とにかく陰気な草沢
不意にドアホンが鳴った。
草沢はビクッとなり、ドアの方を見る。いったい誰だろうか。この家を訪れる者など、そうそういないはずなのだ。
ひょっとして、会社の奴か?
草沢はテレビの音を消し、ピタリと動きを止める。このまま、居留守で押し通すしかない。
だが、訪問者は異様にしつこかった。ドアホンを続けざまにピンポンピンポン鳴らしてくる。
草沢は顔をしかめた。このしつこさ、そして押しの強さは……間違いない、あいつだ。
ドアの向こうからは、草沢の予想が正しかったことを証明する声が聞こえてきた。
「おい草沢! いるんだろ! テレビの音が聞こえてたんだよ! 俺だ宮田だ! 開けないとドアぶっ壊すぞ!」
草沢は、ドアを開けざるを得なかった。宮田は本当にやりかねない男なのだ。
「相変わらずきったねえ部屋だな。そして、このデカい冷蔵庫も相変わらずだな。で、お前どうしたんだよ?」
いきなり聞いてきた宮田に、草沢は戸惑いながら聞き返す。
「どうしたって何が?」
「お前んとこの会社に寄ってみたら、無断欠勤したって言われたんだよ。連絡しても出ないって。だから、心配になって来てみたんだよ」
「そ、そうか。すまないな」
「無断欠勤なんて、らしくもないじゃねえか。お前、会社に気になる女の子がいるって言ってたよな。確か、井上奈緒さんだっけ? あれ、どうなったの?」
「ああ、告白したけど……」
そこで、草沢は目を逸らす。そのリアクションで、宮田は全てを察した。
「あ、そうか、それで無断欠勤か。すまんな、嫌なこと聞いちゃって」
「いいよ。どうせ、俺なんか相手にされなかったんだ」
「それならちょうどいい。実はさ、明日飲み会やるんだけど、そこにデビューしたてのグラドルと、お笑い芸人を呼ぶことになったんだ。お前も来いよ」
「えっ、何それ……」
「俺の会社の後輩がさ、高校の時にグラドルと同級生だったらしいんだよ。で、大学では芸人と同じサークルにいたんだ。だから、そのツテで呼ぶことになったんだよ。なあ、お前も行こうぜ。芸人いればいろいろ面白い話も聞けるし、楽しく飲んでパーッと忘れちまおうぜ」
「いや、でもな……」
「なんだよ、嫌なのか?」
「グラドルは、俺のことキモいって思うだろ。口に出さないけど、絶対にそう思うよ」
「んなことわからねえだろ。会ってみれば、話が盛り上がるかもしれないぜ」
「無理だよ。グラドルの子、絶対に俺のことキモいオタクだと思うよ。第一、俺は口下手だから話せないし」
「だったら聞き役に徹してりゃいいじゃん。ほうほう、とか、それで? とか、要所要所で入れてりゃいいから」
「それはそれで、あいつ何も話さなくてキモい……とか思われるだけだろ」
「なんだそりゃ。お前は本当にマイナス野郎だな。じゃあ、芸人と話せばいい。ネットにネタ動画を投稿してるし、賞レースにも出てるらしいぞ」
「芸人は……どうせ、俺のことイジるだろ」
「いや、いくらなんでもプライベートな飲み会ではおとなしくしてんだろ」
「いや、絶対にイジるよ。俺のこと見たら、これ幸いとイジりまくるよ。あいつら、人をイジることが芸人の性みたいに思ってるから」
「それは考えすぎだよ」
「お前こそ、考えなさ過ぎだよ。だいたい、若手芸人は爪痕残そうと必死なんだ。何するかわからないだろ」
「いや、今はコンプラが厳しいから……」
「草沢くんをイジってみた! とか何とか言って、俺に醤油飲ませるだろ」
「それは迷惑系ユーチューバーだろ。そんなことするか」
「草沢くんの髪を燃やしてみた! とか何とか言って、俺の頭に火をつけるだろ」
「それ、立派な犯罪だから。そんなことしたら、芸人人生終わりだよ」
「あるいは、俺をブレイキングダウンに出場させて、ボコボコにされる姿を見て笑おうとしたり……」
その時、宮田は怒鳴る。
「んな訳あるか! もういい! 今回、お前はパスだな! 仕方ない、また来るよ!」
宮田が帰った後、草沢はそっと冷凍庫を開ける。
中には、凍った生首が入っていた──
「ねえ奈緒ちゃん、ごめんね。宮田の奴、本当にうるさかったよね。あいつさ、昔から声でかくて……歩く騒音公害なんて言われてたんだよ。まあ、そんなことはいい。今日のあいつ、やけにしつこかったよね。普通、俺なんかをグラドルや芸人の来る飲み会に呼ばないよ。俺が飲み会に出ている間を狙って、君を奪おうとしてるんじゃないかと思うんだよ」
そこで、草沢は黙り込んだ。無言のまま、生首を見つめる。
少しの間を置き、頷いた。
「やっぱり? 君もそう思う? じゃあ、宮田も殺すしかないか」
そう言うと、草沢は包丁を手に家を出ていった。
暗くなった室内では、冷凍庫のコンプレッサーが低く唸り続けていた。まるで、中に置かれた生首の発する呪いの声のようだった。




