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花より食事

 さっきまで居た丘を越えてまた森に入る。獣道にしては広い道をてくてく歩き、森を抜けるところでリンクがくるりと振り返って両手を広げた。

目を見張る程綺麗な笑顔の横にだらんとした狼。ミスマッチも程がある。

「到着だよー!」

 リンクの後ろに広がっていたのは、一面が色とりどりの花で覆われた花畑だった。

「…すご」

 ルミが呟く。同感だ。こんな花畑が現実にあるとは思わなかった。

 俺達が感動に浸っていると、ひょいひょいとリンクが器用に花を避けて先に進んで行ってしまう。

 二人で慌てて後を追いかけた。花を避けながら進むのは存外難しい。それに花畑は丘と丘の間に出来ているらしく下り坂で、尚更難易度が高い。

 先を行くリンクは、坂を下りきった所で立ち止まって手を振っている。そこは小さな池と何本かの木があった。川は見当たらない。

「アンタ速すぎよ!」

 追い付いたルミが叫んでいる。全力で同意したいが、俺からすればお前も十分速い。

(二人とも俺がいること忘れてないか…?)

「クロト君も早く早くー」

 リンクが呼んでいる。

「無茶言うなよ!…あ」

 叫んだら足元に咲いてたすみれのような花を踏んでしまった。

「花は気にしなくても大丈夫だよー」

 察したリンクが告げる。もっと早くに言って欲しかった。

「先に言いなさいよ!」

「えー」


 ルミとリンクが何事か言い合っている。楽しそうだ。俺も混ざりたい。

 花を多少気にせずに歩いてなんとか池の傍まで辿り着く。大した距離も無いのに妙に長かった。

「クロト君到着ー」

「お疲れー」

二人は何処かにあったらしい丸太に座っていた。所々に苔がついていて川が少し剥がれていた。

 ルミが持っていたバスケットは丸太の側の古い切株に置かれている。花や草に埋もれてて気付かなかった。

 ぺちぺちとリンクが自分の左側の丸太を叩く。素直にそこに座ると、小さな池が目の前に広がる。池には蓮に似た丸い葉がちらほら浮いていた。

周りの花が水面に映って何処か神秘的に感じる池だ。「クロト君食べるよー?おーいクロトくーん」

 リンクが間延びした声を掛けながら俺の前で手を振る。

「あ、ああ。悪い」

「どうかした?」

「な、なんでもない」

「…ああ。綺麗だよね。ここ」


 リンクが今さっき俺の見ていた方に目をやった。

 俺が目を奪われていた光景は、リンクにとっても感慨深いものなのかもしれない。そう感じる程に感情の籠った声だった。

「確かにな…」

 俺に気のきいた答えを返すという高等技術は無く、適当な相づちを打つことしか出来なかった。

 少ししんみりした空気を変えるように正面やや下の切株に視線を移す。

 いつの間にか置かれていたバスケットは開いていて、ルミは早くもサンドイッチを口一杯にほうばっていた。

「んぐんぐ…。食べないの?」

 呑み込んでから此方を見て訊ねる。頬に付いたパン屑が微笑ましい。

「いや。良い食いっぷりだと思って」

「何よそれ」

 ルミが笑う。

「ルミ」

 リンクが白魚のような、という比喩が良く似合う指を伸ばしてルミの頬に触れる。

「な、何!?」

「付いてたよ。ほら」

 そう言って人差し指に付いたパン屑を見せる。こちらからリンクの表情は見えないが、ルミは顔を赤くしてそっぽを向いた。多分リンクは笑ってるんだろう。

 誤魔化すようにサンドイッチをかじる。さっきのように豪快にでは無く少しずつだ。気にしているらしい。

「僕らも食べよ?」

 リンクがバスケットを自分の膝に乗せて中身を見せてくれた。

「…その前に手洗いたいんだけど」

 手を見ると結構汚れてる。

「んー…これでいい?」

 リンクがパチッと指を鳴らす。俺の目の前にいきなり小さな滝が現れた。

「うおっ!?」

「それで手洗って」

 言われた通り絶え間無く落ちていくそれで手を濯ぐ。水は思ったよりも冷たい。

ふと、足が濡れるんじゃないかと下を見た。しかしそれは杞憂だったようで、落ちた水は地面に着く前に霧散して消えていた。

 洗った後に流れる水を少し掬って飲んでみる。味が無い。というか不味い。


「それ、美味しくないよ?」

 リンクが苦笑しながら言う。実行済みのようだ。

 リンクが再び指を鳴らす。滝が跡形も無く消えていった。

「先に言ってくれ」「なんで不味いんだろ」

 リンクが不思議そうに呟く。俺の抗議は無視ですか。そうですか。

「確か、純水は不味いんだよな。関係無いけど…」

 小学校の理科でやった気がするが、いかんせん定かでは無い。

「じゅんすい?」

 リンクがおうむ返しに訊ねる。発音が明らかに平仮名だ。

「混じりけの無い純粋な水の事だ……多分」

「水に何か混ざったりしてるのが普通なの?」


 リンクはこてっと首を傾げる。おそらく俺がやったらキモイであろう仕草の一つだ。妙に似合うなこいつ。

「水って結構色んなもんが入ってるらしいぞ」

「そうなんだ…。例えば?」

「カルシウムとかカリウムとかナトリウムとか?」

「むむっ…わかんないよー」

「後で説明するよ」

 わからない単語を連発された、リンクはむくれてしまった。

 正直なところ俺もよくわからない。客観的に考えで知ったかぶりで語る自分はかなり気持ち悪いと思った。

(電子辞書あったか?説明とか言ったけど)

「わかったよ。それにしても物知りなんだねークロト君は」

小学生並の雑学でもリンクには凄い知識に見えるらしい。目を輝かせて見上げてくる。これが尊敬の眼差しという奴か。心が痛い。


 今気付いたがリンクも俺より目線が下だ。身長はあっちのが高いのに。

「…日本人だから仕方無い。日本人だから仕方無い。日本人だから……。寧ろこれは美徳。コイツらが皆外人だと思えば……」

 ふとスタイルの良い友人の姿が頭を掠めたが気のせいだろう。

「クロト君?」

 リンクが不思議そうに声を掛けてくる。ルミがゴミでも見るような視線で俺を見ていた。

「…あ、悪い。ちょっと悲しくなってた」

 ルミの視線で更に。

「そ、それじゃ早く食べよっか。ね、クロト君どれがいい?」

 リンクが少し驚きながらバスケットを見せてきた。気を使ってくれてるらしい。

「……美味そうだなー」

「いっぱいあるからね」

 バスケットには林檎とフランスパンのような固そうなパンを輪切りにした物。それにレタスやトマト玉子等を挟んであるのが並んでいる。 バスケットを見る限りルミは…七つ目に取りかかっている。早いな。

「…じゃあこれ」

 行儀悪く指をあれこれとさ迷わせて、レタスとトマトと茶色の干物が挟んであるサンドイッチを選んだ。

「別に選ばなくても。五種類くらいしか作って無いし」

 リンクが笑いながらチーズとトマトのえらくシンプルなサンドイッチを選んでバスケットを切株に戻す。

 ルミが手を伸ばして新しいのを取ってった。八つ目だ。

「どれも美味そうなのがいけないんだって」

「なら嬉しいな」

 穏やかに微笑むリンクを横目に見てサンドイッチにかぶり付く。

 トマトが思ったよりも酸っぱいのと、茶色いのが肉だった事以外に変わった点は無かった。

「うまっ!」

 味は文句無しで美味かった。

「ならよかったよ」

 嬉しそうに笑って足をパタパタさせるリンクは子供っぽかった。



◆◆◆◆◆



 食事を終えた俺達は十二分の一カットした、かなり酸っぱい林檎を食べている。焼き林檎にしたらさぞ美味いことだろう。

 林檎はリンクが魔法で切ってくれた。スパスパと空中で切れていく林檎の姿は爽快だった。

 結構あったサンドイッチは殆どルミ(五割)と俺(四割)の腹に消えていった。

 林檎も食べ終え満足げに腹を撫でていると、ルミとリンクが此方を向いてきた。

「気分とか大丈夫?」

「気持ち悪いの治った?」

 同時に、そっくりな表情で問い掛けてくる。何の事かわからなかった。さっきまでの気分の悪さは嘘のように消え去っていたのだ。言われてやっと思い出す程に。

「え?…ああ大丈夫。てか聞くの遅くねーか?」

 曇り顔の二人に軽口を叩く。今の今まで忘れてた俺が言える言葉では無い。

「ならいいんだけどさー」

 納得いかないと言った表情のルミがしぶしぶと頷いた。

「あれだけ食べれれば問題無いのかな。…あ!話変わるけど」

 リンクが最後の林檎を呑み込んで言う。

「なんだ?」「あの干し肉がリベアウルフの肉なんだよー」

「それホント?」

「うん」

「魔物って美味しいのねー」

 ルミが感心した様子で呟く。なかなかワイルドなお嬢様だ。

「クロト君もこれでもう大丈夫だね」

「いや。魔物を食う事が嫌だった訳じゃねーんだけど」

 ドヤ顔で胸を張るリンクには申し訳ないが違う。

「血が嫌だったんでしょ?」

「あ、そっちか」

 リンクがポンッと手を打った。凄く爺臭い。

「さっきその話してたんだけど」

「聞いて無かった」

「素直ねーアンタ」

ルミは呆れたように言う。まったくだ。

「ところで、なんで俺達をここに連れてきたんだ?」


 今の話の流れで気になった事を訊ねる。

「…え?んー…何となくかな?」

「思いつきかよ」

「うん」

 とんだ気分屋だな。

「嘘でしょーが」

「…バレてた?」

 言葉の割には楽しそうな笑顔のリンク。

「当たり前でしょ?」

 ルミも似たような笑みを浮かべている。何が嘘なのか全くわからない。

「え?え?え?」

「ルミが鋭いのかクロト君が鈍いのか…」

「後者ね。絶対に」

 やっぱりわからん。しかし俺に対して何か失礼な事を言ってるのはわかる。実に遺憾だ。

「何がだよ」

「「わかんなきゃいいよ」」

「酷くね!?」

 何度目かのシンクロ。こいつら思考回路が似てるんだろうか。

「事実なんだからしょうがないでしょ?」

「ぬぬぬ…くそぅっ」

 言い返せない。

 逃げるように元来た道の方を向く。現実逃避とか言ってはいけない。絶対にだ。

 見上げると空の青と黒くて細い雲、森の緑と見事な花達。色とりどりで綺麗な景色だ。日本では見られない色合いに、荒んだ心が晴れるような…って黒い雲?

「あれ…雨雲にしては細いよな。煙か?」

「何が?」

「あれの事?」

「そうそう」

 二人が興味を示す。リンクが黒い煙を指差した。

「あれって孤児院の方よね」

「何か燃してるのかな?火は消したし」

「それって危なくね?」「ん……、悪いけど先に戻る。二人とも帰り道は大丈夫?」

「多分平気。煙もあるし、いざとなったら人に聞くから。ね、クロト」

「だな」

「そっか。ならいいや。じゃ、また後でねー」

 言う也否やギュンッ!と音がするくらい足を踏み込んで地面を蹴って走り出した。

「速っ!」

「雨が降りそうだから早めに帰ってきてねーー!!」

 森の手前で振り返ったリンクが大声で言って、また走り出す。

 空は見事な晴天だ。朝陽が眩しい。


「了解よー!…ってもう見えないわね」

 リンクに負けじと大声でルミが叫び、確認してから肩を落とした。

「こんなに良い天気なのに雨降んのか?」

「降るわ」

「…ちなみに根拠は?」


 あまりに確信しきった物言いなので、訊いてみた。

「勘よ」

「天気予報が出来るとかじゃねーのかよ!」

 真顔で言い切った。俺の期待を返してほしい。

でも頼りない筈なのに妙な説得力がある。不思議だ。

「冗談よ冗談。なんとなくそんな気がするってだけ」

 それが勘だろうという野暮な発言は、喉まで出かかったところで押し留める。

本人もわからないと言った表情だ。

「お前がわかんねーなら俺もわかんねえよ」

「やっぱ勘かな。…謎ね」

 指を回してルミが俺の飲み込んだ事を言う。こっちの台詞だっての。文字通り。

 溜め息の代わりに首を回して、視界に入ってきた物にげんなりする。

「……なあ」


「なに?」

「…あれどうする?」

 狼を指差す。

「……アタシが持ってくわ」

「…悪いな」

「気にしなくていいわ。それより足診して」

「足?」

 伸ばしている左足を指すとルミは頷いて続ける。

「ホントは木の上の時に見るべきだったんだけど…」

「リンクが来たから流れた、と」

「アタシの我が儘でもね。ほら早く」

 木のところまで歩かせたのを気にしていたらしい。

「痛くすんなよー」

「んなミスしないっての」


 心外だと言わんばかりの口調でリンクの座ってた所までずれてくる。

ルミは足をずらして、丸太に上半身をくっ付けて俺の足に触れた。 柔らかく触れてくる手が淡い光を帯びていく。

「……え?」

 暫く無言で治療に当たっていたルミが困惑した声を上げた。

 医者が難しい顔をすると怖いと聞くが声でも怖いんだな…。

「…な、なんだよ?」

「アンタって昔から怪我の治りとかってどうだった?」

「…へ?」

 難しい表情で見上げてくる。手は依然として光ったままだ。

 どうって…速さの事だよな。質問の意図がわからない。意味はわかるけど。

「だから~!怪我の治る速さはどうだって言ってんの!」

 黙り込む俺を理解してないからだと思ったのか、焦れたルミが顔を赤くして怒る。

「普通だったぞ。至って」

「ホントに?」

「嘘偽りなく」

「…どういうこと?」

 怪訝な顔で呟く。俺が聞きたいっての。

「一体俺の足に何が起きてんだよ」

「…え?ああ、そうよね。ごめん、驚いちゃって」

「……」

「そ、そうじゃなくて!治りが凄く速いの。良いことよ」


 俺の表情が曇ったことに慌てながらも、安心させるように柔らかく微笑んでくるルミ。小説とかなら聖母のようなという表現が手前に付きそうな笑顔だ。

「そ、そうなのか…」

「そうよ。アタシが三日って見積もったのにもう治りかけてるんだから」

「へー…ってもう!?」

 骨折って治るまで2、3ヶ月はいるんじゃなかったか。

「びっくりよねー。あと15分でかなりいけるかも」

「速ぇなぁ…」「3日あれば完璧に治せると思ってたんだけど、完全にあてが外れたわ。勿論いい意味でね」

「普通はどれ位かかんの?」

「骨折だし…5日から10日?」

「ざっくりだな」

「仕方無いでしょ。アタシが規格外なんだから」

 ルミが得意げに鼻を鳴らす。

「それに治癒魔法って使える時間が短いのよ。長くても…20分ってとこかな。だから治るのにもそれなりに時間がいるの。それでも自然治癒の数倍は早いけどね」

数倍ってか数十倍だと思う。

今の話を聞くかぎり、この世界の人たちは入院とか故障とは無縁という風に感じる。そんな都合のいいものでもだろうけど。

「ルミはどんくらい使えんだ?」

 15分でどうたらとか言ってたから普通なのか。

「アタシ?アタシは……30、いや40?…わかんないわ。気にしたこと無いし」

 さらりと凄い事言ったな。つまりあれか。気にする必要が無い位使えると。

「凄いなお前」

「…!へっへー、でしょでしょ!?もっと褒めなさい!」

「ハイハイ」

 褒められたのが嬉しいのか、だらしなく緩んだ顔で見上げてきた。その顔は少し間抜けで可愛いがへっへは無いだろうへっへは…。年ごろの女の子が。

「こうか?」

 呆れつつも褒めろとのお達しなので、とりあえず頭を撫ででみる。なんだか大層お気に召したようで、甘える猫の如く頭を俺の手に押し付けてきた。ごろごろと幻聴が聞こえそうだ。

「ふふっ!もっと撫でなさいなクロト」

 嬉しそうに目を細めながらも手は光り続けている。なんだかんだで結構真面目なのかもしれない。

「犬猫の類いかお前は」

 ふわふわの金髪を梳かすようにして撫でる。指の間を細く波打った柔らかい髪がするすると通っていく。男とは大違いの触り心地で癖になりそうだ。

「違うわよ!失礼ねー」

 ペットと同列扱いは流石に嫌なのか上目で睨んでくるが、撫でられているため迫力が三割は減っている。子猫の威嚇みたいだ。

「よしよし」

 軽くあやすようにポンポン軽く叩いてみる。

「ふにゃ~……ってその微笑ましいもの見る目をやめろー!」

 効果は抜群みたいだった。



 そんなやり取りはルミの宣言通り15分程経った後終止符が打たれた。

「治ったー!」

「おお!」

「じゃあ今から足の固定解くから杖使って立ってみて」

 そう言って何だか訳のわからない言葉を呟いて、俺の足に再度触る。呟かれた瞬間、足にあった軽い圧迫感のようなものが無くなった気がする。

「…もういいのか?」

「多分。立ってみて」

「ふ、不安だな…」

 ルミが体を起こして横にあった杖を渡してきた。それを受け取って立ち上がる。

 杖に寄りかかって、右側に重心を置いているので足の状態はわからない。恐る恐る左足に体重を掛ける。端からみたらえらく滑稽なシーンだろう。

「…どう?」

 ルミが強張った顔で聞いてきた。

「…お?おおおおおお!?す、すっげえ!痛くねーぞ!?」

「そ。よかったぁ」

 アホみたいにはしゃぐ俺を見て、ルミは安心したのか肩をストンと落とした。

「本当にスゲーよ!ありがとな!」

「大丈夫だとは思うけど、激しい運動はしないでね」

 その辺をふらふらと歩いたり跳ねたりしていると、ルミに釘を刺される。当然だな…。

「おお、わかった」「くれぐれも無理はしないこと!」

 ルミが立ち上がって俺の目を覗き込んで、念を押した。

「わかってるって」

「ん。じゃあ帰ろっか」

 俺の答えに満足そうに頷いて、バスケットを手にとった。

「あ、それ持つよ」「ありがと。よろしくね」

 ルミはそう言って、空っぽのバスケットを俺に渡し、丸太を跨いで顔を歪ませながら狼の方へ向かう。

「うえ…」

「が、頑張れ」

「…うん」

 近くまで行くと、手をかざして何かを呟く。すると、狼が先程のように不気味に浮かび上がった。

「いつ見てもあれだな…」

「食べ物これは食べ物これは食べ物これは食べ物これは食べ物…」

 こちらに歩いてくる様子の無いルミに近付くと、ぶつぶつと何かを呟いていた。ある意味狼よりも不気味だ。

「…だ、大丈夫か?」

「…これは食べ物これは食べ物これは食べ物これは…」

「…行くぞー」

 最早、反応すら返って来なくなったルミは固まったようにその場を動こうとしないので、仕方無く右腕を掴んで歩き出す。

 これではさっきとはまるで真逆の状態だ。あの時、ルミは平然としていたのに今はこれ。一体どうしたんだこいつは。

「……まあいいか」

 考えるのが面倒くさくなった。軽く息を吐いて歩くスピードを上げる。

横に人がいるのに独り言を言うのは初めての経験だったとしみじみ思いながら。

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