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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

獣の恋

白い狼

作者: 夜乃桜
掲載日:2026/02/16

あるところに一匹の白い狼がいた。

白い狼は他の兄弟の狼たちとは違い、弱かった。そのため、白い狼は群れからおいだされた。

それ以来、白い狼は一匹で当てのない旅をしていた。自分は群れをなすことなく、一匹で生きて死んでいくのだと白い狼は思っていた。

あの日までは。



静かな雪の降る日。白い狼は目的のない旅の途中で、人間の子供を見つけた。

子供はガリガリに痩せていて、寒さに凍えていた。


(…棄てられたのか…)


白い狼はその子供が、同族に口減らしのために棄てられたのだとわかった。このまま放っておけば、子供は寒さか餓死、獣に食われて死ぬ。

白い狼にとって、子供が死のうがどうでもよかった。白い狼は子供の前から去ろうと背をむける。


「……役立たずで、ごめんなさい……」


白い狼は足を止めて振り返った。

子供は涙を流し、虚ろな眼で白い狼を見て何度も言った。


役立たず


それは白い狼がまだ群れにいた頃に、親や兄弟の狼たちから言われていた言葉だった。

狩りも満足にできず、他の狼たちとは違う色を持った弱い狼を、他の狼たちは責めて蔑んだ。

白い狼は、弱く違う色を持った自分が悪いのだと自分を責めた。そして、他の狼たちに許しを請うた。それでも、白い狼は許されることなかった。


(……同じだ……)


白い狼は子供に近づいた。



あの雪の日から五年の月日がたった。


「それじゃあ、行ってきます」

「…ああ」


背の高い娘が声をかけて、出かける。

棄てられていたかつての子供は、すくすくと育った。子供から娘へと変わろうとしていた。


(……育てかたを間違えたか…)


家に残った白い狼、否白い髪の男からため息が漏れる。

拾った子供は娘への階段をのぼっているのに、本人はそれに気づいていない。

村の年頃の娘たちのように着飾ることもせず、髪を肩のあたりで短く刈りそろえ、動きやすいからと男物の服を着ている。


(……やはり、あいつは人の世界で生きた方が……)


捨てられていた子供を拾い育てるために、白い狼は人間に化けた。

今まで白い狼は、群れから追い出されて一匹で生きていた。親になったことも子を育てた経験などない男で、獣である。そんな自分では、人間の生き方、人並みの娘の幸せすらも教えられない。

このままでは、娘が年頃になっても、他の人間の娘のようにはならないのでないか。娘を不幸せにしてしまうのではないかと不安になった。

年頃の娘の幸せを教えてくれる者がいれば、娘は幸せになれるのではないか。男はある決意をした。

娘が自分と離れ離れになろうとも、娘が幸せになるなら仕方がない。

だから、娘が自分の前から消えてしまうことを考えるたびに、胸に穴が空いたように寂しく思う気持ちに、男は気がつかないふりをした。



「……え?いまなんて……」

「もう一度言う。お前は村長のところに行け」


晩御飯の後片付けをしているときに、白い髪の男は娘に言った。娘は驚いて男を見る。


「何を言っているの?まさか、村長が私を引き取りたいと言ったから、村長の元に行けと言うの?」

「そうだ」


男は頷いた。

前から、村長が娘を自分の元に引き取りたいと申し出ていた。娘は村一番のしっかりとした働き者だ。そこを村長が気にいった。

人間に化けた白い狼は拾った娘を育てるために、村はずれにある空き家に住み着いていた。娘と住んで五年もなるが、村人の中には男と娘を余所者扱いするものもまだいる。

そのため、自分の手元に置いておこうと思っているのだろう。


(……いや、それだけではないな)


村長の一人息子は娘と同い年の14歳で、娘に惚れ込んでいる。

男が村長の息子にあったのは数えるほどしかない。少し子供のようなやんちゃさを残していたが、しっかりとしていたのを覚えている。

村長は自分の一人息子と娘を夫婦にして、自分の後を継がせようと考えている。娘の将来相手として、不足はない。


「私は村長のところにはいかない。今のままの生活がいいの」

「だめだ」

「どうして!」


娘は声をあげて、男を睨んだ。


「お前のためだ」

「……っ、この、分からず屋!」


娘は家を飛び出した。


「おい、どこに行く!」


男は慌てて、娘を追いかける。

娘が村長の元に行く、これで正しいはずだ。娘は人間、人間の世界で暮らす方が幸せになれる。そう男は考えていた。

追いかけっこのすえ、追いついた男は娘の腕を掴んだ。


「離してよ!私は絶対、村長のところにはいかないわ!」

「お前が幸せになるには、村長のもとに行くのが一番いい」

「勝手に私の幸せをきめつけないでよ!私の幸せは私が決めるわ!」


娘の言葉に男はかっとなり、叫んだ。


「ならば、お前の幸せはなんだ!俺のもとにいて、お前は幸せにはなれない!」

「なれるわよ!大切な人のそばにいて不幸せになるはずがないでしょうが!」

「……大切……」


その言葉が男の胸に強く貫いた。

自分は同族たちに棄てられた。自分はいらない存在だとずっと思っていた。これは呪いのように男を縛りつけていた。

信じられない男の腕の中に娘が飛び込んだ。


「……生きることを諦めていた私に、あなたは生きてくれと言ってくれた。私に手を差し伸べてくれた……例え()()()()()が違う存在でも、あなたは私の生きる喜びを教えてくれた大切な存在」


男は驚きで、眼を見開く。

娘は男の正体を知っていたのだ。それなのに娘は男を大切と言った。男が必要だと求めた。

言葉を失う男に、娘は手を伸ばした。柔らかな娘の手が男の頬に触れる。


「私はあなたのそばで一緒に生きたい」


自分の頬に触れている娘の手に、男は自分の手を重ねた。


「……それが、お前の幸せなのか?」

「ええ、そうよ」

「……本当なのか?お前は死にかけていたところを助けられた相手を特別だと勘違いをしているだけじゃないのか?」

「……そうかも知れない」

「ならば……」

「それでも、私はあなたがいなくなるのは寂しい。あなたと離れるのは悲しい」


娘は笑う。それは綺麗な笑み。


「もう、諦めて。あなたは私の特別になってしまったから」


男は力強く娘を抱きしめた。

本当は娘を手離したくはなかった。一生懸命に生きる娘に焦がれた。ただ、娘の幸せの手助けができればよかった。

それなのに、男は娘が自分の前から消えてしまうのが怖かった。行くなとみっともなく縋り付いて振り払われるのであれば、呆れて見離されるのならば、男は自分から娘を手離そうとした。


(……ああ、もう知るか)


娘が男の正体を知っても、自分と共にありたいと願ってくれる。大切だとずっと欲しかったものを男にくれる。もう白い狼に迷いなどなくなった。


「……ならば、道連れだ。もう、手離すことが出来なくなった……それでいいか?」

「はい」


艶やかに笑う娘に白い狼は優しく口づけた。



数日後。白い狼と娘は村長宛に手紙を残し、旅に出た。

村の人間に一人も挨拶することなく、黙って行ってしまった。


「あの二人が自分たちの想いを自覚する前に早めに娘を引き取ればよかった」


残された手紙を読んだ村長は悔やんだ。


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