表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歯車付き  作者: じー
1/1

遅刻

「申し訳ありません。出席番号12番の車谷ナツキ、遅刻しました」


 教室に、何人かの忍び笑いが溢れる。

 教師は苦笑し、少女の胸から生えたぜんまいをはたいた。それはよほど深く突き刺さっているのか、ぐらつくことは無い。


「わかりやすい嘘を言わないの、ハヅキさん。あなたのお姉さんはちゃんと時間通りに登校していました。……ほんと、あなたにぜんまいが生えていて良かったわ。これが無ければ騙されていたかも」


 言って、出席簿に鉛色のボールペンを走らせる。

 少女は爪先立ちになり、出席簿を覗き込む。勢い余って胸元のぜんまいを教壇にぶつけてしまい、鈍い音が響いた。くすくす笑いが少し大きくなる。

 13番、車谷ハヅキ。遅刻を表す印は、何度見直してみても彼女の名前の横に存在している。

 自分の遅刻を姉に肩代わりさせてやろう作戦、失敗。ハヅキは苦笑いを浮かべながら自分の席まで歩き、座った。ぜんまいをぶつけないように角度に気を配ったため、大きな音は鳴らない。

 窓際の席だ。春の陽射しが薄いカーテン越しに端の席を一列ほど照らしている。それと同じように、照らされた埃がきらきらと踊っていた。この高校はあまり掃除に力を入れていない。

 隣席の少女が、呆れ顔で眼鏡を外した。その拍子に、肩口で切り揃えられた頭髪がさらりと揺れる。


「もう、ハヅキの馬鹿。なんであんなこと言ったの。バレるに決まってるでしょ。あんた、自分に何が生えてるのか忘れた? それとも、ぜんまいと一緒に頭のネジまで緩んでたとか?」


 その少女は、ハヅキとほとんど同じような見た目をしていた。短い髪、血色のいい肌、眼鏡で丁度隠れる位置にあるほくろ。その眼鏡まで同じものを使用しているのだから、念が入っている。学校指定の制服に身を包んでいることもあり、彼女たちを見た者は、鏡像でも見ているかのような錯覚に陥るだろう。

 そうではないと判断できる唯一の点は、胸から生えたぜんまいの有無ぐらいだろうか。先に座っていた少女の胸には、何も刺さっていない。


「だって、遅刻するのは私ばっかりじゃん。たまにはナツキも出席簿にペケマークをつけないと、バランス悪いよう。あーあ、これさえ無ければなぁ」


 ハヅキは唇を尖らせると、胸部から生えたぜんまいをいじくった。

 真鍮色をした大きなぜんまいだ。大人の頭ほどはあるだろうか。

 点状に緑がかったサビが、作られてから長い時間が経過していることを示している。胸の中心に突き刺さってはいるが、幸いなことに制服は羽織るタイプのブレザーなので、ボタンの合間からぜんまいを出すことができている。これがチャック式のセーラー服だったら、途中でぜんまいに引っ掛かってしまって着ることができなかっただろう。

 どれほど深くまで根を伸ばしているのだろうか。ネジの太さはハヅキの手首ほどもある。ボタンの隙間からちらりと覗く胸元には、赤茶けた包帯がさらしの様に巻かれているのが伺えた。血が周囲に垂れないために、そして刺激の強い根元がうっかり見えないようにするためにという本人なりの気遣いだ。


「悪いのはバランスじゃなくて、家を出る時間でしょう。大体何よ、その眼鏡。ハヅキは視力悪くないじゃない。まさか、私に濡れ衣を着せるためだけに用意したの? そんな努力をする暇があったらもっと早く準備をすませなさい。似合ってないわ」


 ナツキは畳み掛けるように言い放ち、眼鏡を掛け直して前を向いた。ほくろの隠れた横顔をしばらく恨めしげに見つめてみたが、黒板を見据える視線はチラともぶれない。話を続けるつもりは毛頭無いらしい。


「似合わないって……全く同じ顔をしているくせに」


 ぜんまい仕掛けの少女は恨めしげにつぶやき、双子の姉とは対照的に眼鏡をはずした。

 薄いレンズ越しに見ていた時よりも視界が明瞭になる。と言って、その明瞭な視界に映るものは、特筆すべき事の無い教室なのだが。

 小さくため息をつくと、姉に倣って顔を前に向ける。視線の先では、教壇に立つ教師がノートを見ながら連絡事項を伝えていた。


「今日の健康診断ですが、私たちのクラスは三時間目の途中ぐらいになります。二つ前のクラスが終わったら連絡が来るので、他クラスの授業を妨げないよう、静かに更衣室に移動してください。貴重品は各自持ち歩くこと。聴診器を当てるので、診察の前に女子はブラジャーを外します」


 右から左へと聞き流しながら、ハヅキは胸元に両手をやり、二、三度グイとぜんまいを巻く。心臓をも貫いているであろうネジが、わずかに上着を巻き込む。この行為は習慣的に行われているのか、よく見ると制服にはぜんまいを中心とした放射状の皺がよっていた。紺のブレザーが、わずかにその色を濃くした。

 手を離す。固く締められたぜんまいがゆっくりと戻り始める。動力の伝達を受けた心臓が強く鼓動し、ハヅキの体に活力が湧く。

 少女は満足気にうなずくと、迷いの無い動きで机につっぷし、居眠りを始めた。ぜんまいをぶつけないように角度に気を配ったため、今度も大きな音は鳴らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ