見えた頂上と壁、そして三つの眼
いくつかの世界の狭間を抜けると、周りが厚い雲に包まれて視界が悪くなる。
それでも探知で周囲を探れるので問題はないが。
ここを抜ければ頂上世界が見えてくる、高みに至るまでのいくつかの世界はラーに施した細工による大爆発で吹き飛んだ、出来ればそのまま頂上世界まで吹き飛んでしまえばよかったのだが、そんなに都合よくはいかない。
というか、今までが恐ろしい程にうまく行き過ぎた。
奇襲がここまで成功するとは予想していなかった、いくつかの策は潰されるのではないかと思っていたのだが。
頂上世界は常に力を持っていなければあっという間に突き落とされる世界、そこに長く君臨し、今もそこにいる巨眼がここまでの奇襲を許すとは、何かあったのか?
考えながらも飛ぶ、このあたりにマリィコールズはいないようだ。
かなり数を削いだ、マリィコールズの正確な人数は把握出来ていないが、それでも手応えが確信できる奇襲だったので、そう予想できる。
だからといってここからが楽になるというワケにはいかない。
巨眼は頂点に登るためにマリィコールズを結成したのではなく、頂上世界からマリィを見つけたからマリィコールズを結成した。
頂上に登り詰め、そしてその時からずっとそこに居続けているという記録をソゥヲバーリュから聞いた。
まだ力を持っている、頂上を狙う者を退かせ、居座る程の力が。
計り知れない、実は私と巨眼は実際に戦った事は無い。
間接的に、巨眼の送り込んでくるマリィコールズや、奇怪な生物、現象と向かい合った事はあるが、お互いの身を前にした事は無い。
巨眼が頂上に居座り、私が世界に隠居を決め込んだので、その機会はどちらかが思い立たなければ一生なかっただろうが、互いに譲れないモノがある以上はいつかぶつかり合う、始まりがあれば終わりがある、終焉の美、マリィを巡って争っているのだからその終わりは必ず来る。
周りを囲んでいた雲が薄くなってきた。
もうすぐ頂上が見えてくるか? と思ったが、そうは簡単にはいかないようだ。
晴れる視界には確かに頂上は見えた、が、そのまわりを覆うように透明な世界達の壁も存在した。
見えているはずの頂上は波打つ世界によって歪んで、その姿を把握できない。
私はビリゥヴァの中を探り、手のひら大のボールを取り出す。
曰く、世界破壊爆弾、名の通り世界を崩壊させる爆弾で世界群テロリストが開発した兵器。
ちょうど私が滞在していた世界にその破壊の矛先が向いた時にテロリストと相対し、逃げられたものの、そいつの本拠地を探って手に入れた。
そのテロリストのその後は知らないが、爆弾は有効活用させてもらおう。
ボールに空いた穴に人差し指を差し込み、抜くと中から紐がついてくる。
これに火をつけて投げれば世界は破壊できる。
にわかに信じがたいが、内部に解析をかけたところ、本当にこれで世界は破壊できるらしい。
「燃えろ、我、詠唱す」
唱えて紐に火をつけると赤い煙をあげながらぱちぱちと音を立てて徐々に燃えていく。
それを波打つ世界達へと投げた。
外すことはない、まっすぐに爆弾は飛んでいく。
おそらく起こるであろう衝撃に備えて私は障壁を張り巡らせ、出来るだけ距離を取るようにくもの中に隠れて、様子をうかがう。
何が起こるかわからない、巨眼が何を仕掛けてきているのか。
しかし、ここであっさりと私を通すヤツではない事は知っている。
目を焼くような光に目を瞑り、探知に映し出された世界を脳裏で覗く。
次に爆音、衝撃で周りの雲が吹き飛ばされていくのを肌で感じる事ができた。
探知には確かに爆発する爆弾と破壊されていく世界が映る、が、それが無駄になった事も分かる。
爆発して消えていく世界の壁をそっくりそのまま塗り替えるように新しい世界が生まれ、元通り壁はそこにびくともしない、何も影響がなかったかのように頂上を取り囲んでいた。
やはり何かの力が働いている、巨眼のいる地点とは別の所から力が発されているが、巨眼の力の一つと、それを与えられているヤツがいる。
マリィコールズにはこんな力をよこさないだろうから、巨眼が頂上に上り、そしてそれを維持するために作り出した存在であるようだ。
雲が晴れ、爆風もなくなったころ。ゆっくりと目を開く。
先程まではいなかったはずだがす、壁の向こう側にある頂上から見下ろす視線が三人分あった。
明らかに異質な眼差し、その眼力の威圧感は巨眼の雰囲気を感じさせる。
巨眼の手下であることは間違い無さそうだが、マリィコールズとは比べ物にならないくらい厄介で強力な眼だ。
3つの目玉、巨眼程大きくはないがそれでも人間の大人の男と同じ位の大きさだ。
完全に煙が晴れ、私とその眼達が向かい合った時、脳裏にノイズか走った。
無理やりなテレパシーだ。
『ようこそよく来たガゼル、マリィコールズを倒した程度で調子に乗ってもらっては困るな、あればマリィを探すためのコマ、数だけの紙束、そんなゴミを焼却するのはとても簡単な事だ、しかし、我々は違う、巨眼様にこの頂上を狙う輩を排除するよう創られた我々はな、本来なら我々の中の一人が対応するだけでも十分だが、今回は特別だ、ガゼル、全員で相手をしよう』
三つの眼のどれが喋ったのかわからないが、奴らはそういうと、透明な世界の集合体の壁を通り抜け、こちら側にゆっくりと出てきた。
解析をかけようとしたが、脳裏に電流を流されたような痺れが生じた、弾かれた、しかもカウンターもある。
思考が乱れないように呼吸を変える。
精神統一用の痛みさえも引かせる呼吸法、ある世界の中で全てから縁を切ろうとする仙人と呼ばれる存在から教わった。
脳みそを揺らされるような感覚を鎮めながら、ビリゥヴァの中からいくつかの道具を取り出す。
数の不利をひっくり返す事は無理そうだが、準備はある。
このくらいは想定していた。
『今の内に降参し、大人しく回れ右をしてもいい、そうすれば逃がさないが抵抗しないなら必要な情報をもらったのちに苦しまずに殺してやる、といってもその顔は絶対に戦うという顔をしているな、さて』
自信に満ち溢れるテレパシーの向こうの声。
と目を離してはいないはずなのに三つの眼の内の一つが消えた。
「っぐっ、っは!」
気づいたら攻撃を受けていた。
吸った息が口から全て出ていく、衝撃は全方向から襲いかかってくる。
一瞬で押しつぶされるような感覚、気配を追うと、眼の内一つが頭上に浮いていた。
知覚の隙をついて攻撃か? いや、違う、解析は弾かれたがわかる、明らかに一瞬の攻撃としては手数の数が違うし、しかも、その手数がまったくの同時で襲いきた。
奴ら一人一人が私より上の実力の確率もあるが、それというよりこれは時を止めたようなモノに近い。
先程まで目の前にあった映像を巻き戻す、目につけたレンズは映る景色をしっかりと記憶している、例え一瞬でも、止まった時の中で動いたとしても、その軌跡はここに記録されている。
映し出される数々の映像の内、映像が眼に埋め尽くされている場所があった。
やはり、時間停止。
と、情報を処理していたら、今度は別の眼から強大な力が発されたかと思うと、見えていた景色が移り変わる。
どこから光がさしているかもわからないが浴びていると頭がくらむような鈍い光に満ちた、脈打つ音が響く途方もなく広い空間。
いや、これは空間ではない、紛れもなく世界だ。
あの眼が世界創造を行ったのだ、わずかな時間の間に。
世界管理官が行使するコードによる仮の世界ではない、完全なる新たな世界。
自然に生まれる理の世界達を乱す力、本来この眼が持っている事がおかしい力。
どうやって手に入れたのか、巨眼はどこまで力を持っているのか。
そんな事は今は関係ない。
眼達がまた私の前に現れた。
こうなると最後の一人も何か力を持っているはずだ。
解析妨害は違う、巨眼の直接の干渉だ、頂上の近くだからヤツも見える位置、当然力も使える。
今は世界に入ったが、眼が作った世界だ、巨眼の力が届くように都合よく作られているかもしれない。
三つの眼を全て眼と呼んでいると頭の中で少しややこしいので、時間を止めた眼を時眼、世界を作り出した眼を世眼と呼ぼう、そして最後の眼がどんな能力を持っているのか。
口の中で詠唱を唱えようとして、やめた、相手の世界に飲み込まれたのだ、世界に改変を起こす詠唱は相手に世界を握られているのに使えるワケがない。
詠唱封じ、ビリゥヴァの中から先程取り出した物がなくなっているのは先程の時間停止の時に取られたから、私への対策はしっかりととっているという事か。