悪役女王ベラドンナの誕生
ケイオンの言うとおり少しくらいは健康的に生活するようになり、私は屋敷の庭を散歩していた。
日差しの眩しさを楽しみながら手で遮っていると、もっと大きな存在が降りてくるのが見えてしまった。
「え、ドラゴン……?」
巨大な黒銀の龍だった。
羽ばたく翼は不思議と気流を発生させず、魔力だけで飛んでいるようだ。
人型に近い筋肉質の腕を使って着地すると、こちらを睨んできた。
怖い、絶対に勝てない相手、死、どうして。
混乱しか頭にない。
「人間、そう畏れるな。俺様はアルジェント・カオスドラゴン」
言葉を喋った。
人間など及ばない上位存在なので考えてみれば当たり前なのだが、それでもドラゴンの頭部形状で人語を発するというのは衝撃である。
そもそも口と発声が連動していないので、これも魔力を使って喋っているのだろう。
「そ、そのドラゴン様が何のご用ですか?」
「おぉ、気丈だねぇ。嫌いじゃないぜ、そういう女」
「バカにしてます? そういう遊びをしたくてやってきたんですか?」
「ちげぇよ、警告だ」
「警……告……」
そこで気が付いてしまった。
傍観者たるドラゴンが人の前に姿を現すほどの理由、それは私が転生魔法を成功させると思われたからだろう。
上位存在だけの特権、真の魔法、世界のバランス。
きっとそういうものがあるに違いない。
「わ、私はこのために――母を救うために生きてきたようなものです! だから、転生魔法は絶対に、どんなに止められても成功させ――」
「そっか、そこまでの覚悟があるのなら止めないぜ」
「え?」
ドラゴンの言葉は、その威圧感に反して予想外に軽かった。
「ただ言っておくが、転生魔法なんてロクなことにならねぇ」
「それでも……」
「それでもやるってんだろ? わかってるぜ、そういう強い奴は嫌いじゃねぇ。俺様は強い奴を見るのが好きだからな」
ドラゴンは再び羽ばたき、空へと上がっていく。
「十六年後、お前は運命の相手に再び出会う。じゃーな、悪役女王ベラドンナ!」
言うだけ言って去ってしまった。
何だったのだろうか……。
それに妙なあだ名で呼ばれた気がする。
あの巨大な存在に周囲は誰も気が付いてないし、とても不思議なドラゴンだ。
そして転生魔法を実行する日がやって来た。
月の満ち欠け、神々の命日、体調などを考慮しても最適なタイミングだ。
魔力の揺らぎが一番少ない。
それに引き延ばしすぎても、もう母親の身体が持たない。
「お母さん、この麻酔で眠って目が覚めたら元気になってるよ」
「そう……。今までありがとうね。あたしの望みは、もう一度ちゃんとあなたを抱き締めたいくらいだけど……」
地下研究室に運ばれたベッドの上には、もう腕も動かなくなっている母親が寝ていた。
落ち窪んだ目は焦点も合っておらず、もはやこちらが見えているのかも怪しい。
ずっと辛い病気にかかっていた母親を、ついに治すことができるのだ。
「もっと色々できるよ! 外を出歩いて、美味しいものを食べて、お父さんとデートして、家族みんなで旅行もいいね!」
「愛している娘が、こんなによくしてくれたんだもの。それだけでどんなことよりも嬉しいわ」
その言葉に胸が詰まりそうな思いになるが、今は我慢して母親に麻酔をした。
「おやすみ、お母さん。起きたらまた話そうね」
母親は安らかな寝息を立てて、優しい表情で眠った。
いつもは苦痛に耐えながらも笑顔を見せようとしているので、そのことを考えると心に来るものがある。
普通に生きるのすら、神に許されてないのだ。
それを今から解き放つ。
「さぁ、この日のためにすべて準備してきた……!」
数千回はシミュレートした順序。
複数の魔法を的確に操り、魂を輪転させる。
そのために魔法陣の補助で結界を張り、魂を剥離、固定、変換、濾過、保存をする。
どの作業も針穴に糸を通すようなものであり、砂漠から一粒の砂を見つけるような難易度だ。
それでもやれる、やれてしまうのだ。
人生すべてを費やすとは、そういうことなのだ。
100%の成功率を手に入れる……ベラドンナの人生とはそういうことなのだ。
「あとは肉体の再構成をセットするだけで……」
そのとき、入り口付近から大きな音がした。
ありえない、ありえない、ありえない。
このタイミングで起こってはいけないことが起きている。
結界を張っておいたのに。
「泳がせていたが、実際に見るのは初めてだな。ここが邪悪な実験を行うベラドンナの研究室か」
それは王だった。
謁見したときに覚えている男の姿。
無表情で何もかも見下しているような、覇気の無い目。
護衛を引き連れて入り口からなだれ込んでくる。
「王よ、アクアランツ王! 今だけは……今だけは何卒……!!」
「黙れ、魔法を悪用するメス豚め。余は最初からわかっていたぞ。民衆を謀り、それどころか余よりも魔法使いの才があると吹聴しおって……」
「そ、そんなことは滅相もございません!!」
こんなくだらないやり取りをしている間にも、転生魔法は進んでしまっている。
早く次の工程――肉体の再構成をセットしなければならない。
こんなのを相手にしている場合では無い。
「ほれ、今も邪悪な魔法を使おうとしているではないか」
「こ、これは邪悪なものではなく……」
「邪悪、だろう? それを今から余が証明してやろう」
王は魔法を放とうとしている。
それも周囲の魔法を侵食するタイプの類だ。
私は転生魔法を展開中で動くことができない。
顔の真横を、黒い魔力をまとった王の手が伸びていく。
その先は転生魔法の最中である母親の――
「やめてええええええええええええ!!」
「ギャハハハハハハハハ!!」
それは王とは思えぬ、無邪気な笑い方だった。
王の魔法によって転生魔法は変異して、母親の身体がボコボコと沸騰するように膨らんでいく。
「あ、ああ……」
放心。
今まで生きてきた意味はなんだったのだろう。
思考停止。
もうどうやっても無理なのは転生魔法を知り尽くした私が一番知っている。
絶望。
ああ、終わりだ。
「ほーら、邪悪な肉塊を製造していた。ベラドンナは国一番の魔法使いでは無い! 極刑に値する! 連れて行け!」
「はっ!」
もう生きる気力も無い。
誰かが両腕を掴んでどこかへ連れて行こうとしているが、どうでもいい。
世界に、自分に価値は無くなったのだ。
「こぉれぇで……余が国一番の魔法使いと証明されたのだ~!!」
楽しそうなアクアランツ王の声も、心底くだらない。
どうでもいい。
私を殺すなら殺せ。
その後、ネズミと虫が徘徊する牢獄に入れられ、すぐに処刑の日がやって来た。
罪状は邪悪なる魔法研究ということらしい。
大勢の民の前に引きずり出され、断頭台の階段を上っていく。
反射するギロチンの刃が眩しい。
跪かされ、斬り落としやすいように首をセットされる。
あとはギロチンの刃が落ちれば、用意されている桶に入れられて終わりなのだろう。
早く殺してほしい。
人生が無意味だった私は、もう生きる意味も価値も無い。
そのとき――見てしまった。
本当だったらここで人生の終わりだった。
もう感情も無く、楽に最後を迎えられた。
そのはずだったのに……なんで……なんで……。
「お父さん……姉さんたち……」
桶には家族の首が入っていたのだ。
落ちてくるギロチンの刃、痛みすら感じない速度で首が切断されるのを感じて、フワッと自分の視点が宙を舞う。
今、自分は死んでいるのだろうか?
首が切り離された瞬間、まだ生きているのだろうか?
ただ生物の仕組み的に思考は動いていた。
あと数秒で止まるかもしれないが、今までにない感情が爆発してしまったのだ。
私の転生魔法を妨害して母を殺し、無実の罪を着せてギロチンに固定して、最後に殺しておいた家族の首を見せる。
そんなことをしたアクアランツ王。
殺さなければ死にきれない。
首だけになって死にゆく私が思うのは変だろうか?
いや、首だけになった瞬間、魂が剥き出しにされた感触を覚えた。
身体を捨てた存在となったことで、すべてを理解できるようになってしまった。
「魂だけになるとこんなに単純だったんだ……。魔力を薪としない、純粋なエーテルの作り方が頭じゃなくて感覚でわかる。魔術じゃ無い、本当の魔法。そうか、魔法と呼ばれていたのはアーティファクトだけだったんだ。真の魔法、転生の不安定さは解消できる……自分自身を対象にすることによって……」
肺と首が繋がってなくても魔力で言葉を発することができた。
むしろ身体があったときより、何十倍も魔法がうまく使える。
あれだけ苦労した転生魔法も、自分を対象とするのなら簡単にできる。
「くっ、邪悪なる魔法を発動させる気か!! また封じてくれるわ!!」
急ぎやって来た王が侵食する魔法によって転生魔法を妨害しようとするが、王の手は弾けて赤い血液を飛び散らせてしまう。
「ひぃっ!? 痛い、痛い!?」
「完成した、これが真の魔法」
そこには五体満足で一糸まとわぬ姿のベラドンナが立っていた。
その目は激情の炎を燃やしているようで、王を睨み付ける。
「よくも……よくも……よくもよくもよくも殺してくれたな!!」
「ま、待て……暴力は何も解決しない、話せばわか――」
「お父さんを、姉たちを、そしてお母さんを……!! お前も殺してやる!!」
「うげっ、おごっ、ぎょばっ」
怯える王の首を掴み上げ、天にかざすようにしながら――両腕を内部から破裂させ、両脚も同じように破裂させたあと、頭部もザクロのようにしてやった。
「同じように一族も殺してやる……皆殺しだ……」
それから王族すべてを殺していった。
死の淵から蘇った私の魔力は、まさしく国一番のバケモノになっていた。
冷酷無比、残虐非道。
民衆たちは恐れると同時に、その強さに憧れる者もいた。
だけど、復讐を終えた私は――
「殺し足りない……まだ怨みを晴らしたい……何もかも破壊してしまいたい……」
およそ人間の感情から逸脱した、復讐の権化となっていた。
死というモノを経験して、真理を見てしまったのだ。
転生というものが、ロクでもないと言っていたドラゴンの言葉の意味がわかった。
価値観が普通の人間と変わってしまった。
普通の人間が、人間を見たら『愛おしい』『同族だ』『気に入らない』、その程度のことを思うだろう。
しかし、私は殺したい。
人間を殺したい。
溶岩の如く溢れ出る怨嗟。
復讐する権利と力がある。
虫けらのような存在ならすべて殺してしまっても、この怒りと釣り合いが取れないくらいだろう。
「ベラドンナ……」
懐かしい声がした。
もうずっと聞いていない気がする、厳しくも優しい師匠の声。
「ケイ……オン……。ごめんなさい……私……私……殺し足りないの……人間みんな殺さなきゃ……」
「最初に希望を持たせてしまった私にも責任があるな。すまない」
「ケイオンは悪くない……何も悪くないです……。決めてしまったのは私です……」
「ベラドンナ、今からキミの記憶を消す。そして、どんなキミになっても側で見守っていてやる。それが私なりの償いだ」
私は魔力防御をほどいて、ケイオンを受け入れた。
自分でも記憶を制御する二段階目の魔法をかけていく。
そして、アクアランツ国の王として祭り上げられ、悪役女王ベラドンナが誕生したのであった。




