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初めての仕事⑨

 僕にのしかかっていた狼が再び顔を上げた。

 その隙に暴れると、肩口に爪が食い込んで血が滲むような感覚がある。狼は僕の方を一顧だにせず、遠く彼方に視線を向けている。

 それで僕も狼の見ている方に視線を向けた。夜の森には霧がかかっている。白い靄が景色を霞ませている。木々の幹が影となり闇を深めている。

 狼が突然飛び退った。急に体が軽くなり、僕は半回転しながら狼から身を離した。

「動くな!」 

 アルバニアが叫んだ。僕が慌てて頭を抱えて動きを止めると、動きまわっている狼の足元に猛烈な勢いで矢が突き立てられた。

 二度、三度と射撃が繰り返される。狼は情けない声を上げながら、さらに僕から距離を離した。

 夜の闇を切り裂くように、けたたましい足音が響いてくる。三つか、四つだろう。鈴のような音もひっきりなしに聞えてきて、狼達は一斉にそちらのほうに顔を向けた。

 アルバニアが素早く近づいてきて、僕の体を助け起こしてくれる。

 礼を言おうと顔を上げると、アルバニアは心底疲れ切った顔をしていた。

 体に纏わる白色の燐光も、今や消えかかりそうなほどである。

 狼達は僕と、それから音のする方とを交互に見やって逡巡しているようだ

 そこに再び猛烈な射撃が襲いかかる。さらに一匹が餌食になった。鮮血が地面に散り、苦しげに呻き声を上げて、地面に倒れる。

 狼達は慌てて逃げていった。数は半分ほどになっているだろう。見れば五つの亡骸がその場には残されていた。

 程なくして大柄の男達が三人、僕達の前に現れた。

 カンテラを持ち、辺りを注意深く見つめている。そのうちの一人に見覚えがあった。昼方、この森に入る前に出会った男だった。彼は僕の怯えた顔を見て、くつくつとした笑い声を上げた。

「なんだい、生きていたんだからもっと喜べよ」

 男に頭を撫でられる。僕は狼の死体に視線を転じた。もうすでに虫が寄り集まっているようで、他の男達によって毛皮を剥ぎ取られているところだ。

 森の見張り役に助けられると、金がかかるものらしい。アルバニアはその費用を抑えようと躍起になっていたが、狼の毛皮は自分で剥がせと言われてしまえば答えはない。

「あんたさあ、狼の皮って剥がせる?」

「……まあ、出来なくもないでしょうけど」

 そう返答した頃、男達は四匹目の死体に手を掛けているところだった。アルバニアは目をひんむいていた。傭兵の男はにっこりと笑い、僕にナイフを貸してくれた。

「じゃあ一匹は自分で剥ぎ取りな。この守銭奴に取られないように、自分で持って帰ればいい」

 守銭奴呼ばわりされたアルバニアは眉を吊り上げたが、三人の傭兵にじろじろと見られては何も言えない。僕は震える手でナイフを受け取ると素早く狼に近づいた。

 僕の作業を後ろで見守っていたアルバニアが不意に声を上げた。

「そういえば、さ。お昼間なんだけど、狼達が逃げて行くのを見たわ」

「逃げて行く?」

「そう、森の奥から。慌てているように見えた」

 僕の脳裏にも、あの時の狼の群れが思い浮かぶ。それと同時に、微かに聞えてきた木々が倒れるような音も。

 傭兵達は顔を見合わせ、かぶりを振った。

「木が腐り落ちたのかもな。ここ最近、森の奥でよく起こっているんだ」

「ふうん」

 結局、明瞭な答えもないままに僕達は森を出ることになった。縁際までかなり迫っていたようで、十五分も歩けば森を出られた。

 丘陵地には柔らかな月光が差しこんでいる。その白銀に染まった芝生を見、アルバニアが僕の体にしなだれかかってきた。

「もう駄目、動けない」

「ええ? もうちょっとですから」

「駄目。もう駄目よ。魔力を掴めそうにないもの」

 聞けば、アルバニアは日頃の不摂生を補うために、普段から魔力を体に纏わりつかせて運動性能を底上げしているのだという。

 どれだけ眠っていても彼女が衰えたりしないのは、ひとえに魔力のおかげであるらしい。それが今、激しい戦闘で疲れ切って、どうにも維持できないのだそうだ。

 僕の返答を受けることもなく、アルバニアは背中に登ってきた。

 そうなってしまっては仕方がない。僕は疲れ切った体を引きずりながら丘を登った。最終的には転がるようにアレッサンドラの宿に戻った。

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