森にうごめく影⑧
最初に目を覚ましたのはブランドだった。彼が身動きした時、僕は飛び跳ねんばかりに驚いて、それからゆっくりと近づいた。
彼の顔は血にまみれている。幸いなことに骨に異常はなさそうだったが、動くのすら困難な有様だ。
彼は這いずるようにして体勢を変えると、倒れ込んだまま起き上がらない仲間を見下ろした。
「何人生きている?」
「分かりません」
僕は首を振った。
この数時間で一人が亡くなった。止めようもないほど血が流れて、そのまま冷たくなったのだ。あのクリスティン・カバーニも亡くなっていた。木に叩きつけられた衝撃で首があらぬ方向に曲がっていた。
生きている傭兵は片手の数で足りるくらいだろうか。彼らの持ち物で精一杯の治療はしたつもりだが、それでも失血や、もしくは内臓の破裂には対応しきれない。
ブランドは空を見上げた。そこにはあのアルバニアの石ころによって出来た穴が、ぽっかりと覗いている。そこから見える青空は黄昏には程遠いようだった。
「夜になる前に帰らないといけないが……」
「誰も動けませんよ」
「分かっている……。誰かが火打石と火口を持っていたはずだ。それで煙を起こそう」
ブランドは近くで倒れている巨木に背を預けたままだ。疲れ切っていて、傷だらけである。
僕は周囲を憶病な目で見やった。どこから獣や魔物が来るのか分からないからだ。微かな物音にさえ驚き、火をつけるのにも時間がかかった。
灰色の煙が立ち上る。それをぼんやりと見上げていると、突然ブランドが声を掛けてきた。彼の顔色はますます血の気を失っていた。
「……お前、何故ここに来た?」
「それは……ごめんなさい」
咎められているのだと思って謝罪すると、ブランドは表情を緩めてくれた。
「いいや、お前がいなかったら死んでいた。こう見えて感謝している」
ブランドの顔を窺うと本当にそんな感じだ。
アルバニアが時折見せるような、柔らかい表情をしている。こういう時に、彼らは姉弟なのだと気付かされるのである。
ブランドは、僕の顔を見て渋面になった。
「何か、迷っているような顔つきをしている」
「そうでしょうか?」
「俺の言葉が、何か迷わせてしまったかな?」
「え?」
「少し言い過ぎた、と思っている部分もあるし、あの姉にも釘を刺されてしまったということもあるからな」
「……」
「お前は考え過ぎるくせに諦めが早いから、少々気になったんだ」
ブランドはなおも優しい目をしている。
それはアルバニアが僕に向けるような、本心から気遣っているような視線だった。
彼が何故、そんな目をするのか、それが理解出来ず、僕は空を見上げた。灰色の煙が、ゆらゆらと風に揺られながら青空の中に吸い込まれている。
「そう自分を卑下するなよ。お前は、ここにいる人間を救ったんだ」
ブランドの声は優しく森の中に沁み入った。しかし、僕の気は晴れそうもない。もしも僕に実力があったなら、もっと多くの人間を救えたはずだ。
これもまた、考え過ぎなんだろうか。
僕にはよく分からなかった。ただ一つだけ言えることは、何人かの傭兵が死んで、熊はまだ生きているということだ。




