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朝方の出来事


少しだけ流血表現があります。





「アハハハ……ふぁ…へ、へぶしっ!!」

「大丈夫か?」

「だいじょぶぇっきしっ!…ぅ、駄目ね」


ルミの高笑いは五分程続き、かなりおっさん臭いくしゃみで終止符が打たれた。ぶるりと震えて寒そうに肩を擦っている。

長袖ではあるがかなりの薄着だ。当たり前だろう。


「…忘れてた。俺が着てたやつだけど、これ…手ぇ冷たっ!」


クロトは管理人に頼まれてた事を思い出して、ルミに着ていた上着を渡す。その際にルミの指先と自分のが当たり思わず大声を出す。


「気にしないわ別に。…そんなに冷たい?」

「大声出すくらいには。あんまり身体冷やすなよ。女の子なんだしさ」


ルミは躊躇い無く上着を羽織りながら訊ねる。クロトは少し説教くさい口調で応じた。


「そう?あと、そのあ、あ…ありがと心配してくれて」

「お、おう…」


意外にも素直に礼を言われたのにクロトは面食らう。

照れなのか寒さなのかは些か判断しかねるが、ルミの白い頬が赤らんでいて垢抜けた美貌に可憐さがプラスされている。それに上目遣いときた。身長に対した差は無いのに二人の目線はかなり違う。その事実に気付いてクロトはときめきと同時に自身の足の短さに悲しくなった。


「セツカさんがた、多分薄着だろうからって。杖と一緒に、貸してくれたんだ…よ」


クロトは不自然につっかえつつ、聞かれてもいない事情を話す。話題を逸らしたいのが見え見えだ。


「そうなんだ。てか何で緊張してんのよ」


ルミは驚いたような感心したような声を出す。

その後クロトの様子に口元を押さえてクスクスと笑う。さっきの馬鹿笑いとは違う品のある所作で。


彼女は無理矢理な話題の転換には疑問を抱かなかったらしい。クロトはルミの様子を見て、その上品さ感心しつつ胸を撫で下ろした。


「う、うっせ」

「ごめんって。ところでアンタはなんでここがわかったの?」


ルミが納得した後、いきなり話を変える。仕返しのつもりなのだろうか。


「…んと、歌が聴こえたんだよ。で、そのままこう、ふらふら~っと」

「歌?」

「まあ歌詞は聞き取れなかったけどさ。お前なんか歌ってたろ?」

「あー……あれか」


どうやら思い出したらしい。仄かに赤らんでいた頬が更に色付いた。


「すげぇ綺麗な歌だったけど、何の歌だ?」

「ん、んな大層なもんじゃないわ。ただの子守歌よ」

「子守歌?」


子守歌と聞くとクロトの頭には“ねんねんころりよ~”から始まる江戸子守唄しか浮かんで来ない。

自分の持つイメージの子守歌とはかけ離れている。


「うん。良い歌でしょ?」

「ああ!何回でも聴きたいくらいだぜ」

ルミの質問に同意する。子守歌がどうの以前にとても良い歌だった。


「そう?」


クロトの返事にルミは、自分の事の様に嬉しそうに笑う。


「だからさ、もっかい歌ってくんね?」


手をパンッと合わせて拝む様に頼む。


「へ!?……嫌よ」


ルミは目を見開き、小さな声で嫌がった。


「そこを何とか!」


クロトは諦め悪く食い下がる。


「いーや!」

「いいだろ!?」

「やだってば!」

「〜〜っ何でだよ!」


再三断られ半ば逆ギレのように食って掛かる。


「……は、恥ずかしいから」

「え…」


ぽつりと呟かれた言葉にクロトの勢いが削がれる。


「…さっきは不特定多数にも聴こえるみたいだったのにか?」

「それはっ…そうだけど。改まって個人の前で歌うとか…その、恥ずかし過ぎるじゃない!」


クロトの質問に殆ど自棄になって答える。顔は例に漏れず真っ赤で、顔に出やすいんだなー、とクロトはルミの印象を上書きした。


「自信持てよ!お前の声超綺麗だぞ?」


ルミの少し潤んだ目を見詰めながら言い切る。しおらしい態度の彼女はやっぱり可愛いと思ったのは内緒だ。


「…笑わない?」

「当たり前だろ?」

「本当に?」

「だから、んな事するかっての」

「……仕方無いわねぇ。一回だけよ?」

「はいはい。よろしくお願いしますよ」


クロトは恩着せがましく発せられた言葉に苦笑しながら応じる。彼女の耳は赤いままだ。

ルミはさも大儀そうに息を吐いて肩を竦めた。その後深呼吸を何度か繰り返し、優しい声で歌い出した。


「……」



その歌に歌詞は無かった。ハミングや鼻歌とは違う、ただ音だけの歌。子守歌というよりは讃美歌のようだとクロトは思う。


辺りは静まり返り、ルミの歌と風で葉が擦れる音しか聴こえない。歌が終わるまでの約九十秒がとても長く感じた。


「……どう?」


ルミが不安そうに訊いてくる。


「すげぇき「綺麗な歌だねー」れい……って、は!?」


クロトの言葉に声が被った。クロトとは違う男の声だ。


「リンク!?」


ルミが下を見て驚いている。クロトも目線を辿って下を見る。そこにはバスケットと、何故か小さな子供くらいはありそうな狼の死体を傍らに浮かせたリンクがいた。


「やっほー。ルミ、クロト君」


ひらひらと二人に手を振ってくる。掌には黒っぽい赤がこびりついていた。


「ちょ、ルミ?」


クロトがリンクに気を取られていると、ルミが視界に入る。リンクの前に飛び降りたらしい。


「わーびっくりした。危ないよ?ルミ」

「どこが驚いてんのよアンタは」

「本当だよ?」

「嘘臭いわね」


二人とも言い争っているようで楽しそうだ。ルミがリンクに食って掛かっているだけにも見えたが。


「おーい、ルミー!」

「なにー!」

「どうやって降りんだー!」

「飛び降りて!」


即答だった。


「りょ、了解!」


クロトは目を瞑って足から落ちる。大丈夫だとわかっていてもかなり怖い。足が折れてるとか関係無くだ。目測でも三、四メートルはある高さからの落下だ。仕方無いだろう。


ふわりと落下速度が急に緩くなり、ストンと地に足が着く。

左側に杖を立てて、ほっと息をついた。



◆◇◆◇◆



said-K


「おはようクロト君」


俺が息を整えていると、リンクが挨拶をしてきた。明らかに言うタイミングが違う気がするが気にしないでおこう。


「お、おはようリンク」

「ルミもおはよ」

「アタシはついでか」

ルミがじと目でリンクを睨む。


「そんなこと無いよ?にしても早起きだね二人とも」

「そうか?」


俺的には遅いくらいだったんだけどな。


近くで見るとリンクの横の狼は予想よりも遥かにでかく、遥かに大量の血液を流していた。リンクの右袖や足元はそれで真っ赤に染まっている。…極力見ない様にしよう。


「ねぇ。その魔物は何?」


ルミが口を挟む。

確かに気になるが、止めて欲しい。


「これ?これはリベアウルフ。さっき仕留めたんだー」


得意気に浮かせた獲物を見せてくるリンク。俺はだらだらと頭から血とねばついた何かを垂れ流す狼から露骨に目を逸らした。


「そ、そうじゃねーって。用途を訊いてんだろ多分。うぇ」

ルミの質問の内容を正しく伝える。出来るだけ我慢していたが気持ちが悪い。だんだんグロテスクに見えてきたそれに吐き気を催す。口元に手を当てて横を向いた。


「食べるんだよ」

「魔物なのに?」

「マジかよ…」


ルミはきょとんと、俺はリンクの発言にげんなりと呟く。グロいそれを、しかも食べると聞いて更に気分が悪くなった。

“魔物を食べる”という事実は俺にとってどうでもよかった。


「確かに魔物って分類に入るけど食べれるよ。毛皮とか骨とかも結構お金になるし」


リンクは俺の様子に苦笑しながら説明する。魔物を食べる事が嫌そうに聞こえたのかもしれない。

……駄目だ。臭いでも気持ち悪い。「魔物って食べれんのね」

「動物型と植物型の極一部だけだけどね」

「ふーん…確かに殺すだけってのもアレかも。納得」


ルミが感心した声で言った。


「…ちょっとびっくりかも」


リンクは少し驚いた様に呟いた。


「何が?」

「ん、なんでもない。ところでクロト君大丈夫?」


リンクははぐらかすように、多分蒼い顔をしている俺に話掛けてきた。


「…無理」

「血は苦手?」


力無く首を振った俺にルミが訊く。顔はわからないが声が労るように優しい。


「……お前は平気なのか…?」


平然と死体を見ていたルミに逆に問い掛ける。


「割りと。人間の傷とか見慣れてるし。じゃなかったらアンタも治せなかったわ」

医療関係の人間が血に慣れてんのと一緒か。…出来れば慣れたくないもんだと思う。


「俺も…そんなんだったのか…」

「結構酷かったよ?血なんか特に」

「うげ……」


自分があの狼の魔物と同じだったと想像して、空っぽの胃から酸っぱいものが上がって来るのを感じる。喉が焼けるように痛い。


「ルミ、その話はそこまでにして移動しよ?」


俺の様子を見かねたのかリンクが話を変える。


「なんで?」

「せっかくだから外で食べようと思って、朝ごはん持って来てたんだー」


…リンクの気遣いは有難いんだけど、正直飯の話題は止して欲しい。


「ごはん!?やったー」

ルミが諸手を上げて喜んでいる。夜にあんだけ食べていても腹は減るらしい。


「…俺、いらねえ」

「大丈夫?一応さっぱりしたのもあるよ?」

「…吐きそう」

「キツイだろうけど、胃に何か入れないと、吐く時に辛いわ」

「……いい」


ルミもリンクも何か胃に入れてもらおうとしている。俺も二人の立場ならそうするが、今はただ煩わしいだけに感じる。…失礼な話だが。


「歩ける?クロト君」


リンクが訊いてくる。俺に何か食べてもらうのは無理だと踏んだらしい。

嬉しい提案だ。血の臭いが充満するここから離れられる。


「…大丈夫杖あるし」

「セツカさんから借りたんだね。それ」今更杖の存在に気がついたようだ。俺が傾きながら立っている事に疑問は抱かなかったのだろうか。


リンクの質問には頷いて答えた。


「何処行くの?」

「僕のお気に入りの場所。そこまで付き合ってね」


ルミがリンクの持っていたバスケットを受け取る。


「ふーん。じゃあ行こっか」


リンクが俺の少し離れた右側、ルミがその間に入る。視界から狼が消えた。


ルミの楽しげな鼻歌が響く中、俺達はリンクの案内する方へ歩いて行った。




ちなみにクロトの足が短いのではなくルミの足が長いんですよ。


彼の名誉(笑)の為に言っておくと



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