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ブランド⑦

 結局、老人から解放されたのは、日も暮れたあとだった。

 僕と同じように、気弱そうな顔をした新入りの傭兵達が汗と血にまみれている。

 一日訓練を受けただけで、体中には痣が出来た。

 確かに老人に教えを乞おうという人はマゾヒストなのかもしれない。痛む体を引きずりながら、これ以上続けられないだろうと確信した。

 その上、僕の卑屈な心を揺さぶったのは、この新入りの傭兵達には夢や目標があるということである。家を買うだとか、強大な魔物を狩り殺すだとかいう目的が。

 目を輝かせながら語るその姿に引け目を感じた。

 僕にはそんな高尚なものはない。生まれてこの方、持つことさえも許されなかった。その日一日を生きること。それだけが僕に許された自由だった。

 ブランドは何故、このマゾヒストの列に僕を加えようと思ったのだろうか。日も暮れ、薄暗い中を僕は首をかしげながら、傭兵会所を逃げるようにして出た。

 性根を叩き直せという。そのブランドの言葉の意味が掴めなかった。

 この性格は元来の物だろう。というよりも、奴隷として生きるに当たって、嫌でも形成しなければならなかった性格だ。

 それ以前の記憶はない。だから僕にとって、この性格は変えようもない現実と言うことになる。

 僕は夜の大通りを歩いていた。昼間のような喧騒は影も形もない。どこの家々も表の戸を閉ざし、店は板塀で入り口を閉ざしている。

 僕は奴隷だった。これは変えようもない事実である。

 では、今も奴隷なのだろうか、というとそれは違う。

 それは僕自身が理解していること――あの騎士領から逃げた時から自覚していること――である。僕は元奴隷であって、今現在も奴隷であるわけじゃない。

 では、僕はこの自治都市の構成員なのだろうか。

 夜空を見上げながら、そう考えた。

 僕はこの都市で生活している。それが都市民としての役割を果たしているかということになると、たぶん違うのだろうと思う。

 例えば、この都市には唸るほどの財を持つ商人がいる。その一方でその日の暮らしもままならず、路地の裏で暮らす人もいる。彼らは同じ人間であるが、同じ権利を持つ人間じゃない。

 同じ場所に住んではいるが、後者は都市の構成員とは思われない。ただのごくつぶしだ。

 僕はどちらだろうか。静謐な夜道を歩きながら考える。自分自身の足音だけが、ひそやかに響いている。

 遠くの方に正門が見えていた。大抵の人達はそこから都市に入ってくる。住み着くのか、それとも出ていくのかはその人次第だ。

 僕はどちらだろう。今の状況が続くなら、これから長く都市に住みつくことになる。あの宿に居続けるのか、家を買うのか、それは分からない。

 僕の思考を遮るように、アレッサンドラの宿屋から騒々しい笑い声と乾杯の音頭が聞こえてくる。

どうやら今日も酔っ払いの傭兵達がドンチャン騒ぎをしているらしい。

 彼らは皆、都市に住み、そして都市の為に奉じる人達だ。治安を守り、魔物や獣を殺し、そして都市を支える商人達につき従って、体を張って生きている。

 僕はどうだろう? 一度だって危険を犯したことがあるか? 勇ましく武器を取り、戦ったことがあったか?

 一度もない。僕がやってきたことなんて、誰でも出来るようなことだ。

 僕がいなくとも、この都市は何も困らないのだ。それはもちろんのこと、路地に住みついている貧民と同じように。

 ブランドは何故、性根を叩き直せと言ったんだろうか? 

 こればっかりは変えられない。僕はこの性格と共に育まれてきたのだから。

 この憶病な心は僕の内面に暗い影を落とした。誰の為に生き、何をしていけばよいのだろうか。それがよく分からなくなっていた。

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