森にうごめく影⑤
森の中は葉が茂り、ほとんど光も差し込まないようだった。所々でまだら模様に差し込む他は、隙間もなく影が敷きつけられている。
歩くたびに落ち葉を踏んで、静寂が僅かに和らいだ。
遠くの方から狼の叫び声が聞こえて、僕は慌てて木に上った。視界の端で群れが移動しているのが見える。
どうやら奥の方に脅威があるようだ。狼達は日の差し込まない、背の低い茂みに身をひそめている。
そちらの方をじっと見ながら素早く木から降り、奥へと足を向けた。
狼達は僕に気が付いていたようだったが、向かった先が先なので、獲物を追いかける気にもならなかったらしい。
森の奥からひときわけたたましい音が響き渡った。
途端に鳥達が遠くへと飛び立ち、森の中がざわざわと揺れた。先ほどまでの静けさが嘘みたいに引き、大地や木々が激しく揺さぶられた。
慌てて木にしがみついた。立っていられないほどの衝撃が足元を襲ったからである。大地の鳴動が一帯を襲ったようである。
次いで勁烈な熊の鳴き声が肌を震わせた。
その音の波動と衝撃とに、僕の心臓は危うく止まりかけた。
腹の底が浮くような感覚があり、次の瞬間には体中が熱く嫌な脂汗が浮き出て、自然と呼吸が浅くなった。脳裏にはあの巨大な熊の姿がよぎり、枝を掴んでいた指が震えている。
また熊の声が響き渡った。そのあとに訪れた僅かな静けさの中に、男達の鬨の声が混じりこむ。
それほど距離も離れていないらしい。
いや、相手も近づいてきているようだ。木々をなぎ倒す音が段々と大きくなっている。それに伴って熊が叫ぶような声も。
「見えるかな……」
僕はまだ木の上にいた。じっと目を凝らす。森の奥深くは薄闇に包まれ、これと言って見えるものもなさそうである。
しかし、音は聞こえる。熊が暴れる音。男達が必死に張り上げている声。それらは聞こえている。
熊が叫ぶ度に枝葉が揺れ、腹の底が冷えていく。心臓の音が激しくなり、僕の耳道を揺さぶっていた。
目をすがめた。影が動いた気がしたのだ。さらに熊や男達の声は近くなってきている。より一層。ますます。
もう見えるはずだ。僕は震える右手で、アルバニアがくれた石ころを握りしめた。今思えばもっとくれたっていいのに懐には三つあるばかりだ。
また影が動いた。頬を一筋の汗が伝い、その不快な感覚が神経を研ぎ澄ました。
「回りこめ! 光のある方へ!」
最初に聞こえてきたのはブランドの声だった。




