ブランド②
「アルバニアがどうこうと聞こえたが?」
その男は不機嫌そうな様子で言った。僕は男の装備に視線を落としていた。どの武器も使いこまれているが、何よりその腰に帯びた鉄剣の鞘に描かれた見事な文様から目が離せなかった。
「ああ、二日前に狼とやり合ってね。今はベッドでぐったりさ」
「怪我を?」
「いいや、魔力の使いすぎだ」
アレッサンドラが首を振ると、男はほっと胸をなでおろした。僕が首をかしげると、この肥えた宿の女将が、こめかみを揉みながら種明かしをしてくれた。
「こいつがブランドさ」
その名に聞き覚えがあった。確か、アルバニアの弟。
すると彼は、その精悍な顔を僅かに厳めしさで彩って微かに頭を下げた。
「よろしく。……で、君は?」
「新入りさ」
アレッサンドラが疲れ切った声を上げた。ブランドは、ふっと一つ息を吐き、僕の肩口に付けられた奴隷の焼印に視線を落としつつ、小さく頷いた。
「なるほど……で、何故彼がアルバニアを?」
「世話役を頼んだからだよ。あんたがいない間、あの女は贅沢三昧の上、借金までこさえた。その返済の一部に充てるためさ」
「そうか……」
ブランドは多少寂しげな顔をしていた。たぶん、アルバニアには多少期待している部分もあるのだろう。彼は何度か頷いたかと思うと、突然僕の方を向いた。
「良い毛皮だ」
「あ、はい」
僕は小さく頷き、おずおずとこれを売ろうと思っていることを告げた。ブランドは、その端正な顔を僅かに崩し、アレッサンドラの方へと向き直った。
「で、これを売るために四苦八苦しているというんだな?」
「話しが早くて助かる。この件じゃアルバニアは役立たずだ」
それにはブランドも同意した。交渉なんてさせたら、発狂して相手を殴るだろう、と言うのだ。
「ふうむ、ミレニアの店では買ってくれないか?」
「売るどころか、金を払う羽目になるだろうよ」
「あの女はがめついからな。トーシェクは?」
「毛皮なんか買ってくれないよ」
それから、いくつか店の名前が出されたものの、どの店もこんなしけた狼の毛皮は買ってくれそうにないという結論に落ち着き、買ってくれそうなところでは僕の方が食い物にされるだろうということで意見は一致した。
「ふむ、俺も得意な方ではないが、これから用がある。それに付き合ってくれるなら、君の用件を一緒に交渉してもいい」
僕にとっては僥倖だ。けれどもこのブランドが、僕を食い物にしないという理由があるだろうか? 僕が逡巡していると、アレッサンドラが助け船を出してくれた。
「安心しな、こいつに人を騙す才能はないから」
ブランドも気の良い笑みを返してくれた。
あのアルバニアの弟という触れ込みだが、どうやらその性質は正反対らしい。
ブランドは部屋に荷物を置き、旅の垢を落としてから再び戻ってきた。ほんの二十分のことだ。
その間、僕はアルバニアの元へと向かった。ここ二日というもの、お礼も兼ねて身の回りの世話をしているのだ。
「へえ、ブランドが……」
ベッドに寝転んだアルバニアは、にんまりと笑っていた。どうやら、これで楽が出来ると安堵しているらしい。僕の目が黒いうちは、そうさせるつもりは一切ないのだが。
「ね、今日はお酒、飲んでもいいでしょう?」
「……一杯だけですよ」
「じゃあ、良い奴を買ってきてちょうだい」
アルバニアは枕元からなけなしの鋳貨を取り出すと、僕に握らせてきた。




