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おかえりとその後、そして愛する日々

 マグカップを傾ける。

 注いだコーヒーを口に運び、いつもよりまして静かな家の中で初希はため息をついた。

 ガゼルはいつも何気ない態度で数日間家を空ける。

 真実を知るまでは気ままな人だなと思っていたが、その実、世界を越えて波乱の日々を過ごしていたと知ったあの日、初希は心底驚いた。

 海魔が人を襲うこの世界でなんの力も持たないと言っていて、初希自身も確かめて確信していたのに、まさか世界の外を旅し、しかも数々の脅威と戦ってきたなんて予想外も予想外だ。

 そんなガゼルがいつもと違う雰囲気で家を出て行って、何週間か。

 ガゼルが起こした騒動の件で少し騒動はあったが、何とか処理し、結構な時間が経った。

 向こうからの連絡はない。

 緊急事態用の連絡が出来る道具はもらったけれど、邪魔してはいけないのでテーブルの上に置きっぱなしになっている。


「まだかな……ガゼル……」


 恋人の部屋の方向を見ながら初希はまたコーヒーを口に運ぶ。

 あの時のキスを思い出してそっと唇を指でなぞり、ここ数日飲んでいるのに慣れないコーヒーの苦みに少し眉をひそめた。

 その時、初希は誰もいないはずの部屋から物音を聞いた。


「っ!? まさか!」


 立ち上がり、飛ぶように急いで部屋のドアノブに手をかけて引き開ける。

 開いたドアの向こう、いつもと変わらないガゼルの背中があって、ドアが開く音に気付いて振り向こうとする。

 その顔がこちらを向く前に初希は抑えきれない感情と共に飛びついていた。


「ガゼルっ!!」

「おっと」


 それなりの勢いだったが、ガゼルは難なく受け止める。

 しっかりと両足で地面を踏みしめる姿、けがはないようだ。

 初希はガゼルの顔を見上げ、向けられるいつもと変わらないまなざしを見て、安心やら喜びが体を駆け巡り、湧き上がった感情が目から溢れて流れる。

 話したいことはたくさんあったが、それよりも何よりも言わなければならない事が飛び出した。


「おかえりなさい!」

「ああ、ただいま」


 ガゼルも笑みを浮かべた。



 巨眼やマリィコールズ達との戦いの後始末、コーポィアスの力を借りて存在そのものを燃やして回ったマリィコールズが拠点としていた世界は世界管理官の管轄となった。

 その辺の処理はソゥヲバーリュがいつ察したのか、手を回していたのですぐに終わる。

 ちゃっかりその一部を自分のモノにして別荘を建てて、今度の休日はバカンスだと息巻いていた。

 厄介なマリィコールズを倒した礼として私も招かれているので、初希と共に行こうかと思う。

 頂上世界が空席となった事で今もまだ起こっているであろう頂上を目指す者達の争いで世界管理官はしばらく忙しそうだからずっと先になるだろうが。

 それまでは初希と共にひっそり暮らそう。


「ガゼル、聞いてる?」

「ん? すまん、少し考え事をしていた」

「もう、またどこかに行くの?」

「いいや、しばらくはこの世界で過ごすさ」


 少し不安そうな顔をする初希に微笑みながら返事をする。

 広いリビングで私達はお茶会をしていた。

 前の住居は私がこの世界の学園で色々とやりすぎた結果、海撃隊が常に警戒してうろつくようになったのでこれを期に一軒家に引っ越した。

 いつも私の絵を買ってくれる男に相談したら、初希の仕事に支障が出ない地域で、しかも静かに暮らせる所を紹介してくれた。

 姿を偽装して生活をしなくていけないが、それでも初希と共に暮らしていくなら十分だ。

 しばらく厄介事に首を突っ込むつもりはない、外の世界でも、この世界でも。

 ちょっかいをかけてくる主な組織であるマリィコールズを潰したのだからそうそう大事は起こらないだろうしな。


「今度、またどこかに一緒に出かけよう、どこに行きたい?」

「う~ん、そうだなあ~、迷うなあ、温泉とか、山もいいし……」


 悩む初希を見ながらコーヒーを口に運んでいると、天井からやかましいノックの音が響いた。


「すいませ~ん! ガゼルさん! お母さんがあ!!」


 聞こえてくるのはココココ子の声、あの後ココココ子にマリィを任せたのだが、何を考えたのか私達のいる世界のすぐ近くに拠点を作り、この天井に世界の狭間を介して出入り口を作ったのだ。

 曰く、お母さんが万が一暴走した時の緊急用、という事らしい。

 そしてその流れで初希にココココ子とマリィの事を紹介する事となった。

 浮気か、と疑いの目を向けられてそれを晴らすのにひと悶着あったがそれはそれ、ややこしい事情だったがいちから説明してわかってもらった。

 だがまだ納得していないのか、嫉妬しているのか、二人が来るとちょっと機嫌が悪くなる(特にマリィと喋っている時)これから仲良くなってくれればいいが。


「開けていいか、初希」

「いいよ、このままだとうるさいし」


 平然としている初希、だが初希の方から少し力が漏れた結果の風が吹いてくる、明らかに不機嫌だ。

 ため息を一つつきながら許可を得たから拍手を一つ、すると天井に扉が現れて開く。

 その向こう、ワニのような、いやそれ以上に仰々しい巨大な生物の足に抱き着くマリィとそれから距離をとっているココココ子がいた。


「ガゼルさんどうにか説得してくださいよ! あれ家で飼いたいって言うんですよ!?」

「こんなに可愛いじゃない!! それに家の中じゃなくて外につないでおけばいいでしょう!?」

「いやいや気持ち悪いですって! そんなの家の外にいたら快適な朝の目覚めからのぞく窓の外、そっとうです!」


 向こうで言い合いを始める二人に私は呆れながらもカップを置いて立ちあがる。


「すまんな初希、ちょっと行って来る」

「さっきは行かないって言ったのに」

「……本当にすまん」


 少しすね気味の初希に、これは後で機嫌取り苦労するな、と思いながらも私は天井のドアに向かって飛び立つ。

 静かな暮らしが出来るまでまだまだ時間はかかりそうだが、まあ、こんな生活も悪くはない、戦いのない今の日々は。

 これこそ私の愛する平穏の日々だ。


いったんおわり

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