呼び出しとマリィ、そして終焉
終焉の終焉、頂上世界を壊し、巨眼さえ同じ場所まで落とし、私がやるのは言葉通り。
終焉の美に囚われた巨眼を終焉の美によって終わらせてやるだけ。
つまりはマリィの呼び出し。
巨眼は一筋縄ではいかないと思い、私はマリィの眠りを覚ます準備をしていた。
実際は頂上世界でマリィコールズや三眼に守られ、かなり衰えてしまっていたが。
しかし、念には念を入れて徹底的やらなければならない、今まで犠牲になった世界の為にも。
ビリゥヴァの中に手を入れ、手のひらサイズの黒い球体を取り出す。
これはコーポィアスから譲り受けた全てを燃やし尽くす炎を圧縮し、世界の境界を焼き切るモノ。
マリィの眠る園、その場所は巨眼には絶対に見つけられない場所にある。
それは誰の目も見えないが確かにそこに、どこにでも存在する。
彼女の平穏の為に私が力を注ぎこんで創った全世界に重なるもう一つの全世界。
ただし世界達は増え続けているので、当時の全世界なんてそのごく一部だが。
その境界をこの炎にて焼き切る。
私だけがその方法を知っている、任されている。
「お前が望んだ終焉だ、じっくりと目に焼き付けて滅べ」
巨眼を力で固定したまま私は炎を虚空に投擲する。
「開け、現れよ、重なりしもう一つの世界よ、眠りの園よ、我、扉を叩く者、鍵を開きし者、終焉の眠りを呼び起こす、その名はマリィ、目覚めよ!!」
「えっ! マリィって……お母さん!?」
叫び、もう一つの世界との境界をわずかに焼き切ってその隙間を詠唱によって開いてゆく。
そして私はマリィを呼んだ、その向こうで眠りにつく美はそれだけで目を覚ます。
ココココ子には何をやるかなんて全く教えていない為、驚く声が聞こえてきた。
巨眼は引きずり降ろされたその場所から動けずに開かれた境界の向こうを覗くしかない。
頂上世界に重ねられたもう一つの世界より、こちら側の世界に向かって色とりどりで大小さまざまな花びらが噴き出して降り注いでくる。
それはエンドフォグに満ちた空気に触れても消える事は無く、むしろエンドフォグの方が花びらに包まれて消えていくようだ。
全てを見渡す頂上世界が彩られて塗りつぶされる、まずは頂上の特権を終わらせるかの如く。
実際私の体が軽くなったように感じる、エンドフォグを撒いた時の比ではない、完全に頂上世界の干渉が消えてなくなったようだ。
「きれい……すご、っ! ごほっ!」
喋ろうとして花を吸い込みむせるココココ子、だがマリィの娘だからか少しむせただけで終焉の影響を受けた様子ではない。実際に目の前に現れた時にどんな反応をするのか気になるが、その時に私が正気を保っていられるかどうかと言われれば難しいので見られないか。
花びらが噴き出す境界からさらに鋭い光があふれて色をかき消すように私達の眼を刺す。
数舜、真っ白になって痛む目の前にゆっくりと躍り出る肢体に目を瞑る間もなく奪われる。
「おお、我が求めたマ、リィ」
巨眼が感動してうめく。
花も恥じらい弾ける、満月と見比べれば月が霞んで夜空に消える、目を奪って抉り出して二度と他のモノが見えなくなる、全生物から心を奪う劇薬。
目の前が暗くなる、その中でマリィだけがはっきり見える、光すらも目に入らないのだ。
やはり危険すぎる、終焉の美だ。
もう今、彼女しか見えない、マリィしか見えない、頭の中もマリィに満たされて他の記憶が抜けていく。
いや、駄目だ、無理やりにまぶたを閉じる、目に焼き付いてまぶたの裏にまでうっすらと見えるマリィに私は目を閉じたまま一礼する。
「おはよう、起こしてしまってすまないなマリィ」
「おはようございますガゼル、久しぶりです、お元気そうで、少しやせましたか? 無理をしてはいけませんよ、大丈夫ですか? もしかして病気? 熱はない? 脈はある? ガゼルは無茶をしすぎるからわたしはとても心配で心配でいつも夢に見てるんですから、夢にまで出てくるんですよ、それが目の前に現れた、会えた、会ったのは二度目ですがこの思いは幾星霜、ガゼルがわたしをあちらの世界に連れて行ったおかげでわたしはとてもとても寂しい思いをしてしかし悲しい思いをしないで済んで――」
声を聞くだけで脳がからめとられるような錯覚を覚える。
目をつぶっていても向こうからのあふれる喜びが私の瞼をこじ開けようと襲い掛かって来る。
「マリィ、我がマリィィィィィィィィッッッ!!!!」
と、マリィの歓喜の長い話を遮り、巨眼が叫ぶ。
最後の馬鹿力というべきか、私の力を振り切ってマリィへと一直線に飛び立つ、その速度は今の状況では止めに入れない程だ。
まあ、そもそも止める必要はないので私は動かなかった。
巨眼は既に弱っている、そんな状態でマリィに近づけばどうなるのか、容易に予想できる。
「それでですね、飛ぶ鳥が落ちる勢いっていうのは実際に見るとびっくりで、って邪魔!」
「ィッ!」
マリィの腕の一振りで巨眼が花となって散っていく、実にあっけなく、最後にヤツに焼き付いた求めたモノの姿を抱いて二度と帰ってくる事は無いだろう、それが巨眼の終わりであった。