恋をはじめませんか?
ぱらぱらと雪が降り始めた。天気予報では積もらないと言っていたけれど、帰る頃までに止んでいるだろうか。
駅から見える空はビルに隠されてとても狭い。次々と降る雪に、行き交う人たちが思い思いの反応を見せている。
「――ひょっとして、君がハルアキさん?」
声を掛けてきたのは背の高い男性だった。ニット帽を被り、覗く顔は優しげな印象を与える。オンラインでやり取りをしてきたときに感じた雰囲気そのままで、私は安堵した。
「あなたがミヤマさんですか?」
「うん。良かった。無事に会えて。すっぽかしをくらうんじゃないかって不安だったんだ」
彼は顔をくしゃっとさせて笑う。目尻に笑い皺ができて、私よりもいくらか年齢が上であることを感じさせた。
「私が騙すってことですか?」
意地悪っぽく言うと、ミヤマさんは両手と首を横に振る。
「違う違う。そういう意味じゃないよ」
「冗談ですって」
私は明るく笑って答えた。
「行きましょうか」
手を差し出すと、ミヤマさんは少し戸惑う様子を見せたあとに手を握ってくれた。普通に握るので、指を絡めた恋人繋ぎに変える。私はミヤマさんの横顔を見た。緊張しているのがわかる。
「……ミヤマさんって、カノジョがいたことないんですか?」
ズバッと私は問う。オンライン上でやり取りしているときに、女性の気配を感じたことは一度もない。某有名SNSで知り合ってから三年も経つが、生活を感じさせるブログやツイートをするのに、異性の話はとんとないのだった。それがずっと不思議で、こうして会ってくれる約束をしたが、すっぽかしをくらうのではと不安だったのは私も同じだ。
「いないよ。ずっと。出会いがなくってね。――そういうハルアキさんはどうなんだい?」
「私は……日記に書いている通りですよ」
恋人が欲しいと、僻む日記ばかり綴ってきた。でも、良いと思える人には現実ではなかなか巡り会えない。叶わぬ恋ならそれでも良いと勇気を出して告白した大学時代の恋愛があだとなり、いざ近場で恋愛をしようと周りを見ると古傷が痛む。もう以前の私じゃないと振り切ったつもりでも、ずっと一歩を踏み出すことができなかった。
「ずいぶんとツラい想いをしたんだね」
ミヤマさんの台詞に、ドキッとした。
――そう、彼の声で聴きたかったの。
彼はSNSで慰めてくれた。
ちょっとした呟きにも返事をくれた。
いつも私を見てくれた。
錯覚ならば、自分の思い込みならば、こんな幻想を打ち消して欲しい。つらくって、苦しくって、それでミヤマさんに提案した。
《会って、デートの真似事をしてくれませんか?》
新しい恋を始めるために、これまでの感覚を変えるために。
「ミヤマさん、恋人のフリ、ちゃんとしてくださいね」
「誰かの恋人だった経験がないからよくわからないけどね。間違いはただすから言ってよ」
「はい。私も精一杯恋人のフリをしますから、目一杯楽しみましょうね」
――好きになってくれませんか?
言いたいけれど、この台詞は違う気がした。
――好きになってもらえるように、頑張りますね。
私はミヤマさんの手を強く握る。
《了》




