プロローグ、脱出してやる
五年前に香織さんがうちを出ていった。
そのころ、お父さんは職場で起きた事故のせいで入院し、仕事を失くしたばかりだった。香織さんが出ていったのは、事故がきっかけだったんだと思う。
香織さんがいなくなったことで、私はお父さんと二人きりになった。
事故で左手が不自由になったお父さんは、日常生活にすら支障をきたすようになった。安定した仕事に就くこともできなかった。毎日どこかへ出かけているようだけれど、生活は日増しに貧しくなっていった。
安いボロアパートに引っ越して四年。外食に行けなくなって三年半。新刊の漫画が買えなくなって二年と八か月。新しい服が買えなくなって一年とちょっと。
全部メモしてあるなんて、お父さんが知ったらどんな顔をするだろう。
でも、私は知ってしまったから。お父さんが、仕事のない日にパチンコやら競馬やらでお金を使っている。毛嫌いしていたはずのお酒や煙草の臭いが、いつのまにか体に染みついている。仕事一筋だったお父さんは、職を失ってからガラリと変わった。
責めるつもりはない。私だって、働いていないから。
アルバイトは高校生にならないとできない。あと、一年と少しの辛抱だ。
――あと一年経ったら、アルバイトでお金をたっぷり貯める。そして、こんな生活脱出してやる。




