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森にうごめく影②

「それで、ブランド達が気になるのね?」

 僕達は窓べりにいた。

 見れば大通りの先――正門の方に傭兵達が集まっている。これから熊を退治しに行くのだそうだ。完全に魔物にならないうちに、というのが即断の要因であるらしい。

「ええ、でも、何故魔物にしてはいけないんです?」

 これから死地へと行く弟を視線で探し、アルバニアは首を振った。

「魔物ってのはね、突然変異なのよ。学者や宗教家によって主張は変わるけどね、何らかの作用が働いて生物としての本能が変わるのよ」

「本能?」

「普通はあるでしょ? 子孫を残したいだとか、仲間を守りたいだとか。そういうものが抜け落ちるのよ。力の限り暴れて、壊して、それだけ」

「何か目的があるんじゃないんですか?」

「さあ? あったとしても、人間を消し去りたいって気持ちに変わりはないでしょうからね」

 どうやら彼女は、窺知しがたいものに触れないことを美徳だと考えているらしい。

 それは彼女が恵まれた人間だからだ。彼女が触れたがらなくても、誰かが触れさせるから、そう思えるのだ。

 けれども僕は違う。触れようと思わなければいつまでも無知のままだ。元奴隷だから。

 元奴隷……、その言葉が頭に浮かんだ。

 僕は奴隷〝だった〟。だが、今は違う。

 では、いつから奴隷でなくなったのだろう? 逃げ出したとき? ここに来た時? それとも別のタイミングだろうか?

 では、奴隷でなくなった僕は何者なのだろうか。都市に住んでいながらにして、都市の構成員ではない。そして奴隷でもない。この僕は何者なのだろう?

「難しいことを考えていそうねえ」

 アルバニアは窓べりに頬杖をついて、僕の方をじっと見つめていた。彼女の青い瞳はブランドを思い起こさせる。

 そう思ったところで、そういえば彼女達はどこから来たのだろうという疑問符が浮かんだ。この都市で生まれて育ったのなら、この宿屋にいる必要はないはずだ。

 それを聞いて、アルバニアは耽美主義の極致にいるような顔立ちを歪めた。

「何? 私達の故郷?」

「ええ、どうしても聞きたいんです。アルバニアが何故、この都市に来て、傭兵をやっているのか」

 彼女は難しい顔をしていた。

 何か不味いことを聞いたのだろうか。胃の腑に重たい物が溜まった気がした。白光に晒されたアルバニアの面上には困惑の色がありありと浮かんでいる。

「あの、無理に……」

「いやねえ、あんたの教育に悪いかと思って言わなかったんだけど――」

 そこでアルバニアは言葉を切った。

 澄んだ青色の眼睛がこちらを向く。その煌めく色に僕の胸が一つだけ高鳴った。

 吸い込まれそうなほど美しい。あれはどこだったか、奴隷になるよりも前の頃――それこそ生まれたばかりだろうが――愛おしい温もりに包まれながら、見上げた空と似ているような気がした。

「――私が家出したのよね」

「は?」

「親父がさあ、結婚しろってうるさいのよ。それで逃げてきたら、ブランドまで追いかけてきたってわけ。あなたが考えているほど高尚な理由なんかないし、使命感も持っていないわ」

 アルバニアが大きく伸びをし、それから僕を見つめた。

「難しいことを考える必要はないの。やるべきことをやれば結果は見えてくるものだわ」

「やるべきこと……」

「そ、小難しいことを考えたって駄目」

 そう言って、アルバニアは僕の頬を撫でた。

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