初めての仕事⑧
狼達の遠吠えが聞こえた。
その瞬間、僕は目を見張った。とてもじゃないが、僕の記憶にある狼とは、その大きさが違いすぎていたのだ。鼻先から尻まで、たぶん僕とそう変わらない大きさだろう。そんなのが十匹も、アルバニアめがけて飛び込んできた。
僕は息を飲んだ。狼達は統率の取れた動きで、一瞬の間にアルバニアへと肉薄したように見えたからだ。
だが、彼女の肉を裂くことはなかった。アルバニアの体を覆っていた白色の光が、その強靭な牙を防いだのである。
彼女は距離を取り、唸り声を上げる狼達を一瞥して深々と溜息をついた。
両者は鋭く対峙した。狼達は一定の距離を保ちながら、淡い白色の燐光に覆われたアルバニアを睨んでいる。
再び狼達が飛びこんでくる。アルバニアはまるで踊るようにしてこの波状攻撃を回避し、そして激しく一度手を振った。
「吹っ飛べ!」
その声が凛と放たれると、一匹の狼が勢い良く弾け飛んで近くの木に激突し、そのままぐったりと動かなくなった。
僕は、じっと目を凝らしていた。狼はあと八匹もいる。
……いや、八匹しかいない。
それに気が付いた時、僕は木の上から勢いよく周囲を見渡した。どこかにもう一匹、狼がいるはずだ。
一方アルバニアは、さらに一匹を屠っていた。狼達は餌を求めてか、執拗に僕達に狙いを定めてくる。 それとも、これがこの森の狼の特性なのだろうか。
僕の記憶にある限り、狼は憶病で、慎重な生き物だという認識があった。
なるたけ犠牲を出さないようにするし、犠牲が出たらすぐに撤退する、というのが僕の印象だ。
だから騎士達は必ず、最初に飛びかかってきた一匹に集中していた。その過程で二、三匹も殺してしまえば、群れはさっさと逃げて行くはずだった。
けれども、この狼達は唸り声を上げたまま、アルバニアに鋭い攻撃を仕掛けている。今や三匹までもが殺されたにもかかわらず。
僅かな違和感だ。それが僕の中にあった。消えたもう一匹は、どこへ行ったのだろう。
白色の光に覆われたアルバニアは汗をびっしょりと掻きながら、時折指笛を鳴らしている。
彼女に目がけて二匹の狼が飛びかかった。一匹が勢いよく接近し、その隙にもう一方がアルバニアの背後から襲いかかる。
その華麗な時間差攻撃に思わず身を乗り出した……その時だった。
僕の背後から枝が折れる激しい音が聞こえた。
振り返る間もなかった。
僕は巨大な何かに押し倒されるようにして木から滑り落ちた。
アルバニアが驚愕で面上を歪める。その隙に生き残っていた狼達が一斉に彼女に襲いかかった。
咄嗟に目の前にある物を掴む。湿った感触だ。強烈な力と、そして獣臭さと、焼けつくような熱気とを浴びて、恐る恐る目を開けた。
目の前に狼の顔がある。僕が掴んでいるのは鼻先らしい。狼の牙を伝った唾液が僕の肌を滴り、地面に落ちていった。
大きな唸り声が響く。狼の前足が肩にのしかかり、身動き一つさえも取れそうにない。じっと、ただじっと狼の殺気だった目を見つめるしかなかった。
「ちょっと、生きてるの?」
アルバニアが声を張り上げる。
ちらと視線を転じると、彼女は二匹の狼を相手取り、地面を転がっている。体に纏う白色の燐光が濃くなっている。彼女は狼の首根っこを掴むと、そのまま木っ端のように投げ捨てた。
彼女は勢いよく立ちあがり、再び指笛を吹く。僕を抑えている狼の三角の耳が微かに跳ねた。
のしかかっていた狼が、はっと顔を上げて、どこかの彼方に視線を向けた。
「い、生きています」
その隙をついて、か細い声を上げる。狼がもう一度視線を落としてきたものの、僕は慌てて、その鼻先を掴んだ。
「なら良かった」
アルバニアはそっけなくそう呟いて、狼に鉄拳を叩きこんだ。また一匹、木の幹に叩きつけられる。血反吐を吐きながら倒れ伏し、動かなくなった体に落ち葉が重なった。




