ベラドンナの記憶
ウチ――ベラドンナは四人姉妹の末っ子だった。
格式高い公爵家ということで家柄もよく、姉たちは模範的な令嬢。
だけど、ウチは姉と違って不出来だった。
品も良くないし、物覚えも悪い。
致命的だったのは魔法が不得意だったことだ。
「ベラドンナ。あんたはなんで魔法に優れたワルプルギス家の血を引いてるのに、そんな不出来なんだい?」
「そうよ、あんたがいると姉の私たちまで変に見られるじゃないのさ」
「まったく、ワルプルギス家の面汚しだねぇー」
大きなお屋敷に響き渡る姉たちの罵倒。
それに対してウチは謝るしかなかった。
不出来なのは知っていたし、誰にも迷惑をかけたくない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
そこへいつものように両親がやってくる。
「こらこら、姉妹なんだから仲良くしないか」
「そうよ~、みーんな私がお腹を痛めて産んだ子なんだから。可愛い我が子たちがそうやっているのを見ると悲しくなってしまうわ」
まだ若くて未熟な子供たちと違って、両親は真の貴族としての優雅さや愛を持っていた。
国民からも慕われていて、王よりも王らしいと言われるくらいだ。
姉たちも両親には敵わないので、渋々と納得した様子を見せて退散していく。
これが日常だった。
姉との仲だけは不満があったものの、それもいつか解消していけると信じていた幸せな時間だった。
――それから母が倒れた。
原因は不明。
何かの病気らしいが、今までに該当するものは無く、治療法はわからない。
幸いなことにすぐ命に別状があるものではなかったが、その日から母はベッドで生活することになった。
「私は大丈夫だから、ね?」
母は気丈に振る舞うが、顔色は優れない。
自然回復が見込めないので、死にゆく運命だと誰もが悟っていた。
それから父は公爵家の力を使って病気の解明と、治療法の探索をし始めた。
国一番の医者を招いて薬を飲ませるも良くならず。
有名な治療魔法の使い手を招くも良くならず。
何人も、何人も招くが病状は回復せず、母が疲弊していくだけだった。
その内、健啖家だった父の口数が減って、心労から痩せていく姿も見えた。
姉たちもストレスを溜めて、ウチで発散する。
辛いけど仕方がないと諦めて、ひたすらに謝っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ベラドンナは何も悪くないのよ。悪いのは病気になってしまった私なんだから」
母はそう言うが、ただただ自らの無力感に苛まれてしまう。
子供だから何もできない。
それでいいのだろうか……?
そんなとき、父が新たな人間を外部から招いていた。
今度はいつもの人間とは違う雰囲気を感じていた。
ユキミツとケイオンという若い男性二人組だった。
聞くと、どうやら彼らは冒険者という職業で、世界中を旅して珍しいものを知っているという。
剣士のユキミツは黒眼黒髪の短髪でぶっきらぼうな口調をしていて、東の国の出身の珍しい人種らしい。
魔法使いのケイオンは金髪でこの国の出身だが、旅慣れているのかどことなく大人びて見えた。
「こいつぁ……今まで見たことが無いケースって感じだなぁ。どうでぇ、ケイオン。治せそうか?」
「無理だ、ユキミツ。これは複雑すぎる。魔法で治すには、生涯かけて研究するレベルのものでなければならない」
まただ。
いつもいつもいつもいつも、誰も彼もがさじを投げてウチたちを見捨てる。
この人たちも立ち去って無関係な人間に戻るのだろう。
微かな希望すら掴めない、涙が止まらない。
聞き苦しい嗚咽が部屋に響く。
「ベラドンナ、って言ったかい?」
話しかけてきたのはユキミツという若い男の方だった。
思わず聞き返してしまう。
「え?」
「お嬢ちゃんの名前だ」
「う、うん……お母さんがつけてくれた名前……。身も心も美しい女性になってほしいという意味があるんだって……」
「そうかぁ、良いおっかぁだなぁ。……それならしばらく待てるか?」
「待つ……待てば治療方法を探してくれるの!?」
「絶対とは言えねぇよ。これから世界中を回る際に何か見つかるかもしれねぇ。それこそ1%……いや、もっと少ねぇかもしれねぇ。その万が一の確率だが、諦めなければなんとかなるかもしれねぇだろう」
「諦めなければ……何とかなるの……?」
ウチは不安げに問い掛けたが、ユキミツは自信満々の笑みを浮かべた。
「おう、拙者は運だけは良いからな! このユキミツ様にかかりゃ、きっと何とかならぁ!」
「ほんと!? 本当にほんとなの!?」
「またユキミツはテキトーなことを言って……」
ケイオンは呆れているが、ユキミツの力強い言葉に励まされて、希望を持てたのは事実だ。
「あの……ケイオンさん。生涯をかけて研究すれば治療できるかもしれないって、さっき言ってましたよね……?」
「ん、ああ。それも仮定の話だ。そのくらいやれば何か解決方法が見つかるかもしれないということで――」
「だったら、ウチが生涯をかけて研究します!!」
「ほ、本気か……? その一生を魔法研究に捧げる事になるのだぞ……?」
「はい! 1%でも……いえ、万が一でも可能性があるなら、ウチは頑張ります!」
ケイオンは呆れた表情で溜め息を吐いた。
「ユキミツのバカが移ってしまったか……」
「おいおい、バカって言うなよ。お前の方がバカみたいになっちまうぞ? それに拙者が言ったことは大体当たるだろ」
「知るか、ただの偶然だ。運が良いだけだ。コンビの私がそうなるように努力をしただけだ」
「な? 言葉にすれば何とかなるってことだろ?」
ケイオンは再び深い溜め息を吐いた。
「わかった。希望を与えるだけ与えて放置というのも気が引ける。魔法の基礎だけはこの子に叩き込んでから次の旅へ出るぞ」
その日からケイオンは師匠と呼べる存在となった。
朝起きると冷水で身を清め、座禅を組んで瞑想をする。
これは東の国の方式を取り入れたものらしい。
夏は平気だが、冬にやると死にそうなほどに寒い。
だが、集中力は格段に上がった気がする。
ケイオンとは普段は手紙でやり取りをしていて、一年に一回くらいは屋敷にやってきてくれる。
その彼からの指示で最初は魔法で派手なことをやらずに、自分と向き合って魔力を高めながら性質を見極めた方がいいと言われた。
ウチの魔力はチョコレートで言うと固まった状態だ。
それを熱で上手く溶かしてやってから、自在に液体として操らなければならない。
うまく量や形をコントロールできるようになったら、自然と苦手だった魔法が使えるようになっていく。
「へ、へぇ……すごいじゃない……」
「まぁまぁね……」
「わ、私たちほどじゃないけどね」
姉たちも驚きを隠せないようだ。
毎日、早朝から頑張ってきた甲斐がある。
それから自信を付けて、武具天臨の儀式へ挑んだ。
与えられたアーティファクトは〝妖精の杖〟と名付けた。
ロングスタッフに妖精の羽根のようなものがついていたからだ。
非常に可愛く、お気に入りである。
付与されていた効果は〝全属性使い〟で、その名の通り全属性を使えるというものだ。
これは一属性特化型には負けるが、未知の病気の治療の研究に使うには有用だ。
色々なことが試せるようになる。
それから一年で二つの魔法を極め、二年目で四つの魔法を極め、三年目で八つの魔法を極めた。
次の年も、次の年も、次の年も――魔法の道を究め続ける少女。
いや、もう女性という年齢になっていた。
たまにやってくるケイオンとユキミツも、顔に皺ができてきたくらいの時間が経っている。
そんなに時間が経ったのに、母の病気を治療することはできなかった。
もう生きているのが不思議なくらい痩せ細っている母は、今にも折れそうな枯れ木のようだ。
見るに堪えない、どうしようもできない、魔法を極めてもどうにもならない。
それほどまでに恐ろしい病気――いや、解析の結果で呪いだとわかった。
誰がやったのかはわからない。
それでも誰かの悪意だ。
病気を相手にしていると思っていた頃より、疑心暗鬼で心への負担が大きくなる。
焦燥感がすべてを支配する。
私もまた疲弊していたらしい。
魔法の研究に打ち込むために不眠魔法をかけて、もう何年も起きっぱなしだ。
食事も摂らないで良いようにしているので、味覚が失われてきている。
ずっと地下の研究所にいるので、かび臭さとほこりっぽさで鼻も正常に機能しているか分からない。
およそ人間と定義できるか怪しい生活だ。
そんな私を見かねたのか、やってきていたユキミツとケイオンは気分転換をすることをアドバイス……いや、強制してきた。
それほどまでに、なんというか、私の言い知れない絶望感が伝わってしまったのだろう。
「き……ぶん……ごほごほっ!」
「おいおい、どんくらい人と喋ってねぇんだ」
「魔法を極めれば一人で生きられるから……」
「まったく、師匠たる私の基礎理論を忘れたのか。もっと自分と向き合え。今のキミは酷くよどんでいるぞ」
「でも、早くしないと母が……」
二人の呆れ果てた表情は、出会った頃とちっとも変わらなかった。
それくらい私が無茶をしていたのだろう。
「面倒くせぇ奴だなぁ。戦うしか取り柄の無い拙者たちが言葉で癒やしてやるこたぁ無理な相談だからな。ん~……そうだ。拙者の子供でもあやしてやってくれ。言葉を覚えておらぬ相手なら、一方的に喋って鬱憤も晴らすことができよう!」
「ユキミツ、それはキミが子供が苦手で押しつけたいだけだろう……」
「じゃかぁしい! 剣を教えて交流なら図れるが、まだ喋れねぇ自分のガキ相手にどうしろってんだ!」
「こんな不器用な奴が親とはな……。まったく、世も末だ」
「ふふ」
二人のやり取りに思わず笑ってしまった。
何年ぶりだろうか。
少しだけ人間らしい気持ちを取り戻し、子供をあやすことにした。
二人は気を遣って別の場所へ行ってしまった。
この空間にいるのは言葉を喋れない赤子と、それに向かって気持ちを吐露しようとしている、しょうもない私だけだ。
「何を話せばいいんだろう……」
赤ん坊はダァダァとか、キャッキャッとこちらの気も知らず気軽なものだ。
無垢な存在。
この世で唯一罪で汚れていない。
本当の意味で告解するに相応しい相手なのかもしれない。
「私は……母親を治療するためにずっと頑張ってきた……」
口にした瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきてしまう。
「大好きなお母さんを治すためならどんな苦労も厭わない。周囲の子供は遊んでたり、大人になるにつれて恋をしたり、結婚をしたりしてるのを横目にずっと魔法に打ち込んできた……。でも、それでも構わない。お母さんが治るのなら……」
いつの頃からか目が悪くなり、メガネを付けていた。
そこに涙が池を作り、何も見えなくなってしまう。
「何で治らないのよ!! これっぽっちも解決方法が見えてこない!! 身体の病床を取り除こうにも全身に転移してる!! 治療しようにも身体が耐えられない!! 寿命も残り僅か!! どうしろっていうのよ!!」
つい泣き叫んでから、ハッとした。
赤ん坊を怖がらせてしまう。
「ご、ごめんなさ――」
だが――赤ん坊は笑っていた。
その小さな手で私の顔をペチペチと叩いて元気づけようとしてくれている。
生命というものを感じてしまう、こんなにも小さいのに。
「命ってすごいね……。まるで存在自体が真の魔法みたいだ……」
「だろ? 赤ん坊ってすげぇぜ? まっ、拙者は魔法が苦手だけどな」
いつの間にか戻ってきていた二人は、憑き物が落ちたかのような私を笑いながら見ていた。
「さぁ、キミも自分の健康は少しくらいは――」
そこでふと思いついてしまった。
自分で先ほど発した言葉にヒントがあったのだ。
「命……魔法……そうだ……」
「ど、どうかしたのか?」
「身体がどうしようもないなら、魂を移し替えれば良い! 過去に一例だけ成功した転生魔法を使えば可能性がある、ありますよ!!」
「転生魔法……。神々が行使する真の魔法の一つ……。それ以外の種族での成功例は確かに一例だけあるが……」
「病気を治すためだけに転生魔法たぁ、すげぇ力業だな! 気に入ったぜ、ちょっくら転生魔法の報告書を取ってきて見せてやらぁ!」
「待ちなさい、ユキミツ。それはあの方からの――」
ユキミツはニカッと大きな笑みを見せた。
「あんなちっこかったベラドンナが、大人になってからもずっと頑張ってんだ。大人ならそれくらいやってやらねぇとな」
「はぁ……わかりました。これは私たちだけの秘密にしましょう。転生魔法の出所を探られると奥方様も危うい。まぁ成功させられる可能性は、人間なら全属性魔法を使えるベラドンナくらいでしょうが」
「でも、いいのですか? 転生魔法の報告書なんてもの、存在したとしても、国家機密レベルの……」
世界には特別な魔法がいくつかあり、転生魔法というのもその一つだ。
もし情報が開示されれば、世界のバランスが崩れる場合もある。
その転生魔法の情報にツテがあるというのも不思議だが、師匠たちに危険を冒させるのも気が引ける。
「おう! 刀で解決してくるぜ!」
「この大馬鹿野郎が……。そんなことをしなくても、私がすべて暗記している」
「マジかよ。拙者は二行も覚えてないぞ」
「それは脳筋すぎだ」
「へへっ、よかったなベラドンナ。これで万が一の可能性が、1%くらいになったかもな! あとはオメェの根性次第だ!」
「万が一が……1%に……」
「こらユキミツ、焚き付けるのもいい加減にしろ。いいか、ベラドンナ。倒れては元も子もないので体調管理、精神管理を怠るな。母親を悲しませるな。それを約束したのなら転生魔法の事を教えてやる」
「……はい!」
すべてを聞き終えたあと、二人と赤子はまた旅へ出てしまった。
それからすぐに術式を構築していった。
転生魔法は様々な属性を、的確なタイミングと出力で操作しなければならない繊細なものだった。
これはたしかに全属性魔法を極めてなければ無理だ。
私なら――いや、私にしかできない。
これまでの苦労がすべて、ここに繋がっているのだと魂が震えるようだ。
構築も順調だが、さすがにこれを他人でテストするわけにもいかない。
それでも絶対に一発で成功させる自信があった。
もうこの頃には魔法の国で一番の魔法使いと言われるほどになっていたからだ。
まぁ、これまで一番だと言われていた王としては不服らしいが。
私はそんなことには興味がない。
今は目の前の転生魔法を完成させるだけだ。
私は嬉しさのあまり、家族にだけ母が助かるかもしれないと伝えておいた。
「ふーん……。やるじゃない、正直見直したわ」
「あの謝ってばかりだったベラドンナが随分と立派になったものね」
「そんなこと言って二人とも、ずっと心配していたじゃないの」
今では姉たちも私の努力を認めてくれて、応援してくれる立場となっている。
「ベラドンナ……ママは助かるのかい……?」
父はすっかり白髪が増えて、苦労からかシワだらけになっている。
それもこれまでだ。
「うん、大丈夫!! 絶対に助かるから!!」
私は確信を持って言い放った。




