悪いのは誰か
三流企業に勤める田沼ヨシオは上司にも後輩にもバカにされる、お人好しのサラリーマン。
手取りの給料も少なく、妻のエリコにはいつもバカにされている。
二人の子供たちはエリコに洗脳され、ヨシオを見るたびに「お父さんはダメ男だね」と心無い台詞をはく。
「……エリコ、二人の時は何を言ってもいいけど子供たちにはやめてくれ。父親の威厳もへったくれもないよ。」
エリコはそんなヨシオに皿を投げつけた。
「偉そうに言われたくなければ金を持ってこい!そしたら子供にもうまく言うさ!」
……それに何の言い返しもできない。
長女が産まれたばかりの時はよかった。
それまでは「私は子供が出来ても変わらずあなたを愛してる」と言っていた。
それが蓋を開ければこれだ。
エリコにも言い分はあるだろう。あまりに酷すぎる。
(亭主元気で留守がいい)と言う言葉。間違ってはいないが、こんな調子では元気もなくなる。
会社をに出勤しても、「田沼さんはいい人ですよね。だから私の分も残業お願いします」と仕事を投げられ断れない。
そして上司には「おまえが勝手に受けた残業なんだから金は出ないからな」とトドメを刺される。
それでも(生きてればいいことがある)
(すべての人々にこの世に生まれた意味がある)
(仏は万物に幸せを与える)
この前テレビで偉い僧侶がそう言っていた。
それをただただ信じている。
必ず俺は幸せになると。
金融会社ルートアップは色々な場所に幅をきかせていた。
ここの社長は様々なホテルや企業の社長たちに資本金などの遣り繰りの世話をし、今では会社専門の金融会社に成長。
ただやることは普通のヤミ金融と同じ。動く金額が大幅に違うだけ。
日系ブラジル人のガブリエルはオーナーのお抱え取立て屋兼始末屋、まあ殺し屋だ。
オーナーはガブリエルの父の会社に金を貸した。
しかし会社は赤字続きで潰れ、金を返せないとわかると処理された。
そして、ガブリエルはそこに拾われた。
バカな親父の代わりに働いて返せと。
辞めることも逃げることもできず銃の扱いを教えられ不服な殺人を何度も行った。
すでに何が良くて何が悪いのか、そんなものはガブリエルの感情から消えていた。
「メシなら無いよ。キャベツでもかじってな。」
ついにエリコはヨシオの食事を作らなくなった。
「一生懸命働いたんだ。それはあんまりだろう……」
エリコは子供のおもちゃを奪うと投げつけてきた。
「だから金さえあれば文句言わないんだよ!!」
投げつけたオモチャを拾い、おもちゃ箱へ戻した。
仕方なくキャベツを炒めて食べた。
これが結婚なのか……あまりに酷すぎる。
「エリコ……そんなに金が好きか?」
エリコは子供を抱き抱え、身ぶり手振りを自分に置き換えて話し出した。
「お金大大大好きでちゅよ~♪だからパパ死ぬほど働いてね~♪」
……わかった。
……ついにこの日がきたか。
人生の全てを逆転する日。
翌日、ヨシオは出勤しなかった。
ヨシオは知人から聞いた、暴力、恐喝なんでも有りのヤミ金融、(グレコ)の前にいた。
腹には100円均一で買った包丁におもちゃの拳銃。
〈……金さえあれば文句言わないんだよ……〉
エリコ……どんな金でも……金は金だよな。
エリコは子供たちと夕方ののニュースを見ていた。
なんとも恐ろしいニュースがやっている。
「金融会社で強盗殺人?この近くじゃん。物騒だね~」
エリコは子供たちにご飯を食べさせながらブツブツと喋っていた。
その時アパートのピンポンが鳴る。
いそいで出ると誰もいない。
ただそこにはシルバーのアタッシュケースが一つあった。紙が張られてあり(お前の金だ。好きに使え。金ならなんでもいいんだろ)
と書かれている。
夕方のニュースを続く……
〈銀色のアタッシュケースが盗まれた模様……現場にはビデオテープが落ちており……〉
金融会社ルートアップ社長、ミナガワは社長室の机をひっくり返した。
部下はそれをただ見ていた。
「1億円が消えただと!?先月のウチへの支払い分じゃねえか!!」
ミナガワがあせる理由はそれだけではない。
金もそうだがルートアップの世の中の名声だ。
闇金融に不当な投資をしたうえ、不当な取り分の金を得ている。
これ以上コトが大袈裟になれば、ルートアップにそのツケが回ってくるのだ。
「社長。グレコへの投資と返額の用紙は変更してあります。警察につつかれてもなにも出ません。何よりグレコのオーナーが殺されたことがよかったかもしれません。」
ミナガワは部下の働きに感謝をした。
となると……残る問題は……
「盗んだ男だな。情報はあるのか?」
「なんでも、押収品の中にビデオテープがあったと……」
ビデオテープ?反抗予告か?
「今警察内部潜入者に確認をしてもらってます。」
ミナガワはすぐに連絡を取るよう言い倒れた机の椅子に腰かけた。
……あいつを呼んでおくか。
「ガブリエルに連絡しろ。テープの内容がわかり次第その男を殺せとな。」
-翌日のニュース-
ビデオテープはキャップがしてあり、音源しかわからなかったそうです。これより音源を流したいと思います。
〈……えらそうにいわれたくなかったらかねをもってこい……おかねだいだいだいだいちゅきですよ…〉
警察は30代女性の声とみて捜査を進めています……
エリコはテレビの前で冷や汗を流していた。
「なんだこりゃ……間違いなく私の声だ……」
手元にあるアタッシュケース。子供たちはそれの上に乗り遊んでいた。
「おもちゃじゃないの!遊んじゃだめ!!」
子供から奪うと、再度中身を確認する。
「……やっぱり……お金が入ってる……」
エリコの中での天使と悪魔は戦っていた。
おそらくこれはヨシオの仕業だ。
全て、冷たくした私への復讐だったんだ。
〈エリコ……お金が好きか……〉
甦るあの台詞。
どうしてあのとき、お金よりもあなたが大事と言えなかったのか……
その時、誰かから着信が入る。……ヨシオだ。
「……あんたなにやってんのよ。」
ヨシオはとある離島に渡っていた。
その島は人口も1000人ばかりしかいなく、静かな漁師の島だった。
ギリギリ電波はある。
ヨシオはエリコに電話をかけた。
(……あんたなにやってんのよ)
「……お前の大好きな金じゃないか。金さえあれば文句は言わないんだよな。」
(働いたお金ってことじゃないの)
「俺の性格を知ってるだろ。俺が出世できるわけない。おまえも知ってるだろ。」
(だから盗んだの?バカじゃない!)
「ああ俺はバカだ!何も出来ない!お前らに金をやるしか能がない!!だから無い知恵を絞り金を作った!!全てお前らのためだ!!文句あるか!!」
(……それで隠し撮りしてたのね…)
「お前ならどうするかと思ってな。何よりも金が好きなお前なら逃げてでも金を我が物にするか、それとも返すか。どっちにしろお前は人間性が変わるだろ。」
(……お金は返す。早く自首して。)
「自首?さんざん人をバカにしといて!お前のために盗んだ!お前が俺を作り出し、俺は殺人まで犯した。」
(…………)
「俺は自首しない。殺されるか、それとも自分で命を絶つか。俺が死んでも逃げ切れても、次お前が捕まえる男には今までの行いを反省して付き合え。じゃあな。」
……ヨシオは初めてエリコに文句を言った。
こんな簡単なことが出来ればこんな目にはあわなかっただろう。
だが過去は戻らない。さあ、これでも俺がこの世に生まれた意味を証明できるか!仏とやら!
ガブリエルはルートアップの投資会社、(産流開発)に事件の起きた当日の朝から出勤していない社員がいる話を聞いた。
それとは別にビデオテープに微かに残る男の声がその社員の声に似ているとも聞いた。
だがガブリエルはやりたくなかった。
誰かを恐怖に震えあがらせ、誰かを陥れるのは人間の所業じゃない。
だが結局自分が一番恐怖を感じている。
逆らえないから、ここにいるんだ。
逆らえないから人間を捨てているんだ。
その消えた社員の家を探り当てた。
その家は平凡なアパートだった。
エリコは子供たちを寝かしつけ家を出ようとした。
もちろん警察にお金を渡すためだ。
準備をし、玄関を開けると見知らぬ男。
その男の目に危険を感じる。
「……ごめんなさい!旦那の罪を軽くしてあげてください!旦那は私のためにお金を盗んだんです!」
すぐにアタッシュケースをその男に渡した。
男は何も言わずただ受け取った。
警察か?はたまたもっと悪い人か?
「俺は警察じゃねえ。旦那はどこにいる?」
「わかりません。さっき電話かかってきたんですが。」
「電話越しに何か聞こえたか?」
エリコは記憶を呼び覚ました。
勘違いじゃなければ……
「船の汽笛みたいな音が聞こえたような……」
汽笛……家族も心配だろうからそんなに遠くへは言ってないはず……
「旦那の写真を一枚くれ。そうすればあんたにも旦那にも手を出さない。」
ガブリエルはミナガワへこう伝えた。
「金は男が持ってる。どこかの島にいるらしい。奴を殺し、金を貰って帰ってくる。」
もちろんガブリエルにそのつもりはなかった。
金は別にして、男を殺そうなんて思ってない。
うまく殺したことにしようと。
そしてミナガワからの情報も手に入れた。
産流開発の社長には裏融資をばらされたくなかったら警察にはなにも言うなと言ってある。
警察が手掛かりを追ってもあのビデオテープしか手元にない。
もし男や妻に警察がよってきてもしらを切ればそれ以上追ってこれない。
こちらにも好都合だ。
そして汽笛の情報。
昨日の夜いなくなり、今朝連絡が入ったならそんなに遠くへは行ってない。
家族のコトも考えて行ったとしたならば……島だ。
近くの島はざっと3つ。
手当たり次第当たれば当たるだろう。
ヨシオは島の民宿を借りていた。
なぜかわからないが、あのニュースが初日より大々的に放送されてない。
やはり闇金融を襲ったから、何かの圧力がかかったのか。
どっちにしろ俺は殺される。
だが今までの散々な人生を送ってきた。
やれることをやってやる。
ガブリエルは叶島へやってきた。
他の二つの島もここから内航船が、でており15分くらいでつく。
まずはここからだ。
切符売り場や漁師に手当たり次第写真を見せた。
「うちの兄貴なんですが……見てませんかね?」
漁師は怪しんだ。聞き込みをしたからではないだろう。
おそらく肌の色だ。田沼ヨシオは完全な日本人だが、こちらは日系人だ。肌の色や目の色が違う。
「……この人、海部さんところの民宿にいる人じゃないかね~」
ガブリエルは言われた民宿を訪れた。
「田沼ヨシオさんは泊まってませんか?」
ヨシオは民宿から外の風景を眺めていた。
妙な男がこちらへやってくる。
見覚えのない男だ。
だがそいつの手には……
「シルバーのアタッシュケース……」
ヨシオは屋根にのぼり、裏口の方へ飛び降りた。
ガブリエルが言われた部屋を開けるとすでにそこには誰もいなかった。
「……バレたか。」
ガブリエルもわかっていた。おそらくアタッシュケースを見られたんだ。
だが今度無くすと自分の命を奪われる。
処理屋の極意として、(大事なものは肌から離すな)が、命取りとなった。
だが逃げる人間の行くところは決まっている。
狭くて暗くて人気のないところだ。
もう夜も近い。さっさと探してしまおう。
ヨシオは島の神社へ来ていた。
小さな神社で人気はまるでない。
ここの縁の下に隠れることにした。
先客の猫がいたが、「邪魔するよ」と礼儀で一声かけ座り込んだ。
ガブリエルは島を歩き回ったが、狭くて暗いところは山ほどある。
人気はないところをいくつか絞っていった。
辿り着いたのは一つの神社。
境内へ上がると隠れるのにうってつけの境内。
ゆっくり昇り、戸をあけた。
「ここじゃないか……」
ヨシオは誰かが神社へ近づいてきたのを感じる。
その足音がこちらへ向かっている。
心臓の鼓動は止まらない。殺されるのも近いだろう。
だがやれることはやってやる。
まだ生きている意味がわかってないから。
……戸をあけた……なにか聞こえる……
(ここじゃないか)
そのとき、下に隠れていた猫がいっせいに飛び出した。
やばい!
逃げよう!
ガブリエルは神社の縁の下から猫が飛び出すのを見た。
「下か!見つけたぞ!」
ガブリエルの目の前に、縁の下から出てきた男。
男は逃げるが、ガブリエルは負ける気がしない。
ガブリエルは人並み外れた身体能力を駆使した。
……そして男を捕まえると銃を突きつけた。
そして、神社の裏へと連れていった。
「……田沼ヨシオで間違いないな。」
「ああ……早く殺せ。」
ガブリエルはその台詞を聞き、ヨシオを一発殴った。
ヨシオはぶっ飛んだ。そんなに強くやったつもりはなかったが。
「金も返してもらった。後はおまえを殺せとボスに命令されている。」
ヨシオは殴られた頬を押さえながら、「だから早く殺せ」と伝えた。
だが……引き金は弾けない。
「なぜ……殺さない!?」
ガブリエルは首を横へふった。
「殺さないんじゃない。なぜこんなことをしたか、教えてくれ。それを聞いたら殺す。」
ヨシオは目の前の日系人が何を求めているかわからなかった。
殺すことを目的に来たはずなのに。
……今頃、エリコも酷い目に合わされてるのか……
「田沼、嫁さんと子供なら心配ない。こちらもあまり大事にしたくないからな。」
こちらの表情も読まれた。
……妻と子供を助けてもらった礼に話してやろう。
「……なんてことはない。会社でも家でも馬鹿にされ続けた腹いせだ。それ以外に理由はない……」
ガブリエルはその理由に笑った。
今時、こんな勇気をもった男がいるとは。
「田沼、あんたすごいな。普通は出来ない。あんたは普通じゃないんだよ。」
「誉め言葉には聞こえないけどね。」
ヨシオは背中を向けた。
「伸ばせば伸ばすほど死にたくなくなる。早く殺せ。」
早く殺せ……上司にも妻にも頭の上がらない男が……
ここ一番の勇気か。
ガブリエルは銃を降ろした。
「田沼、おまえの描く理想はどんなんだ?」
ヨシオはまた勿体ぶるのかと男にイラついた。
だが妻と子供を殺さないでくれた。
「……わからんが、帰りたい家と、働き甲斐じゃないか。まあもう無理だが。」
「……無理じゃないとしたら?」
ますますわからん。一体どうすればいいんだ。
「無理だよ。妻にも子供にももう会えない。会社だって戻れない。俺はやってはいけないことをした。」
やってはいけないこと……それは誰が決めるんだ……今俺のやってることはやっていいことなのか……普通の仕事でも……死にそうで苦しくてたまらないのに、仕事だからと人間はやり続ける……親父のように……
「……田沼……俺もやってはいけないことをしている……不本意だがな……おまえのお陰で何をすべきか見えた……俺は……悪いことをするやつに銃を向けることにする……」
ガブリエルは自分の左手の甲を撃ち抜いた。
撃音が辺りに響き渡り、神社の木に止まった鳥は散らばるように飛んでいった。
「……あんたなにやってんだ!自分を撃ってどうする!」
すぐに来ていた着物の帯を男の手へ包帯のように結んだ。
男は項垂れている。
「……全てが終われば、今度は頭を撃って死ぬ。その前に……悪い奴を撃つ……」
男はヨシオ置いて、神社の階段を下りた。
なぜか助かったヨシオ。今何が起きてるのかがよくわかってない。
ただ……あの男は妻子を助けた上に、自分の命を奪わなかった。犯罪者の俺を。
……恩は返さねば……恩知らずな部下とは俺は違う……
「待て!俺はあんたに救われた!俺も手伝う!何でも言ってくれ!」
「……ならば妻子をつれて遠くへ引っ越せ。おまえを殺したと報告する……」
男の手からは出血が止まらず緊急の包帯は血で溢れていた。
「……できない。俺もあんたの考えに賛同する。どうせ捨てた人生だ。」
ヨシオは男の肩をかついだ。
取り合えず民宿へ連れていこう。
「知ってるだろうが……田沼ヨシオだ。」
「……山本……ガブリエル……康二」