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白い草原と失ったもの、そして涙

 下層世界群から抜け、また、世界の狭間を飛ぶ。

  暗い世界の狭間を前にオンジェヤ、後ろに私という配置で飛んでいる。

お仕置きをした後、オンジェヤが死んだ目でうわごとを延々と呟きだした時はどうなるかと思ったが案外すぐに正気に戻ってくれて安心した。

「殺される……殺される……」

 先行して飛ぶオンジェヤの呟きが聞こえる。

 明らかに私を恐れているな、少しやりすぎたか、いや、調子に乗った発言をしたんだ、これぐらいにすれば自分の力をわきまえてくれるしやりすぎという事もないか。

 若干私から距離を取って飛ぶオンジェヤのなびくローブを見ながらそんな事を考えていた。

 下層世界の狭間を抜けると辺りが急に明るくなり、私は目が痛くなり細める。

 明るさに目が慣れるのを待って、見渡してみると白い草原が広がっていた。

 雪に染まっているわけではなく、一面真っ白な草が生い茂っている、金に輝く空からは太陽のような暖かい光が差し、白い草がそれを反射して輝き、眩しい。

 遥かに見える地平線は、この世界の狭間を白と金の二つの色に割っていた。

ほう、いい景色だ。

 私は様々な世界を渡ってきたが、この世界の狭間に来たのは初めてだ。

 長い時を生きてきても新しい物やことを見つけると感動する。

 だがこの新しい感動を味わいながらも私は少し寂しさのようなものも感じた。

 私があの世界を出た時、世界の狭間はこんな風景ではなかった。

 ではどういう風景だったかと言われると思い出せない程遠い記憶になっているが、少なくともこんなに幻想的な風景ではない事は覚えている。

 世界の狭間の風景が変わるという事はその先に続く世界も変わっているという事。

 この先に続く私の生まれ故郷が変化してしまったことを同時に表している。

 世界の外に出ようと研究を重ねたあの日々、生まれ育った思い出の日々、それを置いていった世界は変化して、原形を残しておらず、私の痕跡もきれいに消えている。

 長い年月が経っているのだから当然の事だと分かっているのだがそれでも悲しい。

「もっ、もう少しです、もう少しで着きます」

 怯えているオンジェヤからの震える声で私は我に帰る。

悲しみに浸っている場合ではない、今は目の前のことに集中しよう、マリィコールズの思惑を阻止する事ただそれだけに。

 思考を切り替え、マリィコールズの事を考える、奴らが巨眼から与えられた厄介な力。

 それを頭に浮かべた時、私は気づく。

 ここがマリィコールズの力を存分に発揮できる場所だという事を。

「オンジェヤ、一旦止まれ」

「はっ?はい」

 私の言葉に疑問を覚えながらも仕置きの成果かオンジェヤは質問の意図を聞かずに止まった。

 それを見ながら私は急ぎ背後になびくビリゥヴァに手を突っ込む。

 中を手探りで探し、手のひらに収まるサイズの歪な丸石を探し出す。

 が、遅かった。

「感動なんてしている場合ではなかったな」

「どういうことですか?」

 私の言葉の意味がわからないオンジェヤが首をかしげる。

 その質問の答えは次の瞬間、私が答えるまでもなく出た。

 突然音もなく、淀んだ色をした球が、下から飛沫を散らしながら私たちの元へ大量に飛来して来る。

 逃げきれない程の広範囲に放たれたそれを避ける事は出来ない。

 詠唱も間に合わない。

 突然の事に混乱するオンジェヤは固まっている。

 しょうがない、この事態に思い当たらなかった私が悪い。

 私は丸石をビリゥヴァに放り込み、自分の右肩を左手でつかむ。

 これは数々の世界で習得してきた技や術の中でも使いたくない部類に入る術だ。

 力を籠め、私は自分の右腕をちぎり、オンジェヤの前に投げ、一言放つ。

「散」

 それを引き金に私の腕は爆発し赤い飛沫をまき散らし広がり、オンジェヤの正面を覆い尽くす壁となる。

 自分の血肉を変形させる術、これは邪悪な人間共が支配する世界で人間に抗う吸血鬼が使っていた術。

 術自体が強い代わりに代償は大きい、何せ腕一本だ。

 淀んだ色の球がぶつかる衝撃が響いてきた。

 その時、私の身体に痛みが走る。

 この術の嫌いなところだ、ちぎった肉体への痛みが自分に返ってくるのだから。

 さらに焼けつくような痛みが体中をゆっくり這った。

 あの淀んだ球は溶解液の類を形成して射出したようだ。

「えっ?ええっ!?ガゼル様、腕が……」

 硬直が溶けたオンジェヤが私を見て驚いている、腕が無く、血が噴き出しているのだから当然だろう。

「大丈夫だ、落ち着けオンジェヤ、敵の攻撃だ」

「落ち着けって、落ち着ける状況ですかこれがっ!なんで腕がないんですか!?」

「完全に不意を打たれたから使ったんだよ、それに」

 残った左腕で右肩の断面を抑えながら、私は血の色をした壁をあごでさす。

 壁を見て、私を見て、オンジェヤは状況を理解した。

「わたしを守って……すいません」

「いや、私が悪かった、奴らの力の事を考慮していればこんな事態にはならなかったから」

「でも、わたしが弱いせいで」

 オンジェヤは悲しそうな顔でうつむく。

 その胸中では私の腕がなくなった事への申し訳なさだとか、オンジェヤ自身の力の弱さへの情けなさが渦巻いているのだろう。

「顔を上げろ、オンジェヤ」

 下を向いたオンジェヤに私は声をかける。

 言われた通り顔を上げるオンジェヤの目から一滴の涙が落ちた。

 若いな、私はそう思う。

 私が最後にこんな涙を流したのはいつだったか。

「まだ、戦いは終わっていない、涙を流すのはいいが、下を向くな、前を向け」

「……はい」

「それに―――」

「?」

 意気消沈しているオンジェヤは私の言葉に小さい声で返すのみ、またうつむきそうになっている。

 そんな暗い気でいると勝てる戦いに勝てない。

「助けかったんだからすいませんじゃなくてありがとうだろう?」

 私は余裕を見せるように微笑む。

 笑っていれば少しは暗い気持ちか晴れるだろう。

 微笑みを向けられてオンジェヤは固まるがすぐに気を取り戻し、下を向き、ローブで涙をぬぐった。

 そして上げた顔には先程の暗さはない。

 年相応の可憐な笑みがそこにある。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 元気を取り戻したようでよかった、切り替えが早いのがいい方に転がったな。

 さて、後はこの状況をどうするかだ。

 といってもマリィコールズと私は何度もやりあっている、とすればこれからやってくることにもおおよそ見当がつく、作戦を立てるのは楽だ。

 作戦をオンジェヤに考えながら伝えていく。

 不覚を取り、腕を失った、これからそれを挽回してやろう。

 腕一本で済むと思うなよ?マリィコールズ。

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