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2、あるべき姿なら

 本来なら、仕事をしていないお父さんがコロの面倒を見るべきなのだ。仕事もしていないくせに、日中は必ずどこかへ遊びに行く。たまに日雇いの仕事を見つけているみたいだけど、働くよりもパチンコへ行くことの方が多いのだから呆れてしまう。


 コロの遊びたがりに観念した私は、その場しのぎ程度にコロに構ってやることにした。もちろん、その程度ではコロは満足してくれない。何度だって遊んでくれと催促に来る。

 おかげで、学校では友達のユッコから付き合いが悪いと非難を浴びせられた。


「仕方ないじゃん。私だって好きで断ってるわけじゃないし」


 コロへの苛立ちが、ついユッコに向いてしまった。彼女は眉をひそめ、ほかの友達のもとへ行ってしまった。

 もともと話の合う子ではなかったけれど、クラスで孤立するのは怖い。何とかして彼女との関係を戻したいところだが、コロを連れて遊びに行くわけにもいかなかった。


 ユッコは、動物アレルギーだから。


 ケンカした時には、犬でもけしかけてやろうかと思った。でも、学校帰りに野良猫を見つけて五分ほど遊んだだけでひどい喘息の症状が出たのを見てからは、そんな意地悪い考えは浮かばなくなった。

 家に帰ればユッコとの距離が遠のく上に大型犬が遊べと襲いかかってくる。学校でユッコたちと遊んでいれば家にいる猛獣がリビングを破壊する。

 究極の二択だったが、コロが我が家にいるのもあと二日。ならば、と前者を選択した。

 それが正解だったのか不正解だったのかは分からない。けれど、コロはちぎれそうなほどに尻尾を振り回し、大いにはしゃいだ。おばあちゃんの家でどれだけ欲求不満になっていたのだろう。


 付き合いきれないと感じて「ほーら、私だよ」と顔を描いた風船をけしかけてみた。

 ぽよん、とはねた風船に、目を輝かせて牙をむき出しに飛びついた。風船は案の定割れ、コロは一瞬フリーズした。

 これで懲りただろうと気を緩めかけたが、犬の立ち直りは早かった。すぐに別のおもちゃを持って戻ってくると、今度はこっちだと主張してくる。

 作戦失敗だった。


 おもちゃで遊んでいても、飽きるとまた別のものを持ってくる。そういう時にだけ知恵が回るのが、なんとも腹立たしかった。

 私が我慢の限界に達しそうになったタイミングで、ちょうどよくお父さんが帰ってきた。泥で汚れた作業着を着たお父さんは、疲れた表情一つ見せずにコロと遊び始めた。


 これでようやっと蛍が見られる。


 窓際に立って表を眺めると、ちらほらと蛍が行き交っていた。時刻は午後六時半。この時間帯にしてはまばらなようにも思えるが、今朝小雨が降っていたことを考えると妥当なところか。

 私はいつも通りにお父さんの夕飯コールを無視して、窓に張り付き続けた。


 雨の日になると、自転車のフレームにビニール傘をひっかけて走る人が多くなる。傘差し運転が危険だといわれていても、自転車の利便性という誘惑には勝てないらしい。

 かくいう私も、傘差しの自転車が好きな一人だ。雨に濡れた傘は、街灯の光を乱反射する。自転車のライトも、雨で屈折して普段とは違った蛍を演出する。なかなか風情のある光景で、気が付けば何枚も写真を撮っていたことがあった。

 見るのが好きなだけで、実際に自分が危険運転をするわけではないのだけれど。




 コロがおばあちゃんの家に帰った。

 たったそれだけのことなのに、大きな悩み事が解決した後のような清々しさがあった。


 ユッコにコロが家に来ていたことを話すと、彼女の方から謝ってくれた。私も謝って、仲直りをしてカラオケに行った。きっと、「私の制服も犬の毛がいっぱいついてたから……。ユッコのアレルギーが出ちゃ困ると思ったんだ」としおらしく言ったのが効いたのだろう。


 なんだ、コロが来る前よりいい毎日になってるじゃん。これも苦行に耐えたおかげ?

 なんて考えながら、行きたくもないファストフード店で無駄話に時間を費やした。話しながらLサイズのポテトをむさぼり、チーズバーガーをかじり、コーラを飲む。

 これが女子中学生としてあるべき姿なら、受け入れるまでだ。

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