始末と仕掛け、そして仕置き
あの時、私が生まれ育った世界を出て、様々な世界を旅し始めた頃だ。
私は詠唱は自らの魔力を使って世界に干渉を行うものなので、どんな世界に行っても死ぬ事は無いだろうとどこか楽観視して、あの世界に入った。
だが、完全に油断をしていたところを突かれ、私は黒き異形に襲われる。
詠唱による迎撃を試みたが、その黒き異形共は世界の外側にその身を置いていて、世界の事象を改変する詠唱とは相性が悪く、まったくと言っていいほど効果は無かった。
傷を負い、意識を失い、自らの愚かさを呪った。
そして、次に目を覚ました時に私は助けられていた。
命を救われた恩返しをしたいと申し出たが、黒き異形を前に力を持たない私には出来る事はなく、その代わりに族長に、もしもどこかで族長と同じ種族の者に出会った場合、力を貸してあげてほしい、私が助けられたようにその者を助けてほしい、と頼まれた。
その時、自分の無力さ、自分の力を過信していた事を悔い、私は世界を旅しながらもその世界で使われている技術を吸収し、力をつける事を決意したのだ。
ラーの使っている言葉は他の種族との交渉をする仕事をしている者は使っていなかったが、その他の一般の族の人間はみんな使っていた。
それにしても困った。
約束を守るならばラーの事を助けなければならないが、マリィコールズの一人である以上助けてもまた襲い掛かってくるだろう。
それどころかその弱みを逆手にとってくることも考えられる。
厄介な奴を拾ってしまったものだ。
「ガザッル、ガザッル、すっこしいん?」
考えようとしたときラーがこっちに首を回して話しかけてきた。
「何だ?あと私はガゼルだ」
「ガザッルはラーをどうするんな?首斬り?八つ裂き?強姦?洗脳?ラーは敵なガザッルに何やされる?」
「それを聞いてどうする」
「聞いて心がっしりどっしりしちゃらんち、言わらんじもいいくめ、でくるなな聞きとん」
先に聞いておいて覚悟を決めておきたい、というようなことを言っている。
もう助かるとは思っていない言動だった。
それはそうだろう、敵対する人間に、しかも命を奪おうとしている相手に捕まったのだ、殺される確率が一番高く、生き残る事など諦めるのは当然だ。
だが、私は殺せない、約束がある。
とここで私は一つ気付く。
例えば私がラーを安全に四肢を回復させて返したとしても、私が救ったことを知った巨眼はラーに何かが仕掛けられているのではないかと疑い、殺してしまうのではないだろうか。
それだと、私はラーを助けられず、約束を守れたことにならない。
さらに困った、どうしたものか。
私が無言で考えていると、ラーがまた震え出す。
何をするのか言ってくれないと判断したのだろう、恐怖の震えだ。
それでも私は考える。
少し考えて、決めた。
巨眼がラーに何か仕掛けられていると疑うなら、本当に何か仕掛けてしまおう。
巨眼にもラーにも気づかれないモノを、それでいてラーの命を守れるモノを。
あの時の無力な私ではない、今はそれが出来るだけの力がある。
一つ、それで約束を守ってやろう。
そうと決まったら私はビリゥヴァの中を探り、それと同時に無声詠唱を使う。
「ぬっ?!ふのっ!ぐううううう」
うめき声を上げ、身体をくねらせるラー。
使った詠唱はラーの四肢を再生させるモノ。
ただし、私が自分に使ったゆっくりと再生させるモノではなく、一気に、数秒の間で、仮に首から下がなくなったとしても完全に回復できる強力なモノだ。
その代わり、すさまじい激痛が伴うが。
身もだえるラーの四肢は急速に再生していく、木の成長過程を映像記録媒体に焼き付けて早回しで再生するがごとく、一種の異様さをはらみながら。
少しして、激痛に耐えられなかったラーがまた気絶した。
四肢を欠損して気絶して、今度は再生して気絶する、ラーにとっては散々な日だろう。
まぁ、生き残れるのだから、ある意味幸運のいい日とも言えるが。
くたり、としなびた植物のようになって私の脇の下にぶら下がるラーに、私は仕掛けを施していく。
と、ビリゥヴァの中に入れた手が掴まれた。
「案外早く拘束が解けたな」
そう呟きながら私は掴んできた相手を引っ張り出す。
「うっ、ひっく……ごめんなさいぃぃもうこんなことしませんんんんん!!」
出てきたのは子供のように泣きじゃくるオンジェヤだ、仕置きの為に拘束したのち、縮小化して、ビリゥヴァの中に突っ込んでおいたのだ。
暗闇の中で、しかもビリゥヴァの中に入っているモノの中には生きているモノもいて、生者に反応して追いかけてくるのだ、縮小化されたオンジェヤにとっては巨大なそれは恐怖そのものだろう。
それでも詠唱は封じていないので何とか拘束を解き、体の大きさも元に戻した、それでもビリゥヴァの中から出る方法をオンジェヤは知らない。
もしかしたら永遠に暗闇に閉ざされた空間に閉じ込められるのか、と不安になるだろう。
「分かればいい、反省すればいい、今度からするなよ」
「はいぃぃ、うぐっみませんでしたぁぁぁ」
泣いて謝るオンジェヤに、出会った時の凛々しさは欠片もなかった。
やはり、やりすぎたか。
自業自得だからしょうがないがな。
私は泣きじゃくって私の服に顔をうずめるオンジェヤを支えながら、ラーへの仕掛けを再開した。