アルバニア①
最初に与えられた仕事は傭兵としての生活を出発させるということだった。
「傭兵になるにはね、この都市の傭兵一人の推薦を以って、傭兵会所で登録しなけりゃならないわけさ」
そうアレッサンドラに言われて、僕はさっと食堂を見渡した。
先ほどまで掃いて捨てるほどいた傭兵達の姿はない。皆、何かしらの仕事を貰いに行ってしまったらしい。がらんどうの食堂では女給が一人あくせくと掃除をしている。
その様子に恬淡な眼差しを向けながら、アレッサンドラは肥えた腹を撫でた。
「それで、あんたの推薦をしてくれる女を呼ぼうってわけさ」
「どこにいるんです?」
僕が首をかしげると、アレッサンドラは何も言わずに立ち上がった。
それで僕も同じように立ち、この大きな体の女のあとについて宿屋の階段を上がることになった。
この宿屋は地上四階、地下一階という構造になっている。地下や二階、三階部分は大部屋になっていて、金のない連中が五人から十人で泊まるようだ。
四階は……それよりも大きな部屋が十ばかり並んでいるだけである。全て個室だ。
ふうふうと息を切らすアレッサンドラに合わせて、ゆっくりと段差を登り詰めると、その階層はしんと静まり返っていた。
住んでいるのは金持ちで、家を買おうと思えば買えるような奴らしい。都市では重要な役に就く傭兵が多く、日中は仕事で居ないのだそうだ。
他の都市はいざ知らず、この自治都市では家を持っているか否かがまず一つの境目になる。
家を持つこと。それはすなわち都市に土着するということに繋がる。彼らは都市のために働き、都市を守るために命を賭けるであろうと考えられているのだ。
家を持たない傭兵は半人前だ。市民には決して数えられないし、当然市民が参加すべき政治的行動は制限される。
その観点から言えば、僕はまだ半人前にも満たない存在だ。都市からすれば蔑まれるべき無職で、そして定住地を持たない人間ということになる。
僕はまだ奴隷の身分を引きずった子供でしかない。傭兵になったら、この中途半端な気持ちも少しは変わるのだろうか。
いや、それ以前に僕は果たして立派な大人になれるのだろうか。アレッサンドラや食堂で見た傭兵達は都市から見れば半人前だろうけれど、僕から見れば誰も彼もが立派な大人のようだった。
特に思うことは、この宿屋の四階に住んでいるような、立派な人間になってみたいものだということである。
「これから会う奴は絶対に尊敬するんじゃないよ」
アレッサンドラは恬淡な様子でそう呟いて、運動不足の我が身を叱咤していた。