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第24話「名も無き翼に、力を」

 特務艦(とくむかん)ヴァルハラはメルドリン市を出港し、再び外洋へと()ぎ出していた。市民団体のボートに無言で(にら)まれる中、楽隊の演奏も市長の見送りもない船出……だが、誰も気にしてはいない。

 ムツミが言う通り、エインヘリアル旅団は死せる勇者の集い。

 いわば影の戦力、秘匿(ひとく)されて当然なのだ。

 人知れず秘密結社フェンリルを追い、危険な武力を武力で撃滅する。

 その誓いを新たにしたユアンは今、狭いコクピットの中にいた。


「クッ、ずいぶんとまた過敏な機体を……ッ!」


 キャノピーと完全に同期し、コクピットの内壁はCG補正された映像でユアンを取り巻く。激しく上下を入れ替える天と地とは、さながら生身で飛んでいるかのような錯覚さえ起こさせた。

 過激なGの中で、フットペダルを慌ただしく踏み込みつつ、操縦桿を握る。

 まるで(こじ)るようにミリ単位で、ユアンは慎重かつ大胆に機体を操った。

 その背後に、白い影が浮かんで迫る。

 純白に塗られた"レプンカムイ"は、精彩を欠くユアンを翻弄(ほんろう)する。

 右に左と首を巡らせながら、背後の敵意を気にしつつユアンは飛んだ。

 耳元ではラーズグリーズ小隊の仲間たちが、呑気(のんき)な声を連ねてくる。


『ヘイヘイ、ケツに付かれてるぜ? クソでもぶちまけてみるか、ユアン!』

『ラステルさんはいちいち下品です……ユアンさんだって苦戦もしますよ、これは』

『わたくしたちだって、同じ条件ならきっと撃墜されてますわね……ふふふ』


 ユアンの苦戦を見守る三人娘は、気楽に言ってくれる。

 だが、悪戦苦闘の連続でユアンは苛立(いらだ)つ心に平静を言い聞かせた。

 その翼の名は、無式(むしき)……開発コードのナンバリングすらない、名無しの機体だ。エンジンもアビオニクス系も実装されてないガランドウで持ち込まれ、ニックが図面を引いて完成させた。だが、それはお世辞にも仕上がりのいい機体とは思えなかった。

 普段の"レプンカムイ"、そのR6型を駆るユアンだからわかる。

 代替機(だいたいき)として乗ってる"シャドウシャーク"にすら、足元にも(およ)ばない。

 不安定な挙動は敏感過ぎて、一瞬たりとも気が抜けない。

 加速力も最高速度も、思うようには伸びてくれない。

 過敏な反応を見せる一方で、不思議な重さが息苦しかった。


「だが、なんだ? この名無しは……奇妙な感覚がある。ならっ!」


 徐々に感触を(つか)んでゆく中で、触れたそばから引き剥がすような悪癖を見せる試作実験機。無式はふわふわと安定感はないのに、機敏なレスポンスでユアンの操縦に応えては見せる。

 同時に、すぐに失速寸前で微動に震えてむずがるのだ。

 これは恐らく、古今例を見ない奇抜なレイアウトにあるだろう。

 無式は主翼はおろか、カナード翼も前進翼だ。そして、垂直尾翼と水平尾翼はそれぞれ、前面から見た機体を中心にXの字を描いて斜めへ飛び出ている。まるでSF映画に出てくる架空の宇宙戦闘機だ。

 そして、このヴァルハラで誰も乗りこなさなければ、架空のままで終わる。

 完成を見ぬまま、歴史の闇に葬り去られるのだ。


「お前は……まだ生まれてすらいないお前は! どうして、この艦に……俺のところへ来たっ!」


 ユアンが機体を高速でターンさせる。錐揉(きりも)みでロールを続けながら、浴びせられる弾丸の先へと空気を斬り裂く。あの"レプンカムイ"以上に鋭い、しかし危うい動きだった。空気との摩擦で翼端が白い雲を引く。

 少しずつ、ほんの(わず)かだが掴めてくる。

 ユアンの支配を(こば)むように暴れる、じゃじゃ馬の呼吸と鼓動が。

 常に戦闘機はユアンにとって、己の半身、一心同体だ。

 それを求めての操縦すら、名も無き翼は拒絶反応のように否定した。

 ガクン! と失速した瞬間、コントロールを失いユアンは舌打ちを(こぼ)す。次の瞬間……衝撃がコクピットを襲って、無式は20mmの機関砲で蜂の巣になった。

 ユアンはこの日、三度目の死亡認定を受けたのだった。


「クソッ! あと少し、もう少し……なにかが掴めかけている。だが、それがわからない」


 停止したシミュレーターのキャノピーを開けると、トレーニングルームでは観戦していた皆が難しい顔をしていた。特に、整備班の面々とニックはなにかを熱心に話し込んでいる。

 そこだけ現行の戦闘機と全く一緒な機首から、ユアンはタラップへと飛び降りた。

 すかさず寄ってくるのはラステルとイーニィで、その背後ではナリアが笑っている。


「よぉ、撃墜された気分はどうだあ? ニシシ、これで三回目! クソみたいに死んでるぜ、ユアン。そびえ立つクソみてぇな戦果だ」

「やめましょうよ、ラステルさん。自分たちでは戦いにすらならないんですから。先日の戦闘から構築した、"白亜の復讐姫(ネメシスブライド)"のサンプリングデータが相手ですし」


 仮想現実(バーチャルリアリティ)のシミュレーター中で、ユアンは何度もエルベリーデに殺された。AIとして再現されたプログラムの(かたまり)は、あの狂気を(はら)んだ殺意を向けてはこない。無機質ながらも正確な再現度で、本当のエルベリーデ以上に確実にユアンを()としてくる。

 ユアンは勿論、チームメイトの三人も惨敗を(きっ)していた。

 その理由は大きく二つある。

 純粋にデータとしてのエルベリーデが強いこと。

 そして、サンプルとして構築された無式が手に負えない()ねっ返りということだ。

 改めてユアンは、ラステルと交代してニックに歩み寄る。


「あの名無しは、言う程悪くはない。ニックの図面通りのスペックだし、実機に乗っても同じだろう。だが……どうしても掴みきれん。というか、煮え切らない」

「オイラも同じさ、ユアン。でも、"シャドウシャーク"のエンジンじゃこれが限界だよ」

「単純なパワーか……確かに。もっと馬力があれば加速することで安定する筈だ……ん? このモックアップみたいなデータは、そうか」

「一応、ナリアたちの"シャドウシャーク"と同じエンジンを載せる前提だけど」

「……そう簡単に載るのか? 荒神重工(あらがみじゅうこう)の機体に」

「戦争が長かったからね。今じゃ、どこのメーカーのパーツもかなり共通規格ユニバーサルスタンダードが浸透している。言いたかないが、フェンリルさまさまってとこさ」


 YF-88"シャドウシャーク"は、協約軍の中核国家アルメリアの機体である。世界に名だたる軍産複合体、アルテマ・インダストリーが制作した試作機だ。先行量産型の生産までこぎつけてお蔵入りになったが、このヴァルハラでは重宝(ちょうほう)されている。

 そのエンジンが、荒神重工のあの無式に搭載できるという。

 同じ協約軍の機体だからというだけでは、説明がつかない。

 流石のヴァルハラも、本格的な部品加工や大規模改修は難しい筈だ。

 (いぶか)しげに思いつつユアンは、観戦モニターでラステルが爆散するのを見やった。

 ニックは少し声を(ひそ)めて、ユアンにだけ聴こえるように喋り続ける。


「五十年戦争が激化する中で、協約軍も協商軍も共通規格化が進んだ。異なるメーカーの兵器でも、メンテナンス性を向上させて部品を融通するためさ」

「それは知っている。けど、ポンとエンジンを別の機体からというのは――」

「それができるんだよ。協商軍のエンジンですら、少しの加工でマッチすんだからさ。……半世紀もドンパチしてる中、そういう風に演出した連中がいるってこった」

「……それが、フェンリル」

「そゆこと」


 ニックは自分の携帯端末を取り出し、シミュレーションのデータを吸い出しながらメモを取ってゆく。空中に表示された立体映像を指でなぞり、アイコンを投げたり(まと)めたりしながら作業する様は、ユアンから見ればまるで魔法だ。

 ニックはユアンを見ることなくレポートを作成しながら言葉を選ぶ。


「あのさ、ユアン……この名無し、できれば稼動状態まで持ってきたいんだ。現状でフェンリルの飛行隊は二小隊しかない。今後増える予定だけど、副長がローテーションに困ってんだよ」

「俺たちラーズグリーズ小隊と、確かランドグリーズ小隊……まだ紹介してもらってないな。女性ばかりの小隊としか」

「ラステルの奴がさあ、ポーカーでメンバー全員にデカい負けを作っちまったんだよ。顔を合わせたくないから、それじゃない? はは、子供かよーってさ。それよりユアン」

「ん?」


 静かにニックは、とんでもない提案をしてきた。

 それは、密かにユアンも思っていたことだ。

 だが、同時にユアンにとっては選べぬ選択肢で、ニックに言われても拒否するしかできない。……以前のユアンだったら、考慮(こうりょ)の余地なく切り捨てていただろう。

 ニックは真剣な顔で、携帯端末から顔をあげる。


「Fv-67"レブンカムイ"のエンジンを、こいつに……無式に載せたいんだ」

「……俺も少し考えた。だが」

「丁度予備のエンジンがあって、今"レプンカムイ"は換装中だ。で、今までのエンジンはオーバーホール。それが終わったら……どうかな?」

「エンジンのストックがないまま飛ぶのは、俺は少し不安だ。でも」

「でも? ……ユアンも少し感じたんじゃない? こいつの可能性を」

「否定はしない。ただ、俺以外では恐らくナリア隊長くらいしか乗りこなせないだろう」


 チラリとユアンはモニターを見上げる。バトンタッチしたイーニィは、完全に無式の機動力と運動性を持て余していた。イーニィの腕が悪い訳ではない。それだけ無式がピーキーな機体で、ニックが苦心してバランスを取った状態でもこのザマなのだ。

 だが、それはたったひとつのピースをはめ直すだけで激変する。

 状態を安定させるために、パワーをあげるのだ。

 そうすることで、名も無き翼は本当の顔を見せる。恐らく、開発者たちが望んでいたであろう姿に。それは、常に高速を維持しなければ勝手に墜落してしまう、そういう危うい諸刃(もろは)(つるぎ)だ。同時に、速度を維持し続ければ異次元の格闘性能を見せるだろう。


「……わかった、ニック。どのみち"レプンカムイ"が使えるようになれば、俺に問題はない。今の借りてる"シャドウシャーク"を予備機に回すこともできるしな」

「ナリアに無式を渡せば、その予備機が2機になる。パーツ取りもこの先考えなきゃいけないしさ。……こないだの上陸では、予定された補給の半分くらいしか積み込めなかった」

「すまん、俺の責任だ」

「いんや? 終わったことだし気にすんなって! じゃ、エンジン貰っちゃうぜ? ……ってか、そう言ってもらえると思って、既に作業は始めちまってる」

「おいおい……ま、構わないが」


 再びモニターを見れば、ナリアはそこそこ無式を乗りこなしているようだ。伊達(だて)にラーズグリーズ小隊の頭を張ってる訳ではない。いつも微笑みを絶やさぬ小隊長は、確かユアンより五つか六つ程年上である。

 シミュレーションとはいえ、未完成の機体でエルベリーデのデータと互角に戦う。

 恐らく、彼女もまた名のある協商軍のエースだったのかもしれない。

 そんなことを考えていると……ユアンの携帯端末が鳴り出す。無言で哀願の眼差(まなざ)しと共に、彼はそれをニックに差し出した。メールを開封するとこまでやってくれて、ニックは(ほが)らかに笑う。


「それ、あれか? 艦長さんからの罰ゲーム……こないだの」

「ああ。ゲームではない、れっきとした懲罰だ。俺は罪を(つぐな)う責任がある。……このままでは俺は、パイロット兼雑用係になってしまうな。それも悪くはないが」


 ユアンは慣れない手付きでどうにか、読み終えたメールをしまって携帯端末を待機モードにする。途中で間違って妙なアプリが起動したり、勝手にネットワークに接続されて広告がポップアップしたが、最終的に強制終了による再起動で事なきを得た。

 ムツミからのメールを受領したユアンは、周囲に軽く挨拶してトレーニングルームを出る。雑事も任務、そして自分に課せられた罰なのだと繰り返し己に言い聞かせながら。

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