奇妙な成り行き⑧
ブランドが向かったのは、あの日、熊が逃げ出した場所だった。傷だらけの熊はこの森の中にぽっかりと空いた空間から逃げ出した。
何か痕跡はないだろうか、と周囲を見渡すも、これといって見つかるものはない。血のあとだって、何日も経てば消えてなくなる。
「ここに何の用だ?」
と問うたのはガルデリオだった。その後ろ姿から判断するしかないが、何となく焦燥感に近いものを感じる。彼は苛立たしげに荒っぽく髪の毛を掻きむしると、立ち止まったブランドに鋭い声を放った。
「俺達はここで熊を退けた」
「では、ここから森の奥へ向かうのか?」
「……そうだな」
ブランドは周囲を見渡した。熊の痕跡はまったくといっていいほどない。それをきちんと確認してから、彼は次期公爵に告げた。
「実は、あの熊を最初に見かけたのもこの地点だった。ここから追いかけ回して、また戻ってきたわけだ」
「結論から言え」
何故か、ガルデリオはカリカリとしているようだった。僕はアルバニアを抱え直すと、隣にいたカッサーノに勇気を振り絞って尋ねてみた。
「彼は何故怒っているんです?」
カッサーノは周囲を警戒しているようだった。じっと枝葉の影が揺れる場所を見つめている。
その様子に返答を諦め、僕は再び口を閉ざした。心臓が三十回ほど鼓動をしただろうか。冷静すぎるブランドと、段々熱を帯びてくるガルデリオとを視界に収めていた。
彼らは今にも掴みかかりそうな勢いだ。しんと静まり返る森の奥深くで、たった一人、ガルデリオだけが声を荒げていた。
「何とか言ったらどうだ!」
「……そう騒ぐんじゃない」
ブランドは、やはり不自然なほど物静かだった。
彼は決しておしゃべりな性質ではないが、それにしたって言葉が足らなさすぎる。僕が不審に思っていると、やっとというかなんというか、隣にいたカッサーノが重たい口を開けた。
「ガルデリオ殿には弟が二人いるのだ」
「はあ……」
「どうやら出来が良いらしくてな。危機感を持っているようだ」
「熊を倒して、名を上げようということですか?」
カッサーノは静かに頷いた。
瞬刻、森の中の空気が微かに動いた気がした。
というと何だかおかしな話のように思えるが、本当に風が流れて、森の中のじめついた感覚がどこか遠くへと押しやられた気がしたのだ。
そして次の瞬間、どこか遠くの方からあの地鳴りを伴う方向が響き渡った。ガルデリオが息を飲み、ブランドが歯をむき出しにして笑った。
どうやら彼の予想通りに、ことが運んだらしい。




