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悪魔の微笑  作者: 晴彦
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屋上

 ちょっといいかな、と昼休みに赤松洋次に屋上に呼び出された。同じクラスという以外はさして接点がない彼が何のようだろうと陶矢は不思議に思いつつも屋上に向かった。屋上は解放されているわけではないが、施錠されている扉は簡単に飛び移ることができた。

 屋上の真ん中に洋次は立っていた。

「きてくれたか」

「話って?」

「俺、雨野のこと匿ってるんだ」

「へぇ」

 陶矢は話の展開が自分の好ましくないところに行き着くのではないかということを危惧した。

「なんで俺にそんなことを?」

「陶矢はさ、傷を負ってるだろ? たぶんそのことを今も引きずってる」

「質問に答えろよ」

「俺も同じだ。それに雨野先生もな。俺は前から雨野先生のことを慕ってた。いい教師だと思ってたよ」

「だけどもう元の面影もない。俺は同情しない。女に凶器を使うような奴は最低だよ」

 匿ってるといった。正気だろうか。雨野は逮捕状が出ている。匿ったら共犯じゃないか。

「雨野を匿ってるのか?」

「そんなこといったか?」

 にやけ面をする。何のつもりだろう。

「……じゃあ忘れてやる。この話はなかったことにしよう。あと、悪いことはいわないから警察に言ったほうがいいぞ。共犯にされないうちにな」

 陶矢は立ち去ろうとした。

「雨野は裏切られて、おかしくなった! 俺もあの人の立場なら同じくらい狂っちゃうかもしれない」

 陶矢は首を振った。

「いいから、もし保護してるなら雨野を引き渡せって。また女子が病院送りになるのはみてられない。みんな怯えてて、可哀想だ」

 最初はこの日常が終わるのならなんでもいいと思っていた。しかし、陶矢はまだ多少の人間性があるようだ。

「女なんかみんな死ねばいいんだ」

 洋次は憎々しげな目で陶矢を睨みつけていた。その目から出る涙を隠そうともしなかった。それから彼は陶矢を残して去っていった。

 何があったにせよ、女とのいざこざだろう。よくあることだ。自分だけが不幸なわけじゃない。

 陶矢は溜息をついた。どうして洋次は自分を屋上に呼んだのだろう。あんなくだらない話のために自分を誘って。馬鹿馬鹿しい。苛立たしい気持ちは、久しぶりだった。だがすぐに苛立ちも虚しいものになる。空虚さは、いつかは消えるだろうか。

 陶矢は自嘲した。まだこの虚脱感から抜け出すことはできなさそうだ。

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