ブランド④
店の中は小ざっぱりとしていた。特段商品が並んでいるということもない。
がらんどうの店内には勘定台があるばかりで、そこでは初老の男が手持無沙汰に三文小説なんかを呼んでいるのである。
「やあ」
ブランドが声を掛けると、その男は顔をほころばせた。
「おお、ブランド。いつ帰って来たんだ? 公爵殿の護衛で南の方に行っていたんだろう?」
「今日さ。物騒なことも起こらず、正規の値段を支払ってもらったからな。随分とわりの良い仕事になった」
「新しい武器を買いに? 今のところ、お眼鏡に適うものはないぞ?」
ブランドは軽く肩をすくめ、入口のところで立ちつくしている僕を仰ぎ見た。
「来いよ。見てもらえ」
ブランドの体越しに、この店の店主の顔が見える。怪訝な顔をしている。
たぶん彼の瞳は、僕の奴隷の焼印を捉えているだろう。
店を追い出されないだろうか? 身分が低いからと言って騙されたりしないだろうか?
考えているうちに顔が紅潮するのが分かった。血の気が上がって、くらくらとする。その内、思考も鈍って、冷や汗を掻きながら勘定台に狼の毛皮を置いた。
「ああ? 狼の皮だな……」
「二日前に、アルバニアが狩り殺した奴だそうだ」
ブランドが肩をすくめながら言うと、初老の店主は納得したように頷いた。
「ああ、聞いた聞いた。森の方に行っていた連中が別の店に毛皮を持ち込んでいたよ」
「それで、そのうち一枚の取り分を得た少年が、あんたの元に持ち込んだわけだ」
「なるほどねえ……」
店主は眼鏡を掛けて、じっくりと狼の毛皮を見ている。動物の皮を剥ぐのは、僕の奴隷としての役割だった。牛や羊で慣れているつもりだ。
矯めつ眇めつしていた店主が勘定台に毛皮を置く。僕は彼の顔に視線を収束させた。その面上に何か負の感情が現れるだろうか。
だが、店主はにっこりと笑っただけだった。勘定台の後ろにある金庫からいくつかの鋳貨を取り出すと、それを僕の前に置いた。
「状態も良いし、技術もぴか一だ。真鍮貨二枚でどうだ?」
その提案にブランドが眉を吊り上げて僕の方を見た。
お金の計算は、いまだによく分からない。どの金属の価値が大きいのかすら把握してはいない。
この都市には二十種類以上の貨幣が流通しているのである。都市独自の貨幣もそうだし、西の公爵が出す貨幣もそうだ。南北からも別の領土の貨幣が流れてくる。
そうした現実を認識して、初めてこの都市は流通の拠点なのだと理解出来た。
店主が出してきたのはクーランセン公爵が出している真鍮貨なのだと思う。
表面に壮年の男の顔が彫り込まれている。これはよほどの傑物にしか許されていないことであるらしく、この辺りでは公爵以外は禁じられていたはずだ。
ブランドは、しばらく僕の方を見ていたが、やがて視線を店主の方に向けると首を振った。
「最近クーランセンの真鍮貨は値が落ちてきている。別のにしてくれ」
「……混ぜ物が多くなったって話だからな」
そう言いつつ、店主は別の貨幣を取り出した。どこのものだろうか? 僕には見当もつかなかったが、ブランドは満足そうに頷くと、貨幣を僕の方に突き出した。
「喜べ、悪い値じゃない」
そう言われたって困るわけだ。
僕はきらきらと輝く貨幣を日に晒し、溜息をついた。ブランドと店主が僕を謀っている可能性はほとんどないだろうが、ゼロではない。
アルバニアならばどうするだろう、と考えてすぐに首を振った。そんな考えでは駄目なのだろう。アルバニアならば、ではなく僕自身が考えを持たないと……。
いつまで経っても半人前のままだ。




