旅立ち
次の日の朝――山奥の小屋の中、誰もいない場所にニュッと空間が開いた。
それはコダマのアーティファクトである桜の鍵を使ったものだった。
その空間を自由に出入りできる魔法は、仮想の箱庭というらしい。
夜襲を警戒して念のために空間の中に隠れて一夜を過ごしていたのだ。
「さすがにボルドーダも懲りたようだな」
「兄君のことを恐れていましたからね。きっと今頃『ひぃぃ、許してくれマサムネー!』と、うなされているかも」
「ははは、さすがにオーバーだろう」
実際にそうなのだが、気にせず話を続けた。
「さてと……昨日はぐっすり寝て体力も回復したし……」
今日は鍛錬用の木刀ではなく、白狼がくれた刀を掴む。
「兄君は今日も修業をなさるので?」
「いや、力の再確認をしておこうかなと」
「そうですよね、合戦というのは準備する段階で勝負が決まるモノ……」
「き、規模が大きいな……コダマ……」
妹がたまに見せる統治者のような物言いにツッコミを入れつつ、TPブックを眼前に呼び出した。
持たなくても浮かせてページをめくれるくらいには操れるようになった。
現在のTPは、ボルドーダとの戦いで溜まったのか100を維持している。
まずは試しに【マジックカウンター】を使用。
もちろん魔法で攻撃されていないので何も跳ね返さず、TPが10消費された。
「やっぱり使える。夢ではないよな……」
「夢だったら、兄君と一緒の夢を見ているということになりますね。それも楽しそうですけど」
「ははは、そうだな」
そう嬉しげに笑いながら、次を選んだ。
【ヴィジョンズ:白狼】だ。
「……ん、TPが減らないな。というか使えない」
実は、これはある程度予想していた。
白狼は召喚したあとに時間で戻るかと思いきや、そのまま居座っているのだ。
それも戦闘が終わったら、仔犬のように小さくなっている。
「召喚……魔法……? それなら同時に一体が限度ということか。戻す事は……」
戻れと念じたら、白狼は消えた。
刀だけは残っているので、戦闘中に白狼がいきなり消えても安心そうだ。
「あー! 白狼ちゃんがいなくなったー!」
「はは、悪い悪い。コダマのお気に入りだったな。【ヴィジョンズ:白狼】」
再び召喚すると、そこには大きい白狼がいた。
辺りをキョロキョロしてから、戦闘がないとわかったのか小さな仔犬の姿になって、コダマに抱きかかえられて眠たげな表情をしていた。
TPが30減って、残りはTP60だ。
「この利点であるTPだが、最大の弱点でもあるな……いくら強くてもTP0になってしまったら何もできない。今はまだ平気だが、いずれTPの仕組みがバレたときに複数人に狙われ続けたら厄介だ」
「それなら戦闘時は、なるべく正体を隠されてはいかがでしょうか?」
「なるほど。二つの顔を持てば、狙われ続けるというのは回避できそうだ」
コダマは一歩引いた戦略眼に長けているようだ。
良い案なので後日詰めるとしよう。
ちなみにボルドーダたちには、『TPブックのことを喋ったら空間魔法で地の果てまで追いかけて絶対に殺します』とコダマが脅していた。
「まぁ、俺の方はこんなところか。あとで何か殴ってTPを溜めてこなきゃな」
「ボルドーダをまた殴るというのはどうでしょうか?」
「い、いや。向こうがまた手を出してこなければ、そこまでしなくても……」
「冗談ですよ、冗談」
コダマは笑っていたが、妹のことだからわかる。
本当はボルドーダを殴ってもいいと思っている眼の笑い方だ。
あまりそこに触れるとやぶ蛇になりそうなのでスルーしておいた。
「あー、あとは他者との絆を得るとTPブックの新しい技……じゃなくて、新しい魔法が増えるというのも気になるなぁ」
「わたくしと兄君の絆で、白狼ちゃんが来てくれましたもんね。もっと絆を深めてみます?」
コダマがニッコリと微笑んでいた。
それが愛おしくなって、つい髪を撫でてしまう。
髪型が崩れてしまうかもしれないのでしたくはないのだが、手を離そうとしてもコダマが掴んできて離してくれない。
「えへへ」
「まったく、甘えん坊な妹だ」
それも生い立ち的に仕方がないのかもしれない。
そうしていると気が付いたことがあった。
「ん? TPが溜まっている」
一気にTPが70まで上がっていたのだ。
木を殴っていたときはもっと時間がかかっていたのに。
「妹を撫でるとTPというものが溜まるんですかね?」
「いや、限定的すぎだろう、それは……。もしかしたら、心が温かい感じになるとTPが溜まるのかもしれないな」
「兄君は今ので心が温まりましたか?」
「ああ、もちろん。大切な家族と触れ合ったら心が温かくなるのは当然だろう」
「んふふ、嬉しい」
妹のコダマが嬉しそうだと、こちらも嬉しくなってしまう。
TPが75まで上がった。
しかし、TPを溜めるために毎回妹を撫でるというのも気を遣わせてしまうので、なるべくは木を殴ることにしようと思った。
「コダマの桜色の鍵を使った魔法も知りたいな」
「はい、では再び中へご案内いたします」
コダマが桜色の鍵を捻ると、【仮想の箱庭】が発動して空間が開いた。
「おぉ、何度見てもすごいな……」
足を踏み入れると、この山奥に似た空間が存在していた。
小屋までそっくりなので、どちらが本物かわからなくなるくらいだ。
一応、野生の熊や猪などの気配がしないかどうかで判断できるが。
「わたくしの魔法らしいですが、自分でも不思議な感覚で……なんと説明していいのか……」
「わかっていることだけでいいぞ」
「はい、では……。内部は現住生物などはいない感じで、水や木の実などは存在しました。これは口に入れても平気です」
「た、食べたのか?」
「何となく大丈夫な予感がしたので」
「今度からは俺が先にやるからな……」
少し過保護すぎるのが不満なのか、コダマは頬を膨らませながら頷いた。
(兄君を危険に晒したいわけないじゃないですか……)
コダマの胸中は意外と複雑だった。
「出入り口の位置はどうなってるんだ? 入ったところしか出られないなら、もし何かで外が埋まってしまったら大変だ……」
「そこはご心配なく。出入り口が作れるのは入った地点、それと自分でマーカーを付けた複数の地点を選ぶことができます」
「おぉ……そんなことが……」
つまり家の中で【仮想の箱庭】に入っても、町にマーカーを付けておけば、町を出入り口とするのも可能なのだ。
たしかにこれはボルドーダも喉から手が出るほどに欲しい空間魔法かもしれない。
「ちなみに今は兄君にマーカーを付けています」
「と、トイレの時もあるから止めておいてくれ……」
「プライベートな時間以外にするので」
どうやら止めてくれないらしい。
本当に恐ろしい空間魔法だ……。
「他にも維持魔力がほぼないので、実質無限に維持が出来ること」
「おぉ、すごいな」
「それと昨日と今日で違っているのに気が付いた点が……」
「どうした?」
「昨日より、空間が広くなっているんです。特に何かしたというわけではないので……兄君と一緒で、他者との絆を深めたら力が強まった、という感じかもしれませんね」
「なるほどなぁ……」
驚きと納得を繰り返していると、ふと心配な事柄があることを思い出した。
「あ、そういえば身体は平気なのか? 外の結界がないと……」
「それも不思議なことに、【仮想の箱庭】の中にいれば平気なんです。それどころか普段よりも元気なような……。ある程度中にいて、それから外に出ればかなりの時間平気そうです」
「それはよかった!!」
結界の外に長時間出ると死にかけ、結界の中にいても具合が悪いコダマの日々。
それを知っているから、とても喜び、満面の笑顔になってしまう。
「これでコダマは安心して生活ができるな!」
「あの……兄君……そうではなくて……」
「そうだ、コダマを誘ってくれていた鍛冶屋の親方のところで働くか!?」
何でも出来るようになったコダマのことを考えるとワクワクしてしまう。
辛い日々だった妹が、やっと人並に生活ができるのだ。
「兄君!!」
大声で呼ばれてビクッとなってしまう。
普段、コダマが出さないような強い口調だ。
「ど、どうした?」
「わたくしのことはいいんです! 兄君のこれからを話したいです!!」
「い、いや……俺は……今までのようにコダマを守って……」
「もうわたくしも守られる必要はありません。……ゴニョゴニョ……そりゃ兄君が守ってくれるという気持ちは嬉しいですが……」
何やら後半は口ごもっているので聞こえにくいが、どうやらマサムネに否定的なようだ。
少し兄としてショックを受けるというか、反抗期というものを感じてしまう。
「今まで、兄君はわたくしのために苦労をされていました」
「いや、苦労だなんて……俺は兄だし当然の……」
「ぜんっぜん当然ではありません! これから兄君は自分のために生きるべきです!」
「いや、別にそんなのは……」
「ダメです! わたくしがそう決めました!」
コダマは、こうと決めたらテコでも動かない。
溜め息を吐きながら、もうこれは肯定するまで終わらないだろうと察した。
「……わかった、わかった。コダマは俺にどうしてほしいのか言ってくれ」
「兄君、恋人探しの旅に出かけましょう!」
「……は?」
理解できない表情を浮かべてポカンとしていると、白狼がワオーンと遠吠えを上げていた。
突然、兄のためにアクティブになってしまったコダマ!
本当に恋人探しの旅になるのか!?
とりあえず、白狼は吠えておく!
この先を見たい!
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<(_ _)>ぺこり




