮は獣だと高をくくっているようだ。

 確かに魔物になりかけているとはいえ、魔物ではない。熊は血を流し、苦しげな声を上げた。攻撃に翻弄され、怯えている。逃げ場を探して視線が彷徨っている。もはや死期は近い。早晩、この熊は呆気なく討ち取られるだろう。

 だからこそ功に焦る者が大声を張り上げて、突如として陣形を乱したのであった。

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