追われるエルフの少女
「お、お嬢さん。俺とお茶しな~い……?」
「いきなり何よ、こわっ!」
マサムネは知らない女性に声をかけて、逃げられていた。
ガックリと肩を落としながらTPゲージを確認すると、一気に下がっていた。
どうやらメンタルの浮き沈みにも関係あるようだ。
〈兄君、ドンマイです!〉
どこからともなくコダマの声が聞こえてくる。
これは【仮想の箱庭】の中から話しかけてきていて、声の範囲的にマサムネにしか聞こえていないらしい。
「あのなぁ……。さすがに俺が恋人を作るなんて無理だろ……」
〈え~~~!〉
コダマは抗議の声を上げている。
どうしてこうなってしまったのか……。
それは数日前に遡る。
コダマが突然『兄君、恋人探しの旅に出かけましょう!』と言い出したのだ。
【仮想の箱庭】があればコダマが外の世界を見て回れるので、旅に出るというのは賛成できる。
だが、恋人探しというのが意味不明だった。
なぜ妹が、兄の恋人を探そうというのか。
よくよく話を聞くと、それが兄の幸せに繋がるから、ということらしい。
正直、そんなことはどうでもよかったのだが、コダマは一度決めてしまうと言うことを聞かなくなってしまう。
頭を抱えながら恋人探しとやらに付き合う事になり、隣町〝バナーレ〟までやってきてコダマの指示でナンパというのを初めて挑戦していたのだ。
――結果、連敗中である。
「そもそも、俺はコダマ以外の女性と話したことなんて皆無だぞ……」
〈うぅ……心苦しい……。病弱なわたくしのせいで、兄君は女性とも話したことがないなんて……〉
「い、いや、コダマのせいじゃ……。どうせ剣の修業にしか興味がないし……」
〈いけません! 兄君! そのパターンになってしまうと、衆道コース一直線です!!〉
「衆道……?」
〈まぁ、殿方同士というのもそれはそれで……〉
何か不穏な言葉が聞こえてきたのだが。
〈こほん! とにかく、兄君には彼女さんを作ってもらい、青春を取り戻してもらわなければなりません!〉
そうは言われても、剣の道だけを進んできた身としては彼女と言われてもピンとこないものだ。
彼女というものがそんなに必要なのだろうか?
それで幸せになるとコダマは確信しているらしいが、何の役に立つのか分からない。
あ、今『何の役に立つのかわからない』と考えてますね。妹なのでわかりますよ……>
「ギクッ」
〈実はこれには深~~~~~いわけがあってですね……! 人との絆が深まれば、ヴィジョンズが増えると判明したじゃないですか! つまり、恋人ができるとヴィジョンズも増えるわけです!〉
「なるほど……。そこまで考えていなかった。てっきり、お姉ちゃんが欲しくなったのかと思ったぞ」
〈……それは有りですね〉
「ん? 何か言ったか?」
〈いえ、何も? ……とにかく、彼女さんがいればテンションが上がるときも増えて、TPも増えるタイミングが多くなると思ったので!〉
コダマはコダマなりに戦闘のことを深く考えているらしい。
これだけ特異なアーティファクトを兄妹で手に入れてしまったのだから、強くなっておくのは自衛のために必要だろう。
さすがコダマだ。
その考え出された最適解が、ただの恋愛脳っぽく見えてしまったのが恥ずかしくなってしまう。
〈義姉上と呼べるくらいのバブみを感じてオギャれる方がいいですね……〉
「コダマ? 何か聞き慣れない言葉が聞こえたのだが?」
〈気のせいでは?〉
気のせいらしい。
とはいえ、どう考えても現時点ではナンパというのができる技量がない。
「うーむ……。いきなりナンパというのはハードルが高いのでは?」
〈死ぬわけでは無いので、当たって砕けろです。兄君!〉
「もう既に羞恥心で死にそうだ。TPもかなり減っている……」
溜め息を吐くと、TPを上限の100に戻すための行動をすることにした。
すなわち、そこらへんに生えている木を剣で切りまくることだ。
街路樹だったので、切り倒してしまうといけないので、無銘刀で峰打ち連打することにした。
「ハァー!!」
目にも止まらぬ速さでバシバシと街路樹を打ち付ける。
すぐにTPも100になって、先ほどまでのストレスも吹き飛んだ。
やはり剣というのは単純明快で素晴らしいと実感してしまうほどだ。
……周囲からの目さえ無ければ。
「あ」
ここは山奥では無い。
人通りがある町なのだ。
街路樹を高速で峰打ちする男がいたら、それは不審者だろう。
急いでその場を離れる事にした。
(やはり木を叩く以外のTP溜め方法も必要だな……)
しばらく早歩きで移動したのだが、そこで敵意を持った男の声が聞こえてきた。
「……見つけたぞ」
マサムネとコダマは自分たちの事かと思って驚いたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
このアクアランツ王国所属であることを表す紋章を付けた魔法使いの男と、尻餅をついて震えているフードで顔を隠した少女が見えた。
どうやら先ほどの『見つけたぞ』と言うのは、少女に向かって発せられた言葉らしい。
他人の事情に首を突っ込むのもどうかと思ったが、魔法使いの男のアーティファクトから出した火を見て、少女が震えているのだ。
「どうやら一方的なようだな」
対等な立場で戦うならまだしも、そうでないのなら許せることでは無い。
技術を高め合うための訓練か、心躍るような命の取り合いこそが戦いというものだ。
見捨てることはできない。
「待ってくれ、暴力に訴えずとも話し合いで解決するのでは? 相手には戦う意思もないだろう」
二人の間に割って入ると、魔法使いの男がギロリと睨んできた。
その眼光の鋭さで人殺しをしたことがあると察する。
「あぁ? 誰ですか貴方は。いえ、それより目ん玉ついてますか? 彼女の耳をよく見て見てください」
視線誘導した隙に攻撃してくるつもりか? とも思ったが、その様子もなかったので注意しながら目線を少女の耳に移した。
そこには――。
「尖った耳……エルフか」
「そうです。もうわかりましたよねぇ? ジャマはしないでくださいよ」
意味がわからないのか、コダマがこっそりと聞いてきた。
〈兄君、どういうことです?〉
「ああ、コダマはエルフをあまり知らなかったな……。話せば長くなるが、迫害の対象だ」
〈そんな……耳が尖っているだけの違いで……ひどい……〉
魔法使いの男は残忍な笑みを浮かべ、火魔法を放った。
向かう先にはエルフの少女の顔面だ。
炎に照らされて、その美しい碧眼が驚きに見開かれているのがハッキリとわかる。
一秒後には顔全体が大火傷で見るも無惨なことになるだろう。
だが――
「そうだな、ちょっと人と違うだけで迫害されるのは良くない……!」
マサムネが左手で火魔法を受け止めていたのだ。
ジュウジュウと焼ける音がするが、炭化はしていないので平気だ。
「なっ!? 正気か貴様!? たかがエルフのために左手を犠牲に……!?」
「このエルフとは知り合いでも何でもないけどな、一つ言っておく……。殺し合うのなら覚悟のある奴とやれ。格好悪いぞ」
「こ、このボクに向かって……。チッ、今ので彼女は逃げましたか。すばしっこい……」
魔法使いの男は睨み付けてきたが、騒ぎを聞きつけた人が増えてきたのでその場から去ってしまった。
〈あ、兄君!? 平気ですか、その手!?〉
「しばらく左手では無銘刀を握れないだろうが、それ以外は平気だ。本当はマジックカウンターをしたかったが、アレは目立つからな……。なるべく使えることを知られたくなくてだな……」
〈そうじゃなくて、痛いはずです!! 手当を!!〉
「あ~……。たしかに痛いな。でも、痛いってことはまだ手が生きてるってことでありがたいわけで……」
〈こんなときまで剣士思考は止めてください!〉
どうやら怒られてしまったようだ。
〈でも……格好良かったですよ。さすが兄君です〉
褒められもしたので、結果オーライだったのかもしれない。




