災いと英雄、そして絶望
現れた巨人はその体から常に耳をふさぎたくなるほどの轟音を響かせている。
「塞げ、和らげ、音よ、我、詠唱す」
思考を邪魔されないために防音の詠唱を使っておく。
「あれが……災いの種……ですか……」
オンジェヤも振り返って巨人を目にしたようで、驚いた様子が思念を通じ、よくわかった。
災いの種、確かにそのようだ。
この世界は詠唱を使う者達で成り立つ世界。
「塞げ、和らげ、音よ、我、詠唱す」
私はもう一度防音の詠唱をする。
しかし、巨人から響いてくる轟音は耳に強烈な衝撃を与えてくる。
確認はした、疑いはない。
詠唱を封じる巨人なら、この世界にとって災いとなりうるであろう。
おそらくはこの響いてくる轟音が詠唱をかき消し、世界へと語り掛ける言葉をかき消している、といったところか。
まだ、私たちが空を飛べているあたり、今まで使っておいた詠唱の効果までは打ち消されない。
それでも、詠唱を使えないという事はこの世界において脅威。
たとえ英雄であっても、詠唱を使えなければただの人間と変わらない、そして災いの種に挑んで誰も知らぬ地下奥深くで息絶えたのだろう。
巨人の近くで嫌な笑みを顔に張り付けていたマリィコールズが耳をおさえながら地面に落ちていった。
この轟音をそんな至近距離で聞けば鼓膜なんてあっという間に破けるだろう、馬鹿な奴だ。
「オンジェヤ、受け取れ」
私はビリゥヴァの中から耳栓を二人分取り出し、オンジェヤのいるであろう方向に腕を突き出す。
耳栓には詠唱は抱えていないので見える。
「ありがとうございます、こんなものまで入っているなんてガゼルさんのマントっていろんな状況に対処するためのものが入っているんですね」
「いや、たまたま睡眠用の物とその予備が入っていただけだ」
「……そうですか」
オンジェヤがあからさまにがっかりした感じで返してきたがこれが現実だ。
英雄は意気揚々と災い退治に行っておそらく何も出来ずあっさり負け、災いの放つ轟音は偶然あった睡眠用の耳栓で防がれる。
だからと言って、私はこの災いの種によって世界が滅亡しましたなんて話を現実にはしない。
救ってみせよう、私の生まれた、または私を生んだこの世界を。
前方に立つ巨人を見据えていると、巨人の身体が動き出した、関節のない脚が泡立ち、変形して、前に一歩踏み出し、同時に関節が出来る。
動き出す、災いの種が、成長の道を歩き始めた。
種という事は、芽が出て、花を咲かせる、なら今引き起こされているこの災害はまだまだ序の口。
さらなる進化を遂げる前に片づけなければなるまい。
策を練ろう、こちらに向かってくる巨人から距離を取りながら私は頭を回した。
・
マリィコールズの反応が消えていく、逃げ出す者、崩壊する街に飲み込まれる者、様々にいる。
奴らはこの災いの種を目覚めさせて私を消したかったのだろうが、自分達がその後どうなるのか全く考えていなかったのだろうか。
およそ奴らの事だから、災いを制御してやろうとでも思ったのだろう。
創造魔法という強力な魔法を貰った事で、自分達は何でもできる、と錯覚して、調子に乗っていて、自分達なら何でも出来ると勘違いしている愚か者の集団だ、やる事の予想はつく。
それで自分達で後始末が出来ない所は愚かを通り越し滑稽ですらある。
笑いはしない、後始末をやるのは私なのだから。
「オンジェヤ、下がっていなさい、この災いは私が何とかしよう」
「何とかって、どうするんですか!? こんなの、どうしようもありませんよ、詠唱が使えない今、いや、詠唱が使えたとしても……」
オンジェヤの思念は巨人を前にして、絶望に染まっていた。
その一歩は世界の破滅への一歩、空の色はいつの間にか破滅を示すような赤色になっている。
しょうがないか、こんなものを前にすれば何もできないと誰でも思うだろう。
それほどまでにこれは災いをその身に体現している。
私はビリゥヴァを左手で外し、オンジェヤがいるであろう場所に向かって投げた。
「っ!? ガゼルさん、何をするん―――」
同時に魔力を通し、オンジェヤを中に収納する。
「絶望するなら勝手にしていろ、諦めて何もしないならそこでじっとしているがいい、私は君との約束通りにこの世界を救って帰る」
最後にそう言って私はオンジェヤとの思念の通信をきった。
さてと、やるとするか、終わったら帰って寝る。
それと初希と一緒に行く場所を考えなければならない。
私は巨人に向って飛んだ。