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別れと帰還、そして日常へ

「お恥ずかしいところをお見せしました……」

「そんな思いをしないように次から気を使っておく事をおすすめする」

「肝に、いえ、内臓余すことなく銘じておきます、なんなら神経から身体外側の皮膚まで」

「女の子は自分の肌を大事にしないと駄目だと私の彼女が言っていたぞ?」

「ガゼルさんがそういうならやめておきます」

 泣きじゃくって抱き着いたことが恥ずかしかったのか、顔をやや赤らめ、オンジェヤが改めて謝罪した。

 ペコペコと頭を下げて、反省の意思を体全体で表している。

 反省してくれたなら、いい、だがもう一度やった場合は、おそらくは……

 オンジェヤもその事をしっかり理解してくれたことだろうからないとは思うがな。

「ガゼルさんって彼女いたんですね」

「聞きようによってはかなり失礼だが?」

「あっ!け、決してそう意味じゃないです」

「わかっている、まぁ長く生きても寄り添い連れ合う人がいるのはいいものだ、まだ私の素性は明かしてないがな」

いずれかは話そうとは思うが、今はもう少し平和な時間を過ごしていたい。

「へぇ、幸せ者ですね」

「そうだな、これで私が平和に暮らせれば何もいうことはない」

平和に暮らそうとするにはしがらみが多過ぎるから難しいが、出来ることならそう願いたい。

「さて、それでは私は帰る、縁が逢ったらまた会おう、オンジェヤ、出来れば今度はゆっくりお茶でもしながらな」

「もう行ってしまうですか? 十分なお礼もできていないのに」

私の言葉を聞いてオンジェヤは寂しそうな顔になる。

「故郷を救うのは当然の事だ、礼はいらない」

「でも、それじゃ―――」

「それでもどうしてもと言うなら、自分で世界を救えるくらいに強くなれ、まあ、少女にこんなことを願うのは酷だが、礼と言うなら私を少し楽させてくれ」

 オンジェヤは少し俯いた。

 私の願いはやはり荷が重いか?

 世界を越えるの程に詠唱を突き詰めたのだから、出来なくはないと思うが、世界の運命を背負い、脅威を打ち払う、自分が世界を救う、そう思って、実行するには勇気がいる。

 その重圧を背負うには、オンジェヤと言う少女の身体は、心は、脆いモノだろうか。

 駄目なら駄目で私がその役目を背負うが……

 下を流れていく巨人を眺めていたオンジェヤが顔を上げる。

 その顔を見て、私の考えが杞憂だった事が分かった。

「わかりました、わたし、強くなります、そして、この世界を守ります、私の世界を、いや、私達の世界を、守って見せます」

 揺るがない意思を秘めた光が、瞳の奥から発されているように思える、それくらいにオンジェヤ決意が固く強いモノである事が窺える。

 詠唱の基本は意志を強く持つ事。

 今、最初に出会った時や、道中会話を交わした時と比べるものにならない程にオンジェヤは強くなった。

 それを祝福するようにか、ピクリとも動かなかった災いが爆発四散し、その衝撃で、液体になった大地が大きい柱を一本吹き上げて、この世界に舞い散った。

「最後の悪あがきと言ったところか」

「そう、みたいですね」

 あまりに突然の事に二人して唖然としたが、その後、特に何も起こらなかったので、息を吐く。

「では、また会おう」

「はい、次はゆっくりお話を聞かせてください」

 別れはあっさりと、それはまた会うと心の中で誓っているからできる事だ。

 笑みを交わして、私はこの世界を後にした。

 いい加減眠い、早く帰って寝よう、平和な我が家で。

 世界の狭間を通り、家路につく。

 途中、マリィコールズが前にたまっていたところにラーを転移させておいた。

 色々と細工はしたので、巨眼に一泡も二泡も吹かせられるだろう。

 だが、今はうろたえる巨眼の事ではなく、我が世界の我が家で眠る事だけを考えよう。

 帰路、存外疲れた私は、数えきれないくらいの欠伸をしながら、世界の狭間を飛んでいった。

                     ・

 我が家の我が部屋に帰って来ると、既に空は明るくなってきている時間で、外を見ると、早起きな青年が運動をするのに適した服装をして走っていた。

「はぁ、やっと帰ってこれたぞ」

 息を吐きながら大きく伸びをして、私は寝間着に着替える前にシャワーと軽いトイレを済ますため、自分の部屋を出て、浴室に向かう。

 そこで、浴室の灯りがついていることに気付いた。

 仕事を終えた初希が帰って来たのだろう。

「初希、おかえり、お疲れさま」

 ドアをノックして、そう声をかけた、が、返事がない。

 どうしたのか、まさか何かあったのだろうか。

 よく聞き耳を立てると、湯の流れる音も、シャワーの音もないことに気付く。

「初希っ!どうした!?入るぞ!」

 いてもたってもいられずに浴室のドアを開いて中を覗く。

 最悪、何者かに襲われているのかもしれない。

 初希は天法を使って、日夜、海上に現れる海魔と呼ばれる魔物を討伐する仕事をしているので、例え一糸まとわぬ姿だとしても並の輩だったら返り討ちにするが、万が一という事もある。

 初希の容姿は、下衆の情欲を掻き立てるには十分すぎるくらいに可愛らしい。

 例えば集団に襲われたら、もしかしたら、という事がある。

 焦りと共に浴室に踏み入れた、いや、正確には踏み入れようとした。

 だが、私は浴室には入れなかった。

 何故か、それは、ドアを開けたところで、うずくまって震える初喜がいたからだ。

 特に外傷はない、職場の制服を着ている。

「ガゼル、ガゼル―――!!」

 初希は私に気付くと顔を上げて、飛びついてきた。

 あまりに勢いが良かったのと私が疲れていた事もあり、押し倒される。

 初希は震えながら、私の胸に顔をうずめた。

「どうした?何か怖い事でもあったか?」

 こんな姿の初希は滅多にないので、震える背中に片腕を回し抱きしめ、余った片手で頭を撫で、震えが収まるまでこのままでいる。初希は軽いのでこのくらい全く苦ではない。

 少しして震えが小さくなり、初希が私の顔を上目遣いで見た。

 泣いたのか、目は赤く、私の服には涙で黒いしみが作られている。

「ガゼル、あのあとわたしの部屋に入ってないよね?」

「入ってないが、どうした?」

 本当はコーポィアスと話すために入ったが、私の経歴はまだ初希には話すつもりはないので、嘘を吐く。

 少し心苦しいが、これも平穏な世界のためだ、と心の中で何度も唱えた。

 それと同時に私は初希の言葉から何故震えていたかが分かってしまった。

「部屋の天井がね、黒く焦げてたの」

 思い出してまた体を震わせながら初希はそう言った。

 そうだった、コーポィアスが焦がした天井を元に戻すのを忘れていたのだ。

 魔物と戦う仕事をしているのに初希はいまだにお化けが苦手で(本人に言わせれば全く別物との事)それを見て、怖くなって、浴室に逃げ込んだのだろう。

 何はともあれ、何もなくてよかった。

 私は初希が落ち着くまで待ち、軽くシャワーを浴びた後、自分の部屋で寝るのが怖い、という初希と共に私の部屋の布団で寝た。

 安心して私に抱き着いて眠る初希は、楽しい夢でも見ているのか、微笑んでいる。

 その寝顔に私の日常が帰って来たことを確認して、私は安堵の息を一つ。

 今度コーポィアスに会ったら必ず文句を言ってやる、と心の中で決めながら、初希の長い髪を撫でる。

 指通りのいいさらさらした感触を味わいながら、眠気に身を任せ、まぶたを閉じて夢の世界へ発つ。

 私の平穏な日常が今日もまた始まった。

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