覚悟はあるか
ヨシオはガブリエルを民宿へ匿った。
宿主には「弟が酔って怪我した」とだけ伝えた。
薬箱を借りてできるだけの手当てをしたが血は止まらなかった。
「自分の手なんか撃つからだ。無茶なことを……」
ガブリエルはなにも返さなかった。
返す力も無いようだ。だがその目は何かを覚悟している。
「……これじゃだめだ。医者へ行こう。」
「銃撃痕を見せたら……怪我したで通じないぞ。」
じゃあこのまま何もしないつもりか。
「……外へ連れてけ……ここじゃ人がいすぎる。」
ヨシオはガブリエルを船着き場の防波堤へつれてきた。
ここならメタルソングを歌っても聞こえないだろう。
そしてどこからか針と糸を取り出した。
「まさか……麻酔もせずに……」
ガブリエルは首をふった。
「俺をぶん殴って気絶させろ……お前が縫うんだ」
嘘だろ!?そんなことやったことない。
裁縫すら出来ないのに。
「今は動画で何でも見れる……縫い方はそこで習え」
ガブリエルは延髄をヨシオの方へ向けた。
ここを強く叩けということか。
こういうときは……遠慮したら余計痛い……そのくらいはわかる。
ヨシオはその辺りから拾ってきた棒切れで割りと思いきり殴った。
……秒速だった。気絶した。
だがここからが本番だ。弾丸は抜けてる……このまま縫わなければ.。
針に糸を通すと、出来るだけ深く突き刺さないようにゆっくり縫った。
感触が気持ち悪い……人間を縫っていると思うともっと気持ち悪い……
「肉だ。これは鶏肉だ。これは鶏肉だ……」
ミナガワはガブリエルからの報告を待った。
ずいぶんと遅い。噛み続けた親指の爪はボロボロになっていた。
「……俺は仕事が遅い奴は嫌いだと……何度も言ったろう……ガブリエル」
ミナガワはガブリエルへ電話をかけた。
ヨシオは汗だくだった。
暑さなんかではない。人肉の感触を鶏肉と勘違いさせるために使った体力によるものだ。
終わったことでひと安心し、ヨシオは横になった。
そのとき、ガブリエルのポケットから携帯音が鳴り響く。
「ガブリエル、起きれるか?電話だぞ。」
何度強く揺すっても起きない。それが誰だかはわからない。
間違いなく危険な人物だ。
ここは……覚悟を決めよう。
「もしもし……あんたこの電話の主か?」
ミナガワは電話を壁に投げつけた。
「……ガブリエルが電話を落としただと?あいつはプロだ。そんなマネするはずない。何かあるな……」
ミナガワは会社の電話からかけた。
「フリーマン……この辺りの島を探れ。今すぐにだ。」
ガブリエルは目を覚ました。
ヨシオは電話がかかってきたことを伝えた。
「落としたことにして、俺がそれを拾った一般人のふりをした。疑ってなかったぞ。」
ガブリエルは相手の情報をみた。
「……やばいな。俺が電話落とすなんてミスしないと一番思っているやつだ。」
ガブリエルは船を出そうと言い出す。
「もう夜の10時だ。みんな寝始めてるよ。」
ガブリエルはアタッシュケースを指差した。
「この金を見せてもまだ眠たいかね……」
フリーマンは今から女と遊ぶ予定だったが仕事が入ったためイラついていた。
「あのクソヤロウ。ボスじゃなかったら殺してるぜ。」
偉そうに悪態つきながらもミナガワの恐ろしさをよくしるフリーマン。
すぐに島までの便を探すがあるわけがない。
だが宛はあった。
すぐに電話をかける。
「今から15分後に港へいく。お前らの密輸船でちょっくら寄り道させろ。」
漁師のバンタは100万の束にただただ喜んでいた。
「1カ月黙ってたらさらに50万上乗せしてやる。」
ガブリエルの交渉に、頷かない男はいない。
バンタは喜んで船を出した。
30分ほど進んだか。同じサイズの船が反対方向からやってくる。
バンタは手をあげて挨拶した。
「漁師同士は船がすれ違えば挨拶するものよ」
フリーマンの船は叶島というところについた。
金を一捻りやると密輸船の主は大喜びだった。
しかし、ここはどこだ?
船着き場には(叶島)と書かれていた。
船着き場には見知らぬ中年の女がいる。
「あら、今度はお客さんかい。今日は騒がしい夜だね~」
フリーマンはその意味がわからなかった。
「さっき、うちの亭主叩き起こして二人の男が本土へ向かったんだよ。一人は外国人みたいな顔してたな」
そういえばさっき一隻すれ違った。
手をあげていたが……あれか。
「ガブリエル……おまえ何考えてやがるんだ……」
ミナガワは電話を切った。
その内容はまだ信じがたいものだ。
「ガブリエル……どういうつもりだ。俺を裏切れば……親父の二の舞だぞ。」
ヨシオとガブリエルは本土へ辿り着いた。
二人はバンタに礼をいった。
だがヨシオはこうなった原因をわかっていた。
ヨシオは何も言わないガブリエルに頭を下げる。
「すまん。こうなったのも俺のせいだ。」
ガブリエルは頭を振った。
「おまえのお陰で何をすべきかわかった。礼を言うならこっちだよ。」
そういうとガブリエルはタクシーを呼び出した。
ヨシオは相手がどんな組織か知らずに勝手なことをしてしまったことを深く反省した。
だがガブリエルはそんな様子には見向きもせず次の行動のことを考えていた。
「おそらく今頃俺の家はあいつらに荒らされている。一人誰にも名前の知れてない奴がいる。そいつのところへ行こう。」
ミナガワの指示に従い、部下のセリザワはガブリエルの住むマンションへ来た。
ミナガワいわく、必ず一度家に帰ると言う。
だがセリザワは無駄と踏んでいた。
「ガブリエルが何考えてるかは知らねえが、我が家に帰ってくるようなバカはしないだろう。捨てた巣に蜂は戻らない……」
フリーマンは本土につき、車を運転しながら島の中年女性が言ったことを気にしていた。
「……男が二人と言っていた。まさか、金盗んだ野郎と一緒なのか?あいつの目的はなんだ。」
フリーマンはすぐさま情報屋に声をかけガブリエルの交遊関係を探らせた。
ミナガワはフリーマンから入った情報を気にしていた。
「おそらく、金を盗んだ男といるはず。目的はさておきその男も洗わなければな。」
ミナガワは産流開発の社長からの情報を調べ直した。
「……田沼ヨシオ……」
ヨシオとガブリエルは繁華街の裏側、人気の少ないゴールドシティというところにいた。
そこに一軒のボロボロな小屋がある。
字が読めないが(神楼)と書かれている。
ガブリエルがノックすると出てきたのは白髪の老人だった。
「カグロウ、追われてるんだ。匿わなくていいから銃をあるだけと、練習場所を提供してくれ。」
練習場所がなんなのかヨシオにはわからなかったが、老人は「金はあんのか。深夜だから3割り増しだぞ。」と言ってきた。
だがアタッシュケースを見せるとすぐに納得したようだ。
銃を5丁もらうと、アタッシュケースの隙間に詰め込みその場を離れた。
「ガブリエル、どこへ向かう?」
ガブリエルは「いいから着いてこい」と指示を出した。
エリコは実家へ帰り、親と一緒にいた。
子供たちは先に寝てしまっている。この子たちはなにも知らない。
「……エリコ、ヨシオくんと別れなさい。犯罪者の家族なぞ我々としても子供たちからしても迷惑でしかない。」
……父の言うことはもっともだ。
私もこんな風になるとは思ってもみなかった。
いざ自分の旦那が犯罪を犯して、その理由が自分にあるのに別れなさいで住むのか。
「……犯罪を犯したのは私がヨシオの気持ちを踏みにじったせいなの。だからすぐには決められない。責任がある。」
「責任だと!?お前らだけが夫婦喧嘩してるわけじゃない!他の夫婦も色々あるだろうがそれでも法には触れずに生きている。」
……ここで別れたら、一生夢に出てくる。
父の言葉がどれ程正しくても、それでも踏み外せないものがある。
「……ならヨシオの罪には私も責任がある。私も共犯だよ。もし捕まったら子供たちをヨロシクね」
ヨシオとガブリエルはいかにも幽霊でも出そうな廃病院へきた。
床も壁もボロボロであちこちにペイントの落書きが書かれている。
そして、その病院の3階まで上ってきた。
ガブリエルは一丁銃を取り出すとそれをヨシオに渡した。
ヨシオはまさかと思う。
「ヨシオ。俺はお前に妻子と引っ越せと言った。だがお前は恩を返すと効かなかった。」
「……これが恩返しか?」
「そうだ。俺は明日、うちの会社から不正融資をうけてる、(マグネ)の社長を殺す。奴等は1日17時間中国人少女たちに労働させてる。彼女らを救う。」
すごく物騒な話だ。
だが……大変なのは自分だけじゃないんだな。
今までなんの取り柄もなく生きてきたヨシオに取って今の自分は好きだった。
形はどうにしろ、苦しんでる人を救うのだから。
ヨシオは銃を構えた。
「ガブリエル、撃ち方を教えてくれ。」
フリーマンはガブリエルの交遊関係を調べていたが協力を得てそうな奴は一人も出てこない。
となると……ガブリエルは匿ってもらおうとはしてない。
あいつは逃げたんではない……何かを仕掛ける気だ。
フリーマンはある情報屋から連絡を受ける。
ゴールドシティ付近からどこかへ走り抜けるガブリエルらしき人。
ガブリエルの後ろにひ弱そうな男もいたそうだ。
「どこへ向かったんだ!」
(わかりませんが、何かを狙ってるなら銃をもってるでしょ。こんな夜中にこっそりと銃を撃てる場所……限られてますよね……)
「ヨシオ、肩に力を入れすぎるな。」
ヨシオはガブリエルの指示を素直に聞き、的にしている空き缶を狙った。
だが……なかなかうまくいかなかい……
「銃は数撃てばうまくなる。しかし、人に向けられるかは度胸でしかない……」
ヨシオは絶句した。
フリーマンはとある廃病院へきていた。
銃が撃てる場所と考えたら人気のないところに限る。
すでに6件ほど人気のないところを回っているが誰もいなかった。
この廃病院にガブリエルがいなければ、行動は朝からにしようと考えている。
「しかし……汚え病院だなぁ……」
目の前を塞ぐ破損物。
それを押し退けながら歩く。
……何か聞こえる……これは……銃を撃つ音……
フリーマンは銃を抜き、音のする方へ歩いた。
その音は三階からだった……誰かがいる……
ガブリエルはヨシオに銃を撃つのをやめさせた。
「……誰か来たぞ……」
ヨシオは外を覗くが暗くて何も見えない。
殺し屋独自の嗅覚というやつか。
ガブリエルは一発空砲を鳴らした。
「今のでここにくるぞ。おそらく……フリーマン」
フリーマン?なんだそのハリウッドの黒人俳優みたいな名前は。
「ヨシオ、手術室に隠れよう」
フリーマンは3階まで上がってきた。
薄暗く、そこに人がいるのかわからない。
だが物が片付いており、そこに誰かがいたことがわかる。
フリーマンは病室跡地に入った。だが誰もいない。
次々に戸を開くが誰もいなかった。
最後は……手術室。
ここにいるのは間違いない……
だが相手は嘘でも殺し屋ガブリエルだ……
裏の裏をかいてくるかもしれない……
フリーマンは手術室の扉に大きめの石を投げた。
その音に反応して、撃音が鳴り響く。
「やはり、手術室か」
フリーマンは手術室を覗きこんだ。
誰かが立っている……おそらく撃ってきた男だろう。
それがガブリエルなのか……金を盗んだ男か……
だがガブリエルなら……囮を使うはずだ。
中にいる男が囮で、横に誰かが待ち構えてるんだ。
フリーマンは外から中の男を銃撃した。
その男が倒れたのを見計らい、中へ突入した……
そこまでは記憶がある。
ガブリエルは手術室にあったオペ練習のダミー人形を見つけ、手術室の真ん中に立てた。
「それはなんだ?」
「敵がこれを俺たちのどちらかだと思い込む。やつが撃ってきたら、隣の部屋から俺が奴を捕まえる……」
物騒だ。ヨシオには思い付かない考えだ。
だがそんな物騒なことまでする必要があるか!?
あれを使えばもっと簡単に終わる。
「ガブリエル、ちょっと俺の考えも聞いてくれないか……」
フリーマンは目を覚ました。気がつくと体はロープで縛られており身動きが取れない。
体を起こすとそこには二人の男がいた。
「目が覚めたかフリーマン」
「ガブリエル……どういうつもりだ……」
フリーマンのこめかみに当てられた銃は引き金を引いていた。
全ての覚悟が出来ており、遊びじゃないことがわかる。
ヨシオは同じく銃を突きつけるが、引き金を引いていない。
覚悟どうこうじゃなく、撃ち方を知らないのだろう。
「……なぜお前らが手を組んでる……ミナガワさんを裏切るのか」
ガブリエルはこう答えた。
「裏切りじゃねえ。元に戻るだけだ。そのための障害は壊していく。」
セリザワはガブリエルのマンション前で眠っていた。
どうせここにいても無駄と……。
だが、その獲物は向こうからやって来た。
……ノック音……その男は銃をこちらへ向けていた。
「……ガブリエル……」
反対側の公園駐車場にはフリーマンの車が置いてある。一体どうなってるんだ……
「セリザワ……俺と一緒にこい。話がある……」