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【短編集】 このネタ、温めますか?

派遣魔王は手加減できない

作者: 雨柚

 “このネタ、温めますか?”という短編集においていた作品です。

 ジャンル変更にともない、短編として投稿することにしました。

 ―――派遣魔王という職をご存じだろうか。



   ◇◇◇



 魔王の謁見室と廊下を隔てる扉が、爆音を立てて吹き飛ばされた。

 “鍵開いてんだから、普通に開けろよ”と心の中で毒づきつつ、俺は趣味の悪い玉座から腰を上げる。別に座ったままでも構わないのだが、客が来たのに座っていたら感じが悪いだろう。俺は礼儀正しいのだ。


 あ、魔王なんだから感じ悪い方がいいのか……?


 ふと、今の自分の職を思い出す。こんなだから上司に叱られるのかもしれない。


「よく来たな、勇者よ。我が前まで辿りつけたこと、まずは褒めてやろうではないか」


 派遣魔王手引書(マニュアル)その86、勇者を迎えるときの台詞だ。

 断じて俺の趣味じゃない。まあ、マニュアル対応なのはどうかと思うが、以前、自分で考えて話したらなぜか減給されたので、それ以来マニュアル通りに行動するようにしている。


「……っ、…………ぁ」


 今回の勇者は女だったらしい。少し離れた場所で、俺を見たまま固まっていた。顔が赤いところからすると、見惚れているのかもしれない。

 俺はいかにも魔王らしい美形だとよく言われる。俺としては、同僚の一人のような厳つい見た目の方が魔王に向いていると思うのだが、最近の風潮はどうもよく分からない。


「どうした、勇者? よもや、臆した訳ではあるまいな?」

「あ、あなたが魔王なのっ!?」


 さっさと話を進めようと声を掛けると、女勇者はハッとしたように叫んだ。


 勇者もマニュアルあんのかなぁ。


 あまりにもありきたりな台詞に、ついついそんなことを考えてしまう。魔王城の魔王の謁見室にいるのだから魔王に決まっているだろうに。村人Aがいたらそれこそ問題だ。


「いかにも」


 考えていることはおくびにも出さず、俺は重々しく頷いた。女は女優、魔王は役者である。


「私はあなたを倒すためにここまで来た! 覚悟しなさい!!」

「フッ、非力な人の子の分際で我を倒そうとは……笑止千万。一瞬で灰に変えてやろう」


 細身の聖剣を構え、俺に向かいかかって来る女勇者に、俺は軽く手を振る。すると、初級の攻撃魔法が現れるが女勇者にかわされる……はずだったのだが。


「きゃあああぁぁーっ!!!!」

「…………やっべ」


 女勇者を包み込んだのは初級の攻撃魔法のような可愛らしい炎ではなく、地獄の業火だった。






 派遣魔王は数ある職種のうちの一つである。魔王と言ったってただのお仕事。非正規雇用であるという点以外、サラリーマンや公務員と大した差はない。

 様々な世界の神様(クライアント)から持ち込まれる依頼に答え、要望に適した人材を派遣する異世界人材派遣会社・パナシアには、派遣魔王部というのが存在する。そこに登録された社員が、会社を通して依頼人から指定された世界に行き、魔王を務めるのだ。


 今考えると、結構競争率激しい部門なのによく入れたよな、俺。


 一口に魔王と言っても、派遣される世界や依頼人によって職業内容は大きく異なる。

 まず、世界を滅ぼして欲しいという依頼――そんな鬼畜な神様いるのかと思うが、新しく世界を造り直したりしたいらしい――に答える魔王。これは世界を壊すだけなので、その世界に住む人々の戦闘能力にもよるが、比較的簡単な仕事だと言える。

 次に、増え過ぎた種族を減らして欲しいという依頼――主にニンゲンが対象になることが多い。変わったところだと、ゴキブリを減らして欲しいという依頼もあった――に答える魔王。適度に対象となる種族を狩らなければならないため、この場合はなかなか難しい。しかし、ノルマを達成した後は世界を滅ぼしたり、生態系を壊したりしない限り自由なので、社員に人気だ。俺も、こっちの仕事の方が好きだったりする。


 でも、生態系の調節って魔王じゃなくても良いから、あんまこの依頼こないんだよ。

 ……ホント、残念。俺、殲滅系の魔法とか得意なのに。


 そして、勇者の引き立て役という依頼――依頼人が気に入っている存在(ゆうしゃ)を引き立たせるためだけに魔王になり、勇者が来たらわざと負けるというクソつまらない依頼だ――に答える魔王。今回俺が請け負っていた依頼である。




 請け負っていた……ね。こりゃあ、任務失敗だよなぁ。


 消し炭になってしまった女勇者の残骸を眺めながら、ぼんやりと考える。まあ、現実逃避ってヤツだ。そっとしといてくれ。


「…………連絡、しなきゃいけねえかな」


 社会人の基本は報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)だ。だが、そうと分かっていてもできないときというのはあると思う。……例えば、ほどほどで負けて花を持たせるつもりだった勇者を殺しちゃったときとか。

 魔王と言えどもただの派遣だし、失敗は誰にでもあるものだと思うのだが、俺の上司はそんな甘っちょろい反論に耳を貸すほどお優しくないのだ。今回の依頼人(カミサマ)からの苦情(クレーム)の内容にもよるが、減給は免れないだろう。下手をしたらクビかもしれない。


 とりあえず………………証拠隠滅すっか。


「ここに勇者は来なかったってことでどーよ。……そりゃ!」


 覇気に欠ける掛け声とともに、俺は大きく右腕を振るった。

 魔王城ごと潰して、また新しく造り直せば何とか誤魔化せるだろう。……誤魔化せるよね? …………誤魔化せないかな。


「……あっ、あああぁぁあぁっ!?」


 やはり、この依頼は俺に向いていないらしい。

 魔法の威力が大き過ぎたのか―――魔王城だけでなく、世界ごと潰してしまった。



   ◇◇◇



 異世界人材派遣会社・パナシアの本社、派遣魔王部。


「キミ、これで何回世界を滅ぼしたのか分かってる?」


 俺の上司が、椅子に座ったまま自分のデスクを叩きつつそう言った。その動作は、ただでさえ見た目のせいで神経質そうに見える上司をもっと神経質に見せている。……まあ、俺が知る限り、彼は実際に神経質なのだが。


「えーと、何回でしょう? ……ははははっ」


 確か24回だったと思うが、間違ってたら恥ずかしいので笑って誤魔化す。

 ちなみに、俺は授業で“この問題分かる人、挙手”と言われたとき、答えが分かっていても手を上げないタイプだ。


「笑い事じゃないよっ!」


 上司の男にしては甲高いヒステリックな声が部署内に響く。正直、耳を抑えたかったが、以前それをしてもっと煩くなったことがあるので自重した。


 ……よし、今度からは目立たない耳栓を用意しよう。これでいつ怒られても大丈夫!


 俺が間違った方向に思考を飛ばしていると、俺が話を聞いていないことに気付いたのか、上司が大きな溜め息を吐いた。……溜め息吐くと幸せ逃げますよ。


「 ……まったく。キミね、派遣魔王は依頼を遂行してこそだってちゃんと分かってるの? 分かってないよね? 分かってたら、こんなに何回も失敗しないもんね?」


 “毎度毎度、後始末にクレーム対応する身にもなって欲しい”と上司がキレ気味に言葉を続ける。

 言い回しがねちっこくてイラっとしたが、ここで上司相手に攻撃魔法をぶっぱなす訳にもいかない。大人しくしていよう。


 はぁ、早く終わんねえかな。


「ちょっと、キミ、聞いてるの!?」

「はい、聞いてます」

「………………」

「聞いてる、聞いてる」


 “聞いている”と答えたのに何だかビミョーな顔をした上司は、デスクの引き出しから数枚の書類を取り出した。パラパラとめくり、目で確認した後、俺の方に突き出す。


「何ですか、コレ?」

「キミ、もうクビだから」

「え、ええっ!?」

「でも、ワタシは優しいから、キミに違う仕事を斡旋してあげるよ。向こうの部署に話は通してるから、あとは好きにしたらいい」


 突然の解雇に驚きつつ、手渡された書類に視線を落とした。

 しかし、その書類に書かれていた文字を見た俺は数瞬、硬直する。



 ―――上司から渡された書類には“派遣勇者のご案内”と書かれていた。





 この後、派遣勇者となった主人公は、溢れ出るハイスペックさで次々と世界を救い……各世界でハーレムを作っていく。結局、何をやってもクレームがくるので“依頼人(カミサマ)泣かせの上司泣かせ”との異名がつくことに。

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