森にうごめく影③
「私ねえ、熊肉って大好きだなあ」
そう言いながら、アルバニアは散らかした自分の荷物の中から石ころを取り出した。それを指先で弄びつつ、僕の前まで戻ってくると、にっこりと笑った。
「これ、貸してあげる」
「……石ころでしょう?」
ノンノン、と彼女は誇らしげに金色の髪を左右に振った。
「これは魔法の石なのです。何かっていえば、私の魔力が入っているんだけど。これを使えば、あなたにも魔法が使える、って代物なのよ」
「はあ」
「あ、信じてないでしょ? いい? これを相手にぶつけると、でっかい爆発が起こるのよ。まあ、それ以外は何も出来ないんだけどね」
「でも、爆発を起こしてどうするんです?」
アルバニアは眉を吊り上げ、その綺麗な指先で僕の鼻先を突っついた。半ば覆い被さらんとする彼女の壮麗な顔を見上げた。柔らかな香りが鼻孔をついた。
「あなた、熊を殺してきなさい」
その言葉があまりにもあっさりと発されたものだから、僕は思わずぽかんと口を開けた。
「え? 熊……を?」
「そう。今からブランド達に追いついて、熊を殺しに行くの」
「でも――」
「でももへちまもないのよ。いい? あなたに足りないのは自信よ」
僕はまだアルバニアを見上げたままだ。彼女はその顔を僅かに歪めて、僕の頬を片手で掴んだ。
「初めて会った日に言ったこと、覚えているかしら?」
「私は楽をするためならばどんな努力も惜しまない?」
「それじゃなくて。この都市で奴隷は認められていないってことよ」
彼女はプンスカ怒りながら僕の頭を軽く小突いた。それから二、三歩後ろに下がり、洗練された動作でこうべを垂れた。
「あなたは奴隷じゃない。これは事実よ。でも、あなたがそれを認められないというのなら、認められるように努力をするべきだわ」
「……それが熊を殺すことなんですか?」
「ええ、あなたは傭兵として、あの熊と戦うの。そうすれば他人から認められるようになる。もう逃げ場はないわよ。奴隷だなんだとうじうじしている暇もない。傭兵として、働かなくちゃいけなくなる」
何とも乱暴な意見だ。だが、僕に逡巡している暇はなかった。
何故ならアレッサンドラまでもが部屋に入ってきて、二人がかりで僕を宿屋から追い返してしまったからだ。
「熊肉を取ってくるまで、絶対に中に入れないからね」
宿の女将であるアレッサンドラにそう言われては、僕に抵抗する術はない。




