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とにかく陰気な草沢

掲載日:2026/07/21

 不意にドアホンが鳴った。

 草沢はビクッとなり、ドアの方を見る。いったい誰だろうか。この家を訪れる者など、そうそういないはずなのだ。

 

 ひょっとして、会社の奴か?


 草沢はテレビの音を消し、ピタリと動きを止める。このまま、居留守で押し通すしかない。

 だが、訪問者は異様にしつこかった。ドアホンを続けざまにピンポンピンポン鳴らしてくる。

 草沢は顔をしかめた。このしつこさ、そして押しの強さは……間違いない、あいつだ。

 ドアの向こうからは、草沢の予想が正しかったことを証明する声が聞こえてきた。


「おい草沢! いるんだろ! テレビの音が聞こえてたんだよ! 俺だ宮田だ! 開けないとドアぶっ壊すぞ!」


 草沢は、ドアを開けざるを得なかった。宮田は本当にやりかねない男なのだ。




「相変わらずきったねえ部屋だな。そして、このデカい冷蔵庫も相変わらずだな。で、お前どうしたんだよ?」


 いきなり聞いてきた宮田に、草沢は戸惑いながら聞き返す。


「どうしたって何が?」


「お前んとこの会社に寄ってみたら、無断欠勤したって言われたんだよ。連絡しても出ないって。だから、心配になって来てみたんだよ」


「そ、そうか。すまないな」


「無断欠勤なんて、らしくもないじゃねえか。お前、会社に気になる女の子がいるって言ってたよな。確か、井上奈緒さんだっけ? あれ、どうなったの?」


「ああ、告白したけど……」


 そこで、草沢は目を逸らす。そのリアクションで、宮田は全てを察した。


「あ、そうか、それで無断欠勤か。すまんな、嫌なこと聞いちゃって」


「いいよ。どうせ、俺なんか相手にされなかったんだ」


「それならちょうどいい。実はさ、明日飲み会やるんだけど、そこにデビューしたてのグラドルと、お笑い芸人を呼ぶことになったんだ。お前も来いよ」


「えっ、何それ……」


「俺の会社の後輩がさ、高校の時にグラドルと同級生だったらしいんだよ。で、大学では芸人と同じサークルにいたんだ。だから、そのツテで呼ぶことになったんだよ。なあ、お前も行こうぜ。芸人いればいろいろ面白い話も聞けるし、楽しく飲んでパーッと忘れちまおうぜ」


「いや、でもな……」


「なんだよ、嫌なのか?」


「グラドルは、俺のことキモいって思うだろ。口に出さないけど、絶対にそう思うよ」


「んなことわからねえだろ。会ってみれば、話が盛り上がるかもしれないぜ」


「無理だよ。グラドルの子、絶対に俺のことキモいオタクだと思うよ。第一、俺は口下手だから話せないし」


「だったら聞き役に徹してりゃいいじゃん。ほうほう、とか、それで? とか、要所要所で入れてりゃいいから」


「それはそれで、あいつ何も話さなくてキモい……とか思われるだけだろ」


「なんだそりゃ。お前は本当にマイナス野郎だな。じゃあ、芸人と話せばいい。ネットにネタ動画を投稿してるし、賞レースにも出てるらしいぞ」


「芸人は……どうせ、俺のことイジるだろ」


「いや、いくらなんでもプライベートな飲み会ではおとなしくしてんだろ」


「いや、絶対にイジるよ。俺のこと見たら、これ幸いとイジりまくるよ。あいつら、人をイジることが芸人の(さが)みたいに思ってるから」


「それは考えすぎだよ」


「お前こそ、考えなさ過ぎだよ。だいたい、若手芸人は爪痕残そうと必死なんだ。何するかわからないだろ」


「いや、今はコンプラが厳しいから……」


「草沢くんをイジってみた! とか何とか言って、俺に醤油飲ませるだろ」


「それは迷惑系ユーチューバーだろ。そんなことするか」


「草沢くんの髪を燃やしてみた! とか何とか言って、俺の頭に火をつけるだろ」


「それ、立派な犯罪だから。そんなことしたら、芸人人生終わりだよ」


「あるいは、俺をブレイキングダウンに出場させて、ボコボコにされる姿を見て笑おうとしたり……」


 その時、宮田は怒鳴る。


「んな訳あるか! もういい! 今回、お前はパスだな! 仕方ない、また来るよ!」




 宮田が帰った後、草沢はそっと冷凍庫を開ける。

 中には、凍った生首が入っていた──


「ねえ奈緒ちゃん、ごめんね。宮田の奴、本当にうるさかったよね。あいつさ、昔から声でかくて……歩く騒音公害なんて言われてたんだよ。まあ、そんなことはいい。今日のあいつ、やけにしつこかったよね。普通、俺なんかをグラドルや芸人の来る飲み会に呼ばないよ。俺が飲み会に出ている間を狙って、君を奪おうとしてるんじゃないかと思うんだよ」


 そこで、草沢は黙り込んだ。無言のまま、生首を見つめる。

 少しの間を置き、頷いた。


「やっぱり? 君もそう思う? じゃあ、宮田も殺すしかないか」


 そう言うと、草沢は包丁を手に家を出ていった。

 暗くなった室内では、冷凍庫のコンプレッサーが低く唸り続けていた。まるで、中に置かれた生首の発する呪いの声のようだった。






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