追跡と遭遇、そして棲海
飛んでいくと不毛の地は終わり、森が見えてきた。
マリィコールズの反応はすでにこの自然の迷路の中にある。
森を前にして、私たちは高度を落とし、木々の間をすり抜けるような飛び方に切り替えた。
木々が茂る森の中だと、上から目標を視認しにくく、下からだと空を飛ぶものをすぐに見つけられ、仮に私達が高いところから近づいてもマリィコールズに迎撃されてしまう。
ビリゥヴァの中に入っている瀕死のマリィコールズから絶えず奴らに探知魔法をかけているので、姿は見えずとも奴らの居場所はわかるようになっている。
ならばわざわざ見つかってやる必要はない。
奴らの移動速度にこちらの速さは勝っている、森を抜けるまでには追い付くだろう。
「消えよ、隠せ、風よ、光よ、我、詠唱す」
後ろからオンジェヤの詠唱が聞こえてくる。
紡がれた言葉からして姿を隠す詠唱、大群を相手にするのだ、奇襲で数を減らせた方がいいだろうし、いい判断だ、まだ敵は遠いので少し気が早い気はするが私も真似して姿を隠す詠唱をする。
森の中は薄暗く、ところどころ太陽の光が注いでる場所はあるが、ほとんどの光はそびえたつ木々に遮られていて、怪しげな動物か何かの鳴き声が聞こえ、どことなく不気味な雰囲気を感じた。
「ガゼルさん、ちょっといいですか?」
「何だ?何かあったか?」
マリィコールズとはまだ距離はあるし聞こえないだろうと思い、私はオンジェヤに返事をした。
「いや、今のこの状況とは関係ないんですが、気になる事があって……聞いていいですか?」
「いいぞ、答えられる範囲で答える」
「そうですか、ありがとうございます、まず先に聞いておくんですけどガゼルさんは本当にあの英雄のガゼル様じゃないんですよね?」
「ああ、そうだ」
「ではそんなに高度な詠唱を使えるなんてガゼルさんって何者なんですか?わたしは一応この世界の歴史は一通り頭に入っていていろいろな詠唱を知っていますが、見たことのない詠唱を使うし、とても強い、それこそ英雄のガゼル様のように、こんなにすごい人が歴史にいないなんておかしいです」
「何者と言われても、名を残す事をしていないから言っても分からないだろう?」
「いいや、絶対にわかります、わかるはずです」
歴史に名前を残すのはその時代の人々の印象に残り、語り継がれるようなことをしたり、自分がいたという印を世界に刻んだ人物だけだ。
私はこの世界に何も影響を及ぼしていない。
世界と詠唱の関係を研究していた私は、この世界以外にも世界がある事を知り、世界の外側に出る魔法を誰にも知られない隠れ家で開発して、痕跡を抹消して飛び立った。
たまに隠れ家から近いところにある村に顔を出したりしていたが、特に何をするわけでもなく、友人と談笑したり、子供に詠唱を教えて食べ物を分けてもらっていただけだ。
世界を出るときに見送りに来た友人が涙を流していた事は記憶に強く刻まれて、今でもあの時の事だけは鮮明に思い出すことが出来る。
あの友人はその後どうなっただろうか。
どんな悲しい別れだったとしても、語り継がれなかったら歴史に残らない。
だがそれを言ってもオンジェヤは納得しないだろう、なら、その歴史に私の名前が刻まれていないことを証明しなければならない。
どうやって証明するか、少し頭を回そうとした時、マリィコールズの群れの反応に動きがあった。
約九十人の反応の中から一つの反応が抜け出て、群れが行く方向とは別方向、私達の方に動き出した。
そのスピードは速く、離れていく群れの数倍の速度でこちらに向かってくる。
どうやってこちらに気付いたんだろうか。
「オンジェヤ、敵が一人向かってくる、私が何者か突き止めるのは後にしてくれ」
「わかりました、でも一つだけ、あったらでいいですけど、ガゼルさんが世界を出た日の近く数年で何か歴史的な事とかあったら教えてください」
「うん?そうだな」
オンジェヤに言われて私はあの時の記憶を探る。
歴史的な事と言われても私は何が歴史になっているかわからないんだが。
それでも、私は頭を回す。
すると一つ、友人と交わした談笑の中に歴史になりそうな話を見つけた。
私を驚かすことが好きだったあの友人が仕入れた話、あの話は友人がした話の中でも特に驚かされた。
「ピォドダィフォという大国があったんだが、その大国が一人の悪魔と人間の融合体が一夜にして支配してその三日後に崩壊させた、とかかな?」
「ピォドダィフォ、と言うと……まさかあの大陸の……」
「考えるのは後だ、来るぞ!」
一度空中で静止し、向かってくるマリィコールズを待ち受ける。
木々が激しく揺れる音が近づいてきた。
「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!!!!」
さらに鼓膜を揺らす凛々しい女の叫び声が響く。
続いて声の主が私たちの前にその姿を現した。
長い髪を後ろで結い、漆黒と深紅に彩られた空手の道着を身にまとい、炎のようなオーラを纏った少女。
歳はオンジェヤと同じくらいだが、その威圧感は比べ物にならない。
「マリィコールズ第七十三攻撃部隊長、疾風の猛虎、棲海破邪子、偉大なる主の悲願のため、障害となる貴様らを成敗しに参ったっっっ!!!!!!!」
そのマリィコールズは何かの構えを取りながらそう名乗った。
マリィコールズになる者にはこういう決めポーズをしながら名乗りを上げる者が多い。
それは大きい力を手に入れて調子に乗っているのか、それが格好いいと思っているのか、巨眼は自分の配下にこういう奴を集めている。
想像通りの登場が出来て嬉しいのか、敵前だというのに小さくガッツポーズをしていた。
格好いいかはともかくしっかり決まっていたとは思う。
ただ、惜しいと思うことが一つ。
私達が見えていなくて明後日の方向を向いていたことで何とも間抜けに見えた。
間抜けでも一応攻撃部隊隊長、さあ、どうするか、こうしている間にもほかのマリィコールズは離れていくので追いかけたい、だが、この棲海破邪子はこちらが見えていないのにどうやってか向かってきた。
その謎を解き明かさないとまたほかの奴を一人切り離しての足止め、時間稼ぎに使われる可能性がある。
ならば、戦うか。
私は、あらぬ方向に向かって構えている事に全く気付かず動かない棲海破邪子をどう攻めるか思考した。