初めての仕事⑤
「もう良いわ。さっさと退くわよ」
狼の群れがいなくなると、アルバニアはさっさと木から降りた。僕もそうする。ドドリゴの木は背が低いし枝も貧弱で、しがみついているだけで体中が悲鳴を上げていた。
帰り道でもアルバニアは特段迷った様子もなく、決然とした足取りで進んだ。
「魔法の力よ」
そっけなく種明かしをしてくれた。ともすれば方向を失うような木々と影の隙間を、彼女は全く迷いなく進んでいる。
「魔法?」
「ええ、そう。私達の周囲を渦巻く大気の中には、いくつかの要素があるのだけれど、その中で最も特殊なのが魔力なの。で、それは所によって濃淡や、種類、成分なんかに違いがあるのよ」
僕は鼻を鳴らした。体に取り込まれるのは森の湿った空気だけだ。僕の体は特段魔力と呼ばれるようなものを感じ取ることが出来ないらしい。
「僕には分かりませんが……」
「じゃ、魔法の才能がないのね」
アルバニアはくつくつと笑った。
その様子に反比例して、僕の気分はどんどんと落ち込んでいく。武芸も駄目、魔法も駄目、それではまともな傭兵になれそうもない。
もう二度と、あの東の生活に戻りたくはない。何か、自分にしか出来ないことが見つかれば良いのに、と思うのである。
いつの間にか俯いていたらしい。頭一つ分は大きいアルバニアが、僕の髪の毛をくしゃくしゃと撫でていた。
顔を上げると、彼女の笑みとぶつかった。けれど、それはあの騎士達が僕に向けたような嗜虐的なものでも、冷酷なものでもない。彼女なりの優しい笑みだった。
「ま、焦んなくていいのよ」
「でも……」
「傭兵なんてのは誰にでも出来る仕事だわ。ちょっと強い奴なら簡単に稼げる――」
そこで彼女は言葉を切り、僕の肩に手を置いたまま、しっかりと歩を刻んだ。
「――でもね、そういう奴は大抵すぐに死ぬわ。自分の実力が分からなくなって、無謀なことをしようとする。しかも、そういう奴に限って借金持ちだったりするのよ」
「何故です?」
「決まってんでしょう? 高い武具を買って、身の丈に合わない酒を飲んで、生活費が足らなくなんのよ。ぎりぎりの戦いをするから、すぐにストレスが溜まる。酒と女と薬に逃げやすくなる。もしくは大怪我を負って、傭兵でいられなくなる」
まるで何人もそういう人間を見てきたかのような口ぶりだ。僕が溜息交じりに返答すると、アルバニアは満面の笑みを浮かべて僕の頭を叩いた。
「要するに、自分がどういう人間なのかを見極めることよ。戦わなくても傭兵として生き続ける道はあるんだから」
アルバニアは、どちらかといえばだらしがなくて、大人とは思えない女だけれど、僕に向けた眼差しは、今まで出会ったどんな人よりも真摯で決断力に富んでいた。
彼女の顔を見ていると何だか顔が熱くなるようである。
それで視線を逸らした。未だどこを見渡しても深い森のさなかである。頭上にちらつく空模様は、もうすでに宵闇へと流れていた。
「もう夜ですね」
だから話を逸らすことにした。
確かに僕は無力だが、傭兵には違いないのである。何かが見つかるのかもしれないし、見つからないまま貧乏に過ごすのかもしれない。漠然とした不安をアルバニアに悟られたくはなかった。
僕はじっと闇の中に目を凝らした。まだ森の中だ。枝葉が夜風に煽られた重なり合う音がする。
虫のさざめきが、そこここから漏れ聞こえる。けれどもそれだけだ。僕達の足音でさえ、夜の静謐を打ち崩すには足らなかった。




