初めての仕事④
歩くうち、アルバニアの顔が険しくなっていった。
森の至る所にドドリゴの木はあるのだが、キノコの姿がないのである。どうやら不作というのは本当の話であるようだ。
その頃になると、もう森の際は見えなくなっていた。
周囲を普く木々が覆い、僕はどちらから来たのか、さっぱり分からなくなっていた。日差しもほとんど遮られ、まだら模様が地面に浮かんでいる。
「ねえ、アルバニア?」
「何よ?」
彼女は目をすがめていた。奥の方へと行けばドドリゴの木はまだある。
そこには獣や魔物が多くはびこる。この危険と隣り合わせの探索に僕は恐れをなしていた。何より怠惰なアルバニアが、どこまで戦ってくれるのか不明だった。
なにせ僕達は武器一つさえも持ってはいないのだから。
「もっと浅いところを探しましょう。これ以上は危険ですよ」
僕が泣きごとを言うと、アルバニアは振り返りもせずに応じた。
「それじゃあ意味がない。私達に頼んだのは危険な場所に行ってもらうためなんだから」
「こんなキノコ一つで、何が出来るっていうんですか」
「食べて良し、酒に漬けてよし、それに薬にもなるのよ。一年のうち、この時期にしか生えないの」
「だからって――」
「いいから目を凝らして。魔物が来たら教えなさい」
そう言われては仕方がない。僕は口をつぐんだ。辺りは影に覆われている。どこを見ても同じ光景が広がっているようで、何だか気が狂ってしまいそうだ。
森の奥へと足を踏み入れる。段々と肌を撫でる空気に冷たさが混じっていく。僕の肌は粟立っていた。こんなことなら厚着をしてくるべきだった。
アルバニアが足を止めることはなかった。
慎重に歩き回り、何かを見つけるたびに木陰に隠れた。大抵は小さな獣であったが、時たま、それを啄ばむ鳥が下りてきたり、その鳥を捕食する蛇が枝からぶら下がったりした。
段々と指先から冷えていく。握りっぱなしの拳から血の気が失せていた。腹の底が何かに掴まれているようで息苦しい。湿った空気が僕の肺にカビを植え付けているようだ。
籠の中身は段々と増えていった。それもそのはずで、僕達は随分と遠くの方まで来ているのだ。木々の隙間から微かに見えた空模様が、やや朱を帯びている。
「ねえ、アルバニア?」
「何? 見つけた?」
彼女はキノコ探しに躍起になっているようだった。額に張りついた前髪を掻き上げ、服の袖で汗を拭う。僕とは違って息一つ乱していないようだ。
何だか不公平な気もするが、二人して森のど真ん中で立ちつくすのも困りものである。
僕は唾を飲み込み、何故、顎から汗が滴るのだろうと考えた。体はこれ以上ないほど冷えている。森の凍りつくような空気に当たり、これ以上ないほど。
「いえ、そろそろ帰り支度をしましょう。もう日も暮れます」
「大丈夫よ、今日は森もおとなしいわ」
アルバニアは木々の隙間から周囲を窺っていた。また一つドドリゴの木を見つけた。僕達はさっと近付き、その足元に生えているキノコを採った。
そこでアルバニアが遠くに視線を移した。膝についた土を払いながら、僕もそちらに視線を移す。あるのは影に覆われた常闇だけだ。
「あんた、その木に登って!」
と突然言われて、僕は急いでドドリゴの木に登った。アルバニアは隣の節くれ立った木に駆け登る。
遠くの方から蠢く影が近付いているのが見えた。あれは何だろうか? 首をかしげているうちに正体が分かった。
狼だ。色とりどりの毛皮をかぶった肉食獣が闇の中から現れた。遠吠えを上げ、森の奥から僕達の方に目掛けて突進してくる。
「アルバニア!」
僕は叫んだが、彼女はまだ目を凝らしたままだ。
何かといえば、狼達は僕達のことなど目もくれず、そのままどこかに走り去ってしまったからだ。
遠くの彼方から微かな物音がする。木々が倒れるような、そんな荒々しい音だ。




